有能な調査員は健気で不憫なかわい子ちゃんを甘やかしたい!

波木真帆

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番外編

イタリア旅行  2

イタリア・ローマに到着したのは、現地時間の夕方だった。

「わぁ……!」

飛行機を降り、空港のロビーに出た瞬間、伊月がぱっと顔を輝かせた。

「すごい……。空気が違いますね……!」

「本当だ……なんか、ちょっと甘い匂いがする気がする」

隣で谷垣くんも同じように目を輝かせている。

その様子は微笑ましい。
だが同時に、あまりにも無防備すぎて目が離せない。

二人とも、完全に観光客の顔をしている。
こういう人間は、ここでは一番狙われやすい。スリたちには格好の餌食だろうな。

「二人とも入国審査はこっちだよ」

「はーい!」

素直に従う二人をさりげなく自分の内側に入れ、その立ち位置を固定する。
右に伊月、左に谷垣くん。この形なら、両方すぐに動かせる。
人の流れに紛れながら、視線だけを巡らせる。
正面は問題なし。背後はやや混雑しているな。左奥に、視線を泳がせている男が一人いる。

あれは確実に獲物を狙っている。

だが、今は動かない。下手に刺激する必要はない。

「はい。これ、谷垣くんのパスポートね」

日本での段階から、貴重品は全て俺が預かっている。
自分のものは自分で守るべきなのだろうが、二人に持たせているより俺が管理したほうがずっと安全だ。

「ありがとうございます!」

「こっちは伊月の」

「慎一さんが持っててくれたら安心ですね」

その無邪気な笑顔に、わずかに気が緩む。
この笑顔を帰国の日まで失わせるわけにはいかない。

伊月も谷垣くんも英語が堪能なため、入国審査は滞りなく終わった。
だが、本番はここからだ。

荷物受取所。

人の密度、視線の死角、意識の分散。
スリにとっては、最も動きやすい環境だ。

「あそこから、荷物が流れてくるから」

そう言って立ち止まると、伊月はすぐにベルトコンベアに目を向けた。

「僕たちの荷物、どれかな……あ、あれ似てません?」

「ほんとだ。でもちょっと違うかも」

荷物を見ているだけだというのに、やけに楽しそうに見える。
伊月の横で谷垣くんも同じように屈み込んで、流れてくるスーツケースを覗き込んでいる。

揃いも揃って無防備すぎる二人に、意識を向けておくのが大変だ。
そのとき、視界の端で動きがあった。
さっきとは別の男。
今度は、もっと露骨に俺たちと距離を詰めてくる。
狙いは……谷垣くんか。

キャリーケースに意識が向いている隙を狙っている。
さっきまで狙いは伊月だったようだが、伊月よりも今はそちらの方が取りやすいと判断したか。

俺は気配を一瞬だけ消して、男のもとに一歩、踏み出す。
視線は合わせず、ただ男の進路に自然に入り込んだ。

『Excuse me』

イタリア訛りの英語が背後から聞こえる。
それに反応する瞬間を狙って、仕掛けるつもりなんだろう。

その手が伊月たちに伸びるより、ほんのわずかに早く

『No』

男だけに聞こえるように、声量を抑えたまま威圧を込めて告げた。
その瞬間、男の動きが止まった。
視線が一瞬こちらを向いたが、男のほうが先に視線を逸らした。

男は何事もなかったかのように方向を変え、あっという間に人混みに紛れていった。
盗めないとわかれば、用はないんだろう。判断は早い。そして、引き際も。

ここが日本なら確実に捕まえるが、ここでは追う必要まではない。

俺の顔は覚えられただろうが、それでいい。
この手の人間は、情報の共有が早い。
一度でも面倒な相手だと認識されれば、それだけで十分だ。
今はそれでいい。

「慎一さん、何か聞こえました?」

「ん? 何もないよ」

男の呼びかけの声がかすかに聞こえていたようだが、素知らぬふりをしておいた。

「あれ? 空耳かな? あ、慎一さん!」

伊月が声を上げた。

「あれ、僕たちのスーツケースですよ」

指差した先に、見覚えのあるスーツケース。
駆け出そうとする伊月の手を握り、一歩前に出て荷物を受け止める。

「こっちは尚孝くんのだー」

続けて流れてきた彼の荷物に気づいた伊月の横から荷物を受け止め、そのまま持ち上げて手渡す。

「ありがとうございます」

これで、ここから出られる。
ようやく一つ、仕事を終えたような気持ちで二人を連れて到着口から出る。

「もう、ここってイタリアなんだねー」

「なんか、信じられないなー」

さっき狙われていたことも何も知らない子猫二人を連れて、ホテルに向かう車へと向かう。

ここからが本番だ。

心の中でそう呟き、改めて気合いを入れ直した。
感想 64

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みんなの感想(64件)

いぬぞ~
2026.04.01 いぬぞ~
ネタバレ含む
2026.04.04 波木真帆

いぬぞ〜さま。コメントありがとうございます!
中学生になる頃には亡くなっていたであろう尚孝のママ。
もしいたら、絶対に会社を継がせるなんてことはしなかったでしょうね。
そもそも幼稚園から大学までの生粋の桜守っ子には無理。
しかも天職を辞めさせてまでなんて💦
もし、ママが亡くなってなくて仕事を辞めていなくても優秀なリハビリの先生がいるってことで一花の専属には選ばれてそうなので、唯人とは会ってそうですね。

さて、イタリア行きの飛行機。
実際にこういうファミリー席がある飛行機があるらしいんですが、これ絶対に使えますよね。
ニャンコがいる家族旅行には最高の席です。
旅慣れてたら外の景色を見たいなんてことは今更でしょうし、みんなで個室気分で乗れるのは最高ですよね。

そんなスペースを使ってニャンコ二人のお世話。
帰りももちろんこの席ですね。その頃にはぐったりしてるかも(笑)

解除
Madame gray-01
2026.04.01 Madame gray-01
ネタバレ含む
2026.04.04 波木真帆

Madame gray-01さま。コメントありがとうございます!
まだまだ先は長いですからね。無事に帰って来れるように祈ってあげてください(笑)

解除
たえちび
2026.04.01 たえちび

こんにちは。

そろそろ続きを…

2026.04.01 波木真帆

たえちびさま。リクエストありがとうございます!
すみません、すっかり忘れてましたね💦
続き書いてみましたので楽しんでいただけると嬉しいです♡

解除

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