南国特有のスコールが初恋を連れてきてくれました

波木真帆

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倉橋さんからの依頼

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私の名前は安慶名あげな伊織いおり。35歳。
桜城大学法学部を卒業後、司法修習を経て弁護士としての道を歩き始め、昨年独立して念願だった自分の法律事務所を開業した。

大学の先輩である蓮見はすみ周平しゅうへいさんから、弟たちの会社の顧問弁護士になってほしいと言われたのは仕事にも慣れ、ようやく自信を持って弁護士だと言えるようになった26歳の時だった。

大学時代、特にお世話になった周平さんからの頼みに断る理由などなく、また、当時勤めていた法律事務所の所長である磯山いそやま弁護士も同じ桜城大学のOBで周平さんの会社の顧問弁護士をしている関係から、喜んで賛成してくれたこともあり、私は喜んでその依頼を受けることにした。

すぐに弟さんである涼平りょうへいさんを紹介され、その会社が芸能事務所だったことに驚きはしたが、出演先や所属しているタレントとの契約関係を細かく決めたり、マスコミ等による名誉毀損やプライバシー侵害への対応、またインターネット上での誹謗中傷への対応など通常の企業とはまた違う仕事内容にやりがいを感じていた。
また、事務所のタレントさんたちの話をよく聞いておくことで、何かあった時にすぐに気づきやすいことも肌で感じていた。


芸能事務所の代表である倉橋さんは交友関係も広く自社のタレントを売り込むのがうまい。
経営や企業戦略に長けた涼平さんはあえて事務所を大きくすることなく、少数精鋭で多方面から望まれる事務所を作り上げている。
そして、芸能事務所にとってなくてはならない存在なのが、スカウトマンの浅香さん。
彼の素晴らしい目で見つけた役者は演技力に長け、主役脇役を問わずにオファーが殺到している。

このそれぞれ別々の力を持った3人の共同事務所だからこそ、この事務所経営はうまくいっているのだろう。
私は顧問弁護士という立場で彼らの仕事を支えられることに誇りを持っていた。

そこから8年の時を経て私が事務所を離れ独立するときも、彼らは引き続き私に顧問弁護士を続けてほしいと言ってくれたお陰で彼らとの縁はまだ続いている。

そんなある日、倉橋さんから

安慶名あげなさん、もしよければ私のもう一つの会社でも顧問弁護士をお願いできませんか?」

と声をかけられた。

「実は、今まで顧問弁護士をお願いしていた人が奥さまの海外赴任に一緒についていかれることになり弁護士を辞められるんですよ。それで急遽新しく顧問弁護士を探さないといけないのですが、安慶名さん以外に信頼できる方をすぐに見つけられる自信がなくて……安慶名さんにぜひお願いしたいのですがいかがでしょうか?」

倉橋さんの会社の場所は沖縄県の離島、その中でも秘境と呼ばれる西表島にあり、観光ツアー会社だという話は聞いていた。

沖縄と聞いて私はいろいろな思いが込み上げてきた。

倉橋さんが私の過去を知っているかは分からないが、私は沖縄出身で、安慶名という名は沖縄がルーツだ。
両親と祖母は疾うの昔に亡くなっていて、祖父との2人暮らしだったのだが、私が高校1年の冬に祖父が亡くなり東京にいるという遠戚に引き取られることになっていた。

しかし、葬儀に参列してくれた祖父の教え子だという志良堂しらどう宗一郎そういちろうさんに声をかけてもらったことがきっかけで、私は東京の志良堂家に引き取られることとなった。

志良堂さんは私が目指していた桜城大学で教授を務めていて、しかもパートナーである鳴宮なるみや皐月さつきさんも准教授だと聞いて驚いた。
志良堂家での生活は本当に居心地が良く愛情を持って伊織と名を呼んでくれる彼らを、私も宗一郎さん、皐月さんと呼ばせてもらっていた。
私を尊重してくれる2人との生活で勉強にも集中でき、無事桜城大学への合格を果たしたのだ。
大学内ではやはり人の目が気になり、私は志良堂教授、鳴宮准教授と呼んでいたが、2人は変わらず私を伊織と呼んでくれた。
そんなところも大好きな2人だった。


祖父と別れ沖縄から離れて約20年、自分の法律事務所を開業し新たな道を歩き始めた私に、こうやって沖縄との縁が生まれたのは何かしらの意味があるのだろうと感じた。

住んでいた沖縄本島ではないが、久しぶりに沖縄の地に足を踏み入れるというのも面白いかもしれない。

「とりあえず一度会社に伺わせてください」

気づけば倉橋さんにそう頼んでいた。

『すぐに飛行機のチケットを取ります!』と言ってくれた倉橋さんに、

「いえ、私もうすぐ夏季休暇を取る予定でしたので、旅行がてら西表まで自分で行ってみますよ」

というと、倉橋さんは驚いた顔をしながらも

「ふふっ。その気持ちわかります。きっと安慶名さんも離島の美しさに嵌りますよ」

とニヤリと笑って、一枚の名刺をくれた。

「石垣島イリゼリゾート? これ、浅香さんの……」

「はい。そこには俺と蓮見専用の部屋があるので、予約なしでいつでも泊まれるんです。
良かったらそこにも足を運んでみてください」

「ですが、いいんですか?」

「もちろんです。安慶名さんにはいつもお世話になっていますから。ホテルには私からも連絡を入れておきますのでご安心ください。あ、そうそう、その部屋、離れなので女性を連れ込んでも大丈夫ですよ」

パチンとウィンクして見せる倉橋さんに、

「いえ、私はゲイなのでその心配はいりませんよ」

と言ってみた。

彼はどんな反応をするだろう?
これで嫌がってさっきの話が無しになるのであればそれもまた受け入れよう。
いつまでも隠しておくことでもないからな。

「ああ、そうでしたか。別に男性でも構いませんよ。好きに使ってくださって結構です」

そう言ってにっこりと笑う倉橋さんに驚いた。
こうまで表情を変えずに受け入れてもらえたのは初めてかもしれない。

大学時代、周平さんに打ち明けた時はすぐに受け入れてくれたが、伝えたその瞬間は流石に驚いていたからな。

倉橋さんの寛大さに驚きながら、

「ありがとうございます。ですが、私は自分がゲイだと自認してからは一生添い遂げたいと思う人とだけ付き合おうと決めましたから……。1人でゆっくり過ごさせていただきますね」

自分の思いを伝えると、彼は、

「ああ、安慶名さんらしいですね。そういう気持ち、大切だと思います。私もいつかそういう人に巡り会えたらとは思いますが、なかなか難しいですね。ただ自分だけを見つめてくれる人に出会いたいとはずっと思ってはいるんですがね……」

と少し寂しげな表情で話していた。
自由奔放に遊んでいるようなイメージだったが、彼の根本には彼をそうさせてしまうような何か深い闇があるのかもしれない。
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