俺の天使に触れないで  〜隆之と晴の物語〜

波木真帆

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ドキドキが止まらない <side晴> 

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<晴side>

僕は何が起こったのか分からなくなってしばらくの間固まってしまった。

えっ? 今、隆之さん、僕のおでこにキ、キスした?
こ、恋人になったんだもんね。
そ、そうだよね。うわっ、嬉しすぎる!

おでこにそっと手を当てると、そこはまだ隆之さんの唇の感触がじんわりと残っていて、胸が熱くなった。

あんな素敵な人が僕の恋人だなんて信じられないな。

僕は目を瞑り、ふぅと息を吐いて気持ちを落ち着けようとした。
静かな部屋で目を瞑っているうちに、僕は今朝からの濃い出来事を思い返していた。


今朝は家を出るのがいつもより遅くなったけれど、電車に乗り遅れたくなくて駅まで走ってホームに向かった。

次の電車でも約束の時間には充分間に合う。
だけど電車で最近見かけるようになった彼に会いたくてどうしてもこの電車に乗りたかった。

何とか乗れたは良いけれど、走ったせいか汗が止まらず、せっかく今日も会えた彼の側に行きたかったのに汗臭いと知られたくなくて我慢した。

あーあ、今日も話せなかったとガッカリして電車を降りると知らない子に急に話しかけられた。

突然僕の恋人になると一方的に決められて片腕を引っ張られて、抵抗しているときに通りすがりの人にいきなり反対の腕を押され階段から真っ逆さまに落ちそうになった。

なんとか踏ん張りながら大声で叫んだ途端、今度は彼女に掴まれていた片腕がするりと離された。
このまま落ちて死ぬかもしれないと思った瞬間、突然良い匂いのする逞しい腕に包まれた。

ああ、この匂いなんだかとても安心する。

この匂い、もしかしてあの人? と思ったら、全身が硬直して何も聞こえないし、何も考えられなくなった。

彼の匂いに包まれて嬉しいと思う反面、自分が汗臭いことを思い出して恥ずかしさでさーっと血の気が引いていくのを感じた。

遠くで彼があの子と何か話しているのはうっすらわかったが、汗臭い自分を知られてしまったショックで二人が何を話しているかまでは理解できなかった。

気づいたときにはあの子はいなくなっていて、彼が優しい声で僕に話しかけてくれていた。

耳元で彼の声を聴いた瞬間、何とも言えない感覚が背中を伝わって

「ひゃあっっ」

変な声が出てしまった。

恥ずかしい……。
心配してくれた彼に大丈夫と何とか返したけれど、急に右足に痛みを感じてそっちを見てしまった。

優しい彼はさっと僕を横抱きした。
まさかのお姫様抱っこ!

確かに僕は男にしてはちょっと華奢だと言われることもあるけど、身長は175(たしか…)はあるし体重だってそこそこある……と思う……。

なのに、彼はひょいっと、軽々と僕をお姫様抱っこ!
僕がドギマギしていると、彼はくすっと笑って近くの椅子に座らせて、足を診てくれた。
彼の手が痛くないように優しく触ってくれているのが、皮膚を通して体中に伝わってくる。

今からどこへ行くのかと聞かれ、ビルの名前を告げるとモデルなのかと聞かれてしまった。

いやいや、僕みたいな平凡な男がモデルだなんて無理無理と思いながら、経緯を話すと僕の今日の約束の相手を知っているらしい。
 
びっくりしていると彼が自己紹介をしながら名刺を渡してくれた。

『早瀬隆之さん』

ずっと知りたかった彼の名前。
 
ああ、嬉しいと感動していた時、彼の名刺に『小蘭堂』の文字が…。

まさか、彼は小蘭堂の人?
うそっっ!! そんな偶然あっていいの?

あまりの衝撃に驚いていると早瀬さんに名前を聞かれた。
声を上擦らせながら名前と大学名を答え、実は小蘭堂に内定をいただいていると伝えてみた。

今度は早瀬さんが驚いて、優秀な学生だって褒めてくれた!
嬉しい! 頑張ってよかった! と思っていたのも束の間、田村さんとの約束の時間をとっくに過ぎていて、早瀬さんに促されて田村さんに連絡したら物凄く怒られてしまった。

連絡も無しで遅れたから仕方ない、僕が悪い。
だけど、涙がどんどん溢れてきて我慢できなかった。

早瀬さんが電話を代わってくれて田村さんに事情を説明してくれた。
僕が我慢できずに零してしまった涙を指で優しく拭ってくれて、怒鳴られたショックより早瀬さんに優しくしてもらえた嬉しさが上回ってしまった。

早瀬さんの慰めてくれる声にきゅんとして、お礼を言いながら自分の頬がさっと赤くなったのを感じた。

早瀬さんの顔を見上げ、もう大丈夫ですというつもりでにこっと笑うと早瀬さんは一瞬止まって顔を手で覆い隠した。

あれ?何か変なことしちゃったかな?と思い、早瀬さんにどうかしましたか? と尋ねたけれど、優しくハンカチを渡してくれただけで理由はわからなかった。

なんだろう? と不思議には思ったけれど、とにかく田村さんのところに急ごうと早瀬さんが自然に僕を横抱きにしようとしたので、さっきの不思議な気持ちなんか吹き飛んでしまった。

こんなナチュラルにお姫様抱っこなんて!
ムリムリムリーー! 恥ずかしすぎるー!

歩けるから大丈夫ですと何とか断ったものの、立ち上がってみると痛くてたまらない。
どうしようと思っていたら、早瀬さんがじゃあおんぶでと言ってくれた。

正直どちらも恥ずかしいんだけど……。
悩みに悩んで結局おんぶをお願いしてしまった。  

お姫様抱っこで駅を歩かれるよりは目立たないよねと思いながらおんぶしてもらっていたら、早瀬さんが今週末食事に行こうと誘ってくれた。

嬉しくて顔を上げたら、周りの人の視線が痛いくらいに刺さってくる。
そりゃあ、早瀬さんみたいな素敵な人が歩いてれば見ちゃうよね。
しかも、僕なんかを軽々とおんぶしてるんだから、自分をおんぶして欲しいななんて思ってる人もいるはず。

あぁ、僕なんか平凡なのにおんぶしてもらってるのが申し訳ないやら、恥ずかしいやらで早瀬さんの肩で顔を隠してしまった。

早瀬さんは優しいから、僕のそんな気持ちを読んでくれて隠したまま改札を通ってくれた。

本当に優しい人だな、早瀬さん。
そのまま目的の高梨ビルまでおんぶで連れて行ってくれて、僕のバイト先のカフェを見て気に入ってくれたみたい。
このビルに何度も来たことあるのにカフェに気づかなかったなんて、早瀬さんちょっとおっちょこちょいなのかな?
ふふっ。意外な一面を知られてなんだかちょっと優越感。

事務所に着くと田村さんが奥の応接室? みたいな個室に案内してくれた。
ここで早瀬さんとお別れかと思っていたら、一緒に話を聞いてくれることになってとても心強い。
本当優しい人だな。

僕の頬っぺたにそっと触れてから優しくソファーに座らせてくれて僕はドキドキして心臓がどこかへいってしまうかと思った。
その様子を見ていた田村さんは信じられないものをみてしまったというような驚きの表情をしていた。

「ね、ねぇ、香月くん。早瀬さんとは以前からの知り合いだったの?」

「えっ? いいえ、今日が初対面です」

「えーっ、初対面? ほんとに? 信じられないな。早瀬さん、みんなに優しいけれど、あんなに蕩けるような笑顔を人に向けているの見たことないよ」

早瀬さん、初めて会った時からずっとあんな優しい顔だったけどな。
僕が怪我してたからかな?
お互いに顔を見合わせて驚いたまま部屋に沈黙が続いた。

どうしよう。うーん、気まずい。

早瀬さんが部屋に戻ってきてくれたおかげで、変な雰囲気だった部屋は元に戻った。

早瀬さんも変な雰囲気に気づいたみたいだけど、そこは大人な対応で特に聞き出したりはしなかった。

僕は田村さんのお話がなにかすごく気になっていたけど、それがなんと、とある企業のポスターモデルに僕を推薦したいって話で、僕は何かの聞き間違いかと思った。

それなのに、早瀬さんもそれに賛同して、何が何だかわからなくなった。

こんな平凡な僕がモデルなんて無理ですって急いで断ったけれど、広告業界に就職するならこういう経験はプラスになるって言われてちょっと迷った。
 
確かにクライアントさんの生の要望を聞いたり、撮影の裏側を直に体験できるのは心を擽られる。

でも僕みたいな学生が一企業のイメージモデルだなんて、ハードルが高すぎる。
荷が勝ちすぎるよ。
悩んでいると早瀬さんが会社とも相談が必要と言って考える時間を与えてくれた。
 
即決なんてできなかったから、有難い。
事務所リヴィエラを出て、シュパースで軽食を取ることになった。

ちょうど人も少なくなった時間帯、オーナーとも話せるかも知れない。  
理玖に早瀬さんを紹介して僕のオススメを食べていたら、オーナーが部屋に来てくれた。

オーナーは外国人のせいなのか、本人の気質のせいなのかわからないけど、第一印象で人を判断するところがある。  
早瀬さんはどうだろうかと思っていると、オーナーがドイツ人だと知ってドイツ式の挨拶を難なくこなした。 

オーナーはすっかり早瀬さんを気に入った様子で、愛称呼びまでし始めた。
なんだろう、すごく昔からの友人みたいだ。

ずるい! 僕も早瀬さんに名前で呼ばれたいし、名前で呼びたい! って思ってるのに……そう思うとオーナーに文句を言わずにはいられなかった。

感情に任せて早瀬さんにお願いしたら、名前呼びを許してくれた。

しかも、僕のことも名前で呼んでくれて、あぁ、もう嬉しすぎる。

嬉しくて笑顔が止まらなくて笑顔を向けると 隆之さんも笑顔を向けてくれた。


すると、突然オーナーが隆之さんに連絡先を聞き出した。

えーっ、もうずるすぎるよオーナー。
僕も隆之さんの連絡先知りたいのに。
僕にも教えてくれないかな。

オーナーに便乗して僕にも教えてくれないかと尋ねてみたら何とオーケー。
ああ、僕、今日一日で全ての運を使い果たしちゃったんじゃないかと思うくらいの幸運が続く。

隆之さんは今朝の子のことをオーナーに話して注意してもらうように頼んでくれた。
僕はあの時は隆之さんに抱きしめられてからの記憶がほとんどなくてあの子がどういうことを言ってたかもあまり覚えていない。

僕なんかに会うためにわざわざバイト先までやってくるかもなんて思わないけど、隆之さんが心配してくれるのはなんだかとっても嬉しい。
理玖やオーナーには迷惑かけちゃうけど……。

シュパースを出てから、もうお別れかと思ったら隆之さんが小蘭堂のお偉いさんに話をしに行こうと言ってくれた。 

確かに僕がやると言って決めても小蘭堂さんがダメだって言ったら終わりだもんね。
まだやるかどうかは決められないでいるけど。

最終面接の日以来の小蘭堂。
あの日も面接者にはゲストカードが渡されて入館したっけ。
 
受付の人が隆之さんを見て目をキラキラさせてる。
同じ会社で働いてて、隆之さんをよく見慣れてるであろう受付の人でさえも、こんなに目をキラキラにさせるほど隆之さんって、やっぱりイケメンだよね。格好良いなぁ。

隆之さんの上司の方が部長さんのところへ連れて行ってくれた。
面接の時お話ししたけど、あの時のことを覚えててくれたみたい。

あの時は緊張して夢中で喋ってしまったから、褒められると妙にくすぐったい。
結果としては、小蘭堂としては僕がモデルに決まっても反対はないだろうとの見解だった。

うーん、なんだか周りからどんどん固められてる気がする。
断るのが申し訳ない気がしてきた。


隆之さんはこのままお仕事にいかれると思ったら、今日はこのまま僕を送ってくれるらしい。
それこそ、申し訳ないと断ったけれど余計な気遣いだったみたいだ。 
隆之さんとずっと一緒にいられるのが嬉しくて、僕の家で食事しましょうと誘った。

断られるかと心配だったけれど、喜んでくれて嬉しかった。
大学近くのスーパーに向かいながら、隆之さんの大学時代の話を聞いているとその頃の隆之さんを想像してしまった。  

ああ、その頃の隆之さんに出会っていたかったな。でもその頃僕はまだ小学生か中学生。
こう考えると隆之さんとの隔たりを感じてしまう。
隆之さんのような大人の素敵な男性から見れば僕みたいな子どもにはなんの興味もないのかも知れない。
くすん、ちょっと落ち込んだ。

そんなことを考えているうちにスーパーに着いた。
美味しい料理を作って僕に少しでも興味を持ってもらおうと張り切ってカートにカゴを乗せて食材を集めて行った。

和食が良いと言ってくれたので、一番の得意料理『肉じゃが』を作ることに決めた。

あぁ、うまく出来ます様に! と願いを込めて買い物を終えると隆之さんは重そうな荷物も軽々と持ってくれて、僕も支えて歩いてくれた。
どこまでも紳士で格好良い!

アパート前で大家のおじさんに会った。
大家さんはいつも優しく話しかけてくれるから、一人暮らし始めたばかりで寂しかったとき、すごく嬉しかったんだよね。

大家さんにも隆之さんを紹介できて良かった。  
大家さんがあんなに饒舌に話してるの初めて見たかも。 

やっぱり隆之さんは凄い営業さんだけあって話を引き出すのが上手なんだな。

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