南国特有のスコールが初恋を連れてきてくれました

波木真帆

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言葉にできない美しさ

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「そろそろいい時間だ。無人島に渡りましょう」

倉橋さんに案内されながら社長室を出ると、

「砂川、一緒についてきてくれ」

と悠真を呼び出した。

仕事をしていた悠真はその手をすぐに止め、私たちの元へと走り寄ってきた。

「ゆ……砂川さんも一緒に行かれるのですか?」

「はい。人手は多い方がいいんですよ」

にっこりと微笑まれたらそれ以上尋ねるのも憚られて、私たちは3人で倉橋さんの車に乗り込んだ。
当然といえばそうなのかもしれないが、運転する倉橋さんの助手席に悠真が座っているのがなんとなく解せない。
本当は私の隣に座って欲しいのに。


無人島へ渡るには集落の奥にある倉橋さんが作ったという桟橋から船で行くらしく、私たちが西表にくる前に既に船の準備はしておいてくれたようだ。

「昨夜はせっかくの一人旅をご満喫のところ、突然相部屋をお願いしてしまって申し訳ありませんでした」

突然、倉橋さんから昨夜の詫びを言われて思わずドキッとしてしまったのは

――もし、安慶名さんが彼とそういうことになるのなら、それもまた運命ですから……。

と言われていたことを思い出したからだ。
偶然とはいえ、倉橋さんのことだ。
もしかしたら彼はこうなることを予測していたのではという気にさせられる。
それくらい倉橋さんには何か普通では考えられないような力を感じるのだ。

「いいえ、砂川さんにはいろいろと楽しいお話も聞かせていただいて1人で過ごすよりもずっと楽しい時間を過ごせました。かえって砂川さんにはご迷惑をかけてしまったかもしれません」

「私は迷惑など……。私もいつもは1人で滞在するので、お話し相手になってくださってすごく楽しかったです」

悠真は私が『砂川さん』と呼んだことを少し寂しそうにしていたが、悠真も会社モードに切り替えながらも嬉しい言葉を返してくれた。

「……それなら、よかった。心配してたんです。砂川は人見知りなところがあって、すぐには心を開かないので」

「そんなことありませんよ! 砂川さんは気遣いのできる方ですから、いろいろ考えてなさっているだけです」

倉橋さんが、悠真のことを自分がよく知っているとでも言いたげに話すのが悔しくてつい声を張り上げてしまった。

「安慶名さん……」

悠真が心配そうな声をかけてきて、ハッと我に返った。

「も、申し訳ありません」

慌てて詫びの言葉を口にすると、

「いえいえ、お気になさらず。これから一緒に働いていただく安慶名さんに大事な社員の内面をこんなにも分かっていただけているのは経営者として嬉しいことですから」

とバックミラー越しににっこりと笑って返してくれてホッとした。

そんな話をしている間に車は集落の奥にある森を抜け、明るい光の差す場所へと到着した。

「ここの海は離島の中でも群を抜いて美しいですね」

私の目の前には太陽の光に反射してキラキラとまるで宝石のように輝く海があった。

「ここは遊泳禁止ゾーンですし、泳ぎ目当ての観光客は入れませんからね。かなり貴重な場所ですよ」

そう説明しながら、倉橋さんは船体にK.Yリゾートと書かれた大きなモーターボートへと乗り込んでいく。

「さぁ、こちらへどうぞ」

倉橋さんの呼びかけに私を先に乗せようとする悠真の手を取って一緒にボートへと乗り込んだ。

私たちが乗り込んだのを確認して、

「砂川、安慶名さんを中の席に案内してくれ」

と言って、倉橋さんは1人操縦席へと向かった。

「伊織さん、こちらです」

悠真に名を呼ばれたのにホッとしながら、私は悠真に案内された席へと腰を下ろした。

コバルトブルーの海を進みながら、船は10分ほどで小さな島に到着した。
小さいと言ってもそこそこの大きさがある。
無人島はその場所や大きさによって価格もピンキリだが、この大きさとリゾート的な価値を考えれば、億に届くかどうかといったところだろうか。
設備投資や税金等を考えても決して安くない買い物だが、あの虹色の湖があるこの島は観光客誘致に事欠くことはないだろう。
観光ツアー会社を営んでいる彼にとってはかなり素晴らしい島を購入できたといえる。

こういう点においても彼は良いものを捕まえる力に長けているのだろうな。

船がゆっくりと船着場に到着し、安全を確認するためにまず倉橋さんが島に下りた。
続けて私が先に船を降りたのは悠真を安全に下ろすためだ。
私は島へ足をつけた後、振り向いて悠真に手を差し出した。

悠真は少し照れた様子で

「ありがとうございます」

と言いながら、しっかりと私の手を握りポスっと私の胸に飛び込んできた。

久しぶりの悠真の感触と匂いに離しがたくなる。

「あ、あの……安慶名さん?」

戸惑った悠真の声にハッと我に返り急いで悠真の身体を離し、倉橋さんの方を見やると彼は到着後の船の点検をしているようでこちらは見ていなかった。

ホッと息を吐くと、『ふふっ』と悠真から笑みが溢れる。

その笑みに誘われるように私も笑顔を浮かべた。

「安慶名さん、さぁこちらです」

案内された道は舗装もされていない獣道のような細い道。
周りの自然とも調和されたこの道はおそらく倉橋さんがこの島を買い取った後、自分で作ったものだろう。
倉橋さんほどの金があれば観光地として大々的に整備することも可能だろうが、きっとこの島に住む貴重な動物や昆虫のためにそうしないのだろう。

倉橋さんのこういうところが人として尊敬できる。

「足元滑りやすくなっていますのでお気をつけください」

そう注意しながら、倉橋さんは先へ先へと進んでいく。
さすが、慣れたものだな。
そういえばここのツアーは倉橋さんの案内だけと限定されていたな。
余計なトラブルを減らすためにもこの島のことを熟知した倉橋さんだけが関わっているというわけか。
なるほど。
だから、こんなにもスイスイと進むことができるんだな。

女性や子供のいる観光客相手なら気遣いもあるだろうが、今は男3人。
気遣いなんて必要ない。
そんな倉橋さんのスタンスも好感が持てた。

私は少し先を歩く倉橋さんの後ろを悠真の手を取りゆっくりと歩いていく。
悠真とここを一緒に歩けるとは思っていなかったから嬉しくてたまらない。
悠真も嬉しそうに手を握り返してくれるそれだけで嬉しさが倍増する気がした。

「もうすぐですよ」

倉橋さんの声で耳を澄ますと、本当だ。
海の音ではない水音がする。

パサっと最後に大きな木々から伸びた葉を抜けると、そこには大きな湖が広がっていた。

その驚くほど透明な美しい湖に胸が高鳴る思いがした。
が、それは虹色ではない。

倉橋さんもまだ時期には少し早いと言っていたし、少しは残念な気持ちもあったが虹色でなくともこの湖は素晴らしい景色を見せてくれた。
ここに悠真と一緒に来られただけで私は幸せなのだ。

そう思おう。

ところが、その時

「ほら、来ましたよ」

と倉橋さんの声が聞こえたと思ったら、

さっきまで透明だった水面にサーーっと色がついていく。
赤、オレンジ、黄色、緑……虹色どころか水の揺らぎによって色が何色にも変わっていく。
なんだろう、この神秘的な美しさは。

まさに言葉にできない美しさという言葉がぴったり当てはまる。
それほどこの光景は今まで見てきた景色の中で一番といえるほどの美しい光景だった。

「倉橋さん……これほどまでとは……」

ようやく絞り出した私の声に、倉橋さんは笑みを浮かべながら

「そうでしょう。よかった、今日安慶名さんに見せることができて……」

と言ってくれた。

隣にいる悠真に目を向けると、

「ここはいつ見ても本当に美しくて、同じ光景を見たことは一度もないんですよ」

と笑顔で教えてくれた。

「また一緒に見られたらいいね」

「はい。ぜひ」

悠真がぴったりと寄り添ってくれて私は天にも昇る心地だった。
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