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真実の姿
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石鹸の類は置いてあるが、この美しく繊細なこの子の肌に合わない恐れもある。
ここでは湯で流すだけで我慢してもらうしかない。
我が家に連れ帰ったら綺麗に洗ってやろう。
風呂場の床に片膝をついてしゃがみ、この子を膝に乗せてシャワーの湯をゆっくりとあてた。
顔と、針を刺している右手にかからないように気をつけながら、汗と汚れでボサボサになってしまっている金色の髪を湯で洗い流す。
ベタベタと手にまとわりつく汚れを丁寧に落としていく。
指で優しく髪を撫でるように汚れを落としていると、タイルの床に金色の染料のようなものが流れていくのが私の目に入ってきた。
「ん? なんだ、これは?」
ふとこの子の髪に視線を向けると、先ほどまで金色だった髪の間から黒い髪がまだらに見え始めていた。
「っ、まさか……」
この黒髪がこの子の本当の髪色か?
先ほど排除しようとした考えが頭をよぎる。
心臓が飛び出しそうなほどの驚きの中、必死に冷静を保ちつつ髪に湯をあて続ける。
すると少しずつ髪から金色が溶け出て、真っ黒な髪が現れた。
これがこの子の本当の髪色だったか。
「おお……っ」
きっとあの金色はアルトゥンの花の蜜を使ったのだろう。
アルトゥンの花は日の当たらないじめっとした池の周りを好んで生息する。
この屋敷の裏手にある鬱蒼とした森ならいくらでも生えているだろう。
アルトゥンの花の蜜を塗るとどんなものでも金色に染めることができ、その効果は半年ほど持つとされている。
ただ、水には強いが湯に溶け出てしまう性質がある。
彼の瞳をまだ見ていないが、髪色と瞳の色は同色とされているから、おそらくこの子は瞳も黒。
「まさか、フィリグランがこの国に現れたとはな……」
思わぬ事実に心の声が漏れた。
フィリグラン。
ガラス細工のように壊れやすい繊細なものを意味するこの言葉は、我がフィオラード王国において崇められる存在だ。
フィリグランが現れるとフィオラード王国が繁栄し、ますます強大な力を持つとされる。
そのため、フィリグランは神の使いとも言われている。
だがその名の通り、繊細で弱い存在のため大切に慈しむ必要がある。
フィリグランを見分ける方法はただ一つ。
この世界で唯一の黒目黒髪を持つ者。
エヴァンス子爵はそれを知っていたから、フィリグランをあの地下室に閉じ込めたのだろう。
なぜなら、エヴァンス子爵がいたこの国ではフィリグランは憎き象徴。
それは、フィオラード王国が今より強大になれば確実にこの国は破滅するからだ。
エヴァンス子爵はこの国が破滅してしまうのを恐れて、この子の漆黒の髪をアルトゥンの花の蜜で金色に染め、隠し通そうとしたに違いない。いや、もしかしたらあのまま息絶えるのを待っていたのかもしれない。
だが、神のつかいとも言われるフィリグランに無体なことをしたことにより、神の怒りを買い、逆に命を奪われることになった。エヴァンス子爵は病床の中、このままフィリグランが命を落とすことになればこの世界が終わってしまうと考えたに違いない。そこで最後の力を振り絞って私にフィリグランが地下室にいることを告げた――
全ては私の推測に過ぎないがこの子がフィリグランである以上、その可能性は否めない。
本当に奴はとんでもないことをしでかしたものだ。
フィリグランをこんな目に遭わせるとは……
この子がフィリグランだとわかった以上、この子をこの国においておくわけにはいかない。
早くフィオラードに連れ帰り、大切に保護しなければ。
風邪を引いてしまう前に綺麗になった身体をバスタオルで包み込む。
私も濡れてしまった服を着替えて、この子の髪を乾かしてやろうと辺りを見回した。
だが、髪を乾かす道具が見当たらない。
仕方なく髪をタオルにまとめて、私の服を着せた。
「くっ!」
この子が私の服を着ているというだけで興奮してしまう。
無理もない。フィリグランはこの世に二人といない美しさを持ち、誰しも魅了される存在。
その美人が私の服を着ているのだ。興奮しないわけがない。
だが、意識のない彼に邪な気持ちを持ってはならない。自分にそう言い聞かせて風呂場を出た。
ソファに腰を落とし、腕の中の小さなこの子を見つめる。
見れば見るほど愛おしさが募る。
この子を私のものにしたい。
そんな感情が湧き上がるのに、時間は要らなかった。
栄養剤の点滴が半分ほど終わった頃、クラウスとヨハンが戻ってきた。
「旦那さま。ただいま戻りました」
「中に入れ。ヨハンは馬車に戻って帰る支度を進めておいてくれ」
私の指示通り部屋に入ってきたクラウスは私の姿を見て驚いていた。
それはそうだろう。私がこのように誰かを抱きかかえるなんてことなど今まで一度もなかったのだから。
「旦那様。そのままではお疲れになるでしょう。新しいタオルをお持ちします」
クラウスはもう一度ソファに簡易的なベッドを作ってくれるつもりのようだが、私はそこに寝かせるつもりはない。
「いや、それは必要ない。それよりこちらに来てくれ」
私の真剣な声にクラウスは少し緊張しながら近づいてきた。
そして、クラウスに見えるように私はこの子の髪に巻いていたタオルを少し緩めて中を見せた。
「見ろ。黒髪だ」
「っ、なんと……っ! ではこのお方は、フィリグラン……」
クラウスは予想もしていなかった事実に、その場に膝から崩れ落ちた。
「すぐに国王陛下にご報告を……」
「いや、それはもう少し後にしよう」
「ですが……」
クラウスがそういう理由はよくわかっている。
我が国で神の使いとして崇められる存在のフィリグランを見つけたらすぐに陛下に報告することが義務付けられている。
国家の繁栄に関わることだ。もちろん私もその点においては異論はない。
「この子はあの地下室に少なくとも数日閉じ込められていたのだ。目を覚ましても恐怖を感じて怯えるかもしれない。そこで陛下に拝謁なんて心労を与えたくない。もうしばらく状態が落ち着くまで我が家で静養させるとしよう」
「……承知いたしました。それでは出発の支度が整いましたらお知らせに参ります」
「ああ、頼む」
クラウスを見送り、部屋に私とこの子、二人の時間が戻ってきた。
まだ目覚めぬ彼を腕に抱きながら、私はなんとも言えぬ不思議な感情でいっぱいになっていた。
* * *
明日から15時更新に変わります。
どうぞお楽しみに♡
ここでは湯で流すだけで我慢してもらうしかない。
我が家に連れ帰ったら綺麗に洗ってやろう。
風呂場の床に片膝をついてしゃがみ、この子を膝に乗せてシャワーの湯をゆっくりとあてた。
顔と、針を刺している右手にかからないように気をつけながら、汗と汚れでボサボサになってしまっている金色の髪を湯で洗い流す。
ベタベタと手にまとわりつく汚れを丁寧に落としていく。
指で優しく髪を撫でるように汚れを落としていると、タイルの床に金色の染料のようなものが流れていくのが私の目に入ってきた。
「ん? なんだ、これは?」
ふとこの子の髪に視線を向けると、先ほどまで金色だった髪の間から黒い髪がまだらに見え始めていた。
「っ、まさか……」
この黒髪がこの子の本当の髪色か?
先ほど排除しようとした考えが頭をよぎる。
心臓が飛び出しそうなほどの驚きの中、必死に冷静を保ちつつ髪に湯をあて続ける。
すると少しずつ髪から金色が溶け出て、真っ黒な髪が現れた。
これがこの子の本当の髪色だったか。
「おお……っ」
きっとあの金色はアルトゥンの花の蜜を使ったのだろう。
アルトゥンの花は日の当たらないじめっとした池の周りを好んで生息する。
この屋敷の裏手にある鬱蒼とした森ならいくらでも生えているだろう。
アルトゥンの花の蜜を塗るとどんなものでも金色に染めることができ、その効果は半年ほど持つとされている。
ただ、水には強いが湯に溶け出てしまう性質がある。
彼の瞳をまだ見ていないが、髪色と瞳の色は同色とされているから、おそらくこの子は瞳も黒。
「まさか、フィリグランがこの国に現れたとはな……」
思わぬ事実に心の声が漏れた。
フィリグラン。
ガラス細工のように壊れやすい繊細なものを意味するこの言葉は、我がフィオラード王国において崇められる存在だ。
フィリグランが現れるとフィオラード王国が繁栄し、ますます強大な力を持つとされる。
そのため、フィリグランは神の使いとも言われている。
だがその名の通り、繊細で弱い存在のため大切に慈しむ必要がある。
フィリグランを見分ける方法はただ一つ。
この世界で唯一の黒目黒髪を持つ者。
エヴァンス子爵はそれを知っていたから、フィリグランをあの地下室に閉じ込めたのだろう。
なぜなら、エヴァンス子爵がいたこの国ではフィリグランは憎き象徴。
それは、フィオラード王国が今より強大になれば確実にこの国は破滅するからだ。
エヴァンス子爵はこの国が破滅してしまうのを恐れて、この子の漆黒の髪をアルトゥンの花の蜜で金色に染め、隠し通そうとしたに違いない。いや、もしかしたらあのまま息絶えるのを待っていたのかもしれない。
だが、神のつかいとも言われるフィリグランに無体なことをしたことにより、神の怒りを買い、逆に命を奪われることになった。エヴァンス子爵は病床の中、このままフィリグランが命を落とすことになればこの世界が終わってしまうと考えたに違いない。そこで最後の力を振り絞って私にフィリグランが地下室にいることを告げた――
全ては私の推測に過ぎないがこの子がフィリグランである以上、その可能性は否めない。
本当に奴はとんでもないことをしでかしたものだ。
フィリグランをこんな目に遭わせるとは……
この子がフィリグランだとわかった以上、この子をこの国においておくわけにはいかない。
早くフィオラードに連れ帰り、大切に保護しなければ。
風邪を引いてしまう前に綺麗になった身体をバスタオルで包み込む。
私も濡れてしまった服を着替えて、この子の髪を乾かしてやろうと辺りを見回した。
だが、髪を乾かす道具が見当たらない。
仕方なく髪をタオルにまとめて、私の服を着せた。
「くっ!」
この子が私の服を着ているというだけで興奮してしまう。
無理もない。フィリグランはこの世に二人といない美しさを持ち、誰しも魅了される存在。
その美人が私の服を着ているのだ。興奮しないわけがない。
だが、意識のない彼に邪な気持ちを持ってはならない。自分にそう言い聞かせて風呂場を出た。
ソファに腰を落とし、腕の中の小さなこの子を見つめる。
見れば見るほど愛おしさが募る。
この子を私のものにしたい。
そんな感情が湧き上がるのに、時間は要らなかった。
栄養剤の点滴が半分ほど終わった頃、クラウスとヨハンが戻ってきた。
「旦那さま。ただいま戻りました」
「中に入れ。ヨハンは馬車に戻って帰る支度を進めておいてくれ」
私の指示通り部屋に入ってきたクラウスは私の姿を見て驚いていた。
それはそうだろう。私がこのように誰かを抱きかかえるなんてことなど今まで一度もなかったのだから。
「旦那様。そのままではお疲れになるでしょう。新しいタオルをお持ちします」
クラウスはもう一度ソファに簡易的なベッドを作ってくれるつもりのようだが、私はそこに寝かせるつもりはない。
「いや、それは必要ない。それよりこちらに来てくれ」
私の真剣な声にクラウスは少し緊張しながら近づいてきた。
そして、クラウスに見えるように私はこの子の髪に巻いていたタオルを少し緩めて中を見せた。
「見ろ。黒髪だ」
「っ、なんと……っ! ではこのお方は、フィリグラン……」
クラウスは予想もしていなかった事実に、その場に膝から崩れ落ちた。
「すぐに国王陛下にご報告を……」
「いや、それはもう少し後にしよう」
「ですが……」
クラウスがそういう理由はよくわかっている。
我が国で神の使いとして崇められる存在のフィリグランを見つけたらすぐに陛下に報告することが義務付けられている。
国家の繁栄に関わることだ。もちろん私もその点においては異論はない。
「この子はあの地下室に少なくとも数日閉じ込められていたのだ。目を覚ましても恐怖を感じて怯えるかもしれない。そこで陛下に拝謁なんて心労を与えたくない。もうしばらく状態が落ち着くまで我が家で静養させるとしよう」
「……承知いたしました。それでは出発の支度が整いましたらお知らせに参ります」
「ああ、頼む」
クラウスを見送り、部屋に私とこの子、二人の時間が戻ってきた。
まだ目覚めぬ彼を腕に抱きながら、私はなんとも言えぬ不思議な感情でいっぱいになっていた。
* * *
明日から15時更新に変わります。
どうぞお楽しみに♡
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