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消えかけの命
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「誰かいるのか?」
私はもう一度同じ声をかけながらその声が聞こえるほうに慎重に近づいていく。
「なっ、これは……」
蝋燭の明かりに照らされて目に入ってきたのは部屋の隅に無造作に置かれた、小動物などを罠にかけるための小さな檻。その中に何か入っているのが確認できる。
慌てて駆け寄り、その何かに燭台を近づける。
金色の毛に覆われた何かが、窮屈な姿勢で檻の中に閉じ込められているのが目に飛び込んできた。
これは小動物じゃない。人間の子どもだ。
「なんでこんなところに子どもが!」
その理由が知りたいが、今は一刻も早くこの檻から子どもを救出しなければいけない。
燭台を床に置き、膝をついて檻に手をかける。
しかし、大きな南京錠がかかっていて力任せに引っ張っても檻はびくともしない。
「くそっ、鍵はないのか! クラウス! 急いでこちらに来い!」
私の声に駆け寄ってきたクラウスが檻を見て、驚愕の表情を浮かべているがそんな場合じゃない。
「鍵を壊すぞ。私の手元に灯りを当てておけ!」
「は、はい」
中にいる子どもを怖がらせたくないが、鍵がない以上本体を破壊するしかない。
「大丈夫。私たちは助けに来たからな。怖がらなくていいぞ」
声をかけても子どもは檻の中でピクリとも動かない。床に置いていた燭台の底をガンガンとぶつけても反応がない。
もしやもう、力尽きたのではないか? そんな考えが頭をよぎる。
「くそっ! 早く壊れろ!」
鉄製の大きな南京錠は錆びついているのか、なかなか壊れない。だが急がなければ子どもの命に関わる。
渾身の力で南京錠に燭台をぶつけると、ガチャンと大きな音を立ててようやく壊れた。
南京錠を放り投げ、檻を開ける。だが、中の子どもは身体を小さく丸めて床に倒れ込んだまま身動き一つしない。
一足、遅かったか……
恐る恐る檻の中に腕を伸ばす。ボサボサの金色の髪が汗や泥で顔中に張り付き、小さな身体は見慣れない服を纏っている。
その小さな身体を抱きかかえると、予想していたよりもずっと軽いその身体に驚く。
我が国にもこの国にももう子どもの奴隷は存在しないはずなのに、この子はいつからこんなところに閉じ込められていたのか。
「なんでこんなことに……」
あまりにも不憫な子どもが可哀想でたまらず抱きしめる。すると、微かに呼吸を感じた。
小さくて浅い、すぐにでも消えてしまいそうだが、まだ命の灯火は消えていない。
「クラウス、この子はまだ生きている! 急ぐぞ!」
あまり振動を与えたくないが、一分一秒も惜しい。
クラウスは二つの燭台を持ち、駆け出した私の後ろをついてくる。
階段を上がり、入り口の扉を開けていたヨハンの姿が見える。
「ヨハン、すぐにさっきの医師を呼んできてくれ! 急げ、時間がない!」
何が何だかわからない様子のヨハンだったが、私の勢いに押されるようにすぐに駆け出していった。
彼が馬車を飛ばせば十五分以内には医師を連れて戻って来れるだろう。
念の為にエヴァン子爵を看取ったあの医師の連絡先を控えておいて正解だった。
医師が来るまでの間、どこかに寝かせて今の状態を確認しておきたいが、ベッドはすでに処分した。
そもそもあのエヴァンス子爵が寝ていたベッドにはこの子を寝かせたくない。
「旦那様。こちらに」
私が考えている間にクラウスがソファにバスタオルを広げて簡易ベッドを作ってくれていた。
そこに小さな身体をそっと寝かせる。
念の為、身体に触れてみるが骨折や怪我などはしていないようだ。
ただ、唇が酷く乾燥している。
いつから地下室に閉じ込められていたかわからないが、少なくとも丸一日以上は経っているだろう。
このままでは脱水症状で命を落としかねない。医師が来る前に少しでも水分を摂らせておいたほうがいいだろう。
「クラウス、水を!」
何かあった時のために旅に出る時には持ってきている経口補水液。
クラウスがグラスに入れて持ってきたそれでハンカチを濡らし、まずは唇から潤わせてやる。
そしてその水を少し口に含み、その子を静かに抱き起こす。
その小さな唇に自分の唇をあて、咽せないように少しずつ口の中に入れていく。
汗と汚れに塗れたその子に口移しで飲ませている私の姿にクラウスが驚きの表情をしているのが視界の隅に入ってくるが、今はどうでもいい。
飲んでくれるか?
これは賭けだ。
頼む、飲んでくれ。
固唾を飲んで見守ると、子どもの喉がコクっと動くのがわかった。
ああ……よかった。この子はまだ生きたいと望んでくれている。
少しずつ、じわりじわりと口移しで飲ませていく。
グラスの三分の一ほどの量を飲み干した頃、ようやくヨハンが医師と共に戻ってきた。
私はもう一度同じ声をかけながらその声が聞こえるほうに慎重に近づいていく。
「なっ、これは……」
蝋燭の明かりに照らされて目に入ってきたのは部屋の隅に無造作に置かれた、小動物などを罠にかけるための小さな檻。その中に何か入っているのが確認できる。
慌てて駆け寄り、その何かに燭台を近づける。
金色の毛に覆われた何かが、窮屈な姿勢で檻の中に閉じ込められているのが目に飛び込んできた。
これは小動物じゃない。人間の子どもだ。
「なんでこんなところに子どもが!」
その理由が知りたいが、今は一刻も早くこの檻から子どもを救出しなければいけない。
燭台を床に置き、膝をついて檻に手をかける。
しかし、大きな南京錠がかかっていて力任せに引っ張っても檻はびくともしない。
「くそっ、鍵はないのか! クラウス! 急いでこちらに来い!」
私の声に駆け寄ってきたクラウスが檻を見て、驚愕の表情を浮かべているがそんな場合じゃない。
「鍵を壊すぞ。私の手元に灯りを当てておけ!」
「は、はい」
中にいる子どもを怖がらせたくないが、鍵がない以上本体を破壊するしかない。
「大丈夫。私たちは助けに来たからな。怖がらなくていいぞ」
声をかけても子どもは檻の中でピクリとも動かない。床に置いていた燭台の底をガンガンとぶつけても反応がない。
もしやもう、力尽きたのではないか? そんな考えが頭をよぎる。
「くそっ! 早く壊れろ!」
鉄製の大きな南京錠は錆びついているのか、なかなか壊れない。だが急がなければ子どもの命に関わる。
渾身の力で南京錠に燭台をぶつけると、ガチャンと大きな音を立ててようやく壊れた。
南京錠を放り投げ、檻を開ける。だが、中の子どもは身体を小さく丸めて床に倒れ込んだまま身動き一つしない。
一足、遅かったか……
恐る恐る檻の中に腕を伸ばす。ボサボサの金色の髪が汗や泥で顔中に張り付き、小さな身体は見慣れない服を纏っている。
その小さな身体を抱きかかえると、予想していたよりもずっと軽いその身体に驚く。
我が国にもこの国にももう子どもの奴隷は存在しないはずなのに、この子はいつからこんなところに閉じ込められていたのか。
「なんでこんなことに……」
あまりにも不憫な子どもが可哀想でたまらず抱きしめる。すると、微かに呼吸を感じた。
小さくて浅い、すぐにでも消えてしまいそうだが、まだ命の灯火は消えていない。
「クラウス、この子はまだ生きている! 急ぐぞ!」
あまり振動を与えたくないが、一分一秒も惜しい。
クラウスは二つの燭台を持ち、駆け出した私の後ろをついてくる。
階段を上がり、入り口の扉を開けていたヨハンの姿が見える。
「ヨハン、すぐにさっきの医師を呼んできてくれ! 急げ、時間がない!」
何が何だかわからない様子のヨハンだったが、私の勢いに押されるようにすぐに駆け出していった。
彼が馬車を飛ばせば十五分以内には医師を連れて戻って来れるだろう。
念の為にエヴァン子爵を看取ったあの医師の連絡先を控えておいて正解だった。
医師が来るまでの間、どこかに寝かせて今の状態を確認しておきたいが、ベッドはすでに処分した。
そもそもあのエヴァンス子爵が寝ていたベッドにはこの子を寝かせたくない。
「旦那様。こちらに」
私が考えている間にクラウスがソファにバスタオルを広げて簡易ベッドを作ってくれていた。
そこに小さな身体をそっと寝かせる。
念の為、身体に触れてみるが骨折や怪我などはしていないようだ。
ただ、唇が酷く乾燥している。
いつから地下室に閉じ込められていたかわからないが、少なくとも丸一日以上は経っているだろう。
このままでは脱水症状で命を落としかねない。医師が来る前に少しでも水分を摂らせておいたほうがいいだろう。
「クラウス、水を!」
何かあった時のために旅に出る時には持ってきている経口補水液。
クラウスがグラスに入れて持ってきたそれでハンカチを濡らし、まずは唇から潤わせてやる。
そしてその水を少し口に含み、その子を静かに抱き起こす。
その小さな唇に自分の唇をあて、咽せないように少しずつ口の中に入れていく。
汗と汚れに塗れたその子に口移しで飲ませている私の姿にクラウスが驚きの表情をしているのが視界の隅に入ってくるが、今はどうでもいい。
飲んでくれるか?
これは賭けだ。
頼む、飲んでくれ。
固唾を飲んで見守ると、子どもの喉がコクっと動くのがわかった。
ああ……よかった。この子はまだ生きたいと望んでくれている。
少しずつ、じわりじわりと口移しで飲ませていく。
グラスの三分の一ほどの量を飲み干した頃、ようやくヨハンが医師と共に戻ってきた。
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