俺の天使に触れないで  〜隆之と晴の物語〜

波木真帆

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懐かしい教室と楽しい思い出  <side晴>

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盛り上がる隆之さんとオーナーをかき分けるようにフェリーチェの長谷川さんやテオドールさん、そして桜木部長も僕達の元へと駆け寄ってきた。

「棚橋さんにはいろんなパターンを想定して衣装を用意してもらってたんだが、なるほど、2人を見てこのイメージにしたわけか。なるほど、いいな。これは。なぁ、長谷川」

「ああ、想像以上の良さだよ。これはイケそうだな」

桜木部長と長谷川さんは頭の中に出来上がっている映像に僕たちを当てはめているのか、うんうんと頷きながら笑顔になっている。

テオドールさんは僕たちを見て目を輝かせているように見える。
もしかしたら制服姿をこんなに近くで見たことがなくて驚いているのかもしれない。

ドイツでは確か学校に制服はないはずだもんね。

「あ、あの……テオドールさん、どうですか?」

Es stehtよく似合 dir gutってるよ!!! すごいな、この服は! 」

初めて見たからかな、すごくテンションが高い。
テオドールさんのあまりにもすごい興奮っぷりに僕は理玖と顔を合わせて思わず笑ってしまった。

「そんなに褒められると照れちゃいますよ。それに僕たち、もう20歳もとっくに過ぎてるのに、高校生の制服が似合っているって言われるのも、実は複雑なんですけど……」

「いや、ほんとソレだよな。俺たち、そんなに幼く見えるのかなぁ?」

「理玖は学ランだから良いけど、僕はセーラー服だよ。幼く見える上に女の子にも見えるってどうなの?」

「いやそれこそ、似合ってるし」

理玖と言い合っていると、

「2人のイメージがぴったり合うから綺麗に見えてるんだよ。どっちかのパワーバランスが大きければ、イメージが引き摺られて似合って見えなくなるし。だから、高校生がとか関係なしに2人がぴったりあって見えることが大事なんだ」

と桜木部長に言われて、なるほどと思ってしまった。

まぁ、理玖といても全く違和感ないしね。
隆之さんも学ランが似合うけど、僕と一緒にいるとやっぱり隆之さんに引き摺られてしまうだろうな。
やっぱりこういうのってバランスが大事なんだな。


今日の撮影のスタッフの人たちに顔合わせをさせてもらって、

「じゃあ、そろそろリハーサルからやってみようか」

監督の声に、とうとう撮影が始まった。

今回の監督さんは以前のCMでも監督をしていた人だそうで、あの時のCMのことはよく覚えていると話していた。
だからこそ、今回の復刻版では絶対に自分が監督をやりたいと申し出てくれたそうだ。
長谷川さんも桜木部長もそのことをすごく喜んでいた。

怖い人だったらとか思っていたのは全くの杞憂で、ニコニコと笑顔の優しい監督さんだった。

撮影場所に造られた教室のセットの中に僕と理玖が入ると、なんだかそこだけ異空間な感じで不思議に思えた。

「とりあえずリハーサルだし、好きに動いてもらおうかな。カメラの動きとかも全然考えなくて良いから。2人は同級生だったんだよね? 高校時代のこと聞いてもいい?」

「はい。理玖が海外から転校してきて、日本に慣れていなかったから勉強とか教えてあげたり……ねぇ、理玖」

「ああ、そうだな。担任が香月が面倒見が良いからって、隣のクラスなのに香月に丸投げしたんだよな。でも、すごく優しく教えてくれたおかげで勉強もすぐついて行けるようになったし」

「何言ってるの、理玖が頑張ったからだよ」

「そっか。いいねぇ。2人で高校時代のこと思い出しながらちょっと動いてみてよ。席とかどんな感じだった?」

僕と理玖は監督さんに聞かれるがまま、セットの席に座って、ここが僕で、ここが理玖で……と説明していると、本当にあの頃に戻ったようで懐かしささえ感じられた。


「本当に仲良かったんだね。そうだな、ちょっと待ってて」

監督さんがバタバタと桜木部長の元に走っていって、耳元で囁いた。

「ああ、わかりました」

というと、急いでスタジオの外へと出ていくのが見えた。
どこ行ったんだろうと思いながらも、僕たちの元に戻ってきた監督さんに

「ちょっと準備してもらってるから、その間好きに動いてていいよ」

「好きにって言われても困っちゃうな」

「そうか、じゃあ……長谷川さん! あれ、持ってきてください」

「はい!」

そう言って長谷川さんが持ってきたものはカゴいっぱいのライ麦ショコラパン!
しかもまだほんのりと湯気が上がっている。

「うわぁっ!!! 美味しそうっ!!!」

「ハハッ。本当だな。これ、スッゲェ懐かしいな」

「ふふっ。そうそう、理玖に放課後勉強教えながら、時々これ食べたよね」

「制服着て、このパン持ってたら本当に高校生に戻った気分だよ」

「ほら、理玖! こっち来て」

隣のクラスの担任だった国語の先生に理玖に勉強教えてやってほしいと言われて、初めて理玖と喋ったあの日は高校に入学して1ヶ月ほどが経っていた頃だったかな。

帰国子女だという話だったけれど、すごく綺麗な日本語を話してるなって思ったのが初対面での理玖の印象だった。

仲良くなってからどこで日本語を学んでいたのかと聞いたら、日本にいる祖父母から日本の純文学の本を定期的に送ってもらってたと聞いて、どこの祖父母も孫が可愛いのは同じなんだなって思った覚えがある。

『理玖って名前で呼びたい』といった僕に、『じゃあ香月と呼んでいいか?』と言われて一瞬僕とは友達になりたくないのかな? って思ってしまったんだ。
でも、ファミリーネームで呼んでみたいと思ってたんだと言われて、思わず笑ってしまったあの日。
今でもはっきりと覚えてる。

『このパン最近ハマってるんだ』
そう言った時の理玖がへぇーって変な顔をしてたのは、パンに甘そうなチョコが入っていたからかもしれない。
ドイツではトマトやチーズを合わせたり、たっぷりとバターを塗って食べたり、いわゆる食事と一緒に食べるパンが多いからな。

甘いパンといえば、クリスマスの定番シュトレンだし。

でも、食べてみて! と口に入れてあげると美味いな! と目を輝かせてくれたんだっけ。
ふふっ。このパン見ただけで高校時代のいろんなことが甦ってくる。

僕はあの時のことを思い出してくれるかなとカゴいっぱいのパンから一つを手に取り、椅子に座って

「こっち来て!」

と声をかけた。

「どうした?」

「ふふっ。ねぇ、理玖って呼んでいい?」

「えっ?あ、ああ、良いよ」

初めて会った時のように声をかけると、理玖もそのことに気付いたのか同じように返してくれた。

「ねぇ、このパン食べてみない?」

「ああ、美味しそうだな」

「このパン最近ハマってるんだ。ほら、美味しいよ」

一欠片ちぎって理玖の口に入れると、あの時と同じように顔を綻ばせた。


「ああ、美味しいな」

「でしょう? 大好きなんだよ、これ。また食べられるなんて幸せだよね」

「そうだな」

僕が見せた微笑みに理玖は満面の笑みで返してくれた。

久しぶりのライ麦ショコラパンは、あの日の思い出のまま少しほろ苦くて香ばしくて……すごく美味しくて懐かしかった。

「香月くん、戸川くん。いいね、今度はこれ、見てみよっか」

「わっ――」

僕も理玖も懐かしい思い出にすっかり撮影のことを忘れてしまっていて、急に監督さんの声が聞こえてびっくりしてしまった。

「あ、そっか……」

「ふふっ。いいよ、それくらい自然な方がいいんだから」

監督さんはニコリと笑って、僕たちに本を数冊手渡した。

「あ、これ……」

「ははっ。また懐かしいものがきたな」

「ねっ、僕もびっくりした」

「これでその時のことを思い出してやってみてくれないかな」

手渡されたのは数学の教科書とノート。

「でも、もう僕より理玖の方がわかってるのに……」

「ふふっ。まぁいいじゃん。あの時は確かにわかんなかったんだし。教えてよ、香月先生」

ニヤリと笑う理玖の顔は、記憶の中にある理玖よりも随分といたずらっ子っぽく見える。
きっと僕が教えるのを笑うつもりなのかもしれない。

まぁ、それはそれで面白いかも。

「じゃあ、いいよ。やってみよっか」

僕の返事に、理玖はさっきのセットの教室に戻り窓際の真ん中の席に腰を下ろした。
そうあの時は理玖と向かい合うように座ったんだ。

教科書とノートを広げた机を覗き込むように指を差しながら説明するのを、理玖は楽しそうに聞いている。

「もう、聞いてる?」

「ああ、やっぱり香月は教え方が上手だなと思ってさ」

「まぁね、理玖が勉強ついていけるようになったのは僕のおかげなんだからね。もっと尊敬してくれていいんだよ」

目を細めて僕をみる理玖の鼻に指先でちょいっと押すと、理玖から笑いが漏れた。

「くくっ。なんだよ、それ」

「ははっ」

楽しそうな理玖の反応に僕もつい笑ってしまった。

「よーし、オッケー!!」

突然聞こえた監督の大声に今まで僕と理玖の声しか聞こえなかったはずのスタジオの至る所から

「わぁっ!!!」

と大きな声が上がる。

えっ? 何? どういうこと?

僕と理玖は顔を見合わせたけれどお互いの顔にはハテナが浮かんでいる。

すると、

「よかったよ、香月くん。戸川くん!」

と言いながら桜木部長と長谷川さんが駆け寄ってくる。

「えっ? あの、どううことですか?」

「ははっ。君たちはわかってなかったんだな。これはリハーサルだって言ってたけど、最初から本番だったんだ」

「えっ? 本番?」

「ああ、君たちには作られた世界より自由にしてもらった方がより自然に見えると思ってね、君達以外は昨日からばっちりリハーサルしてたんだ」

桜木部長の言葉に周りにいる監督さんもスタッフさんもみんな大きく頷いてる。
そっか、そうだったんだ。
このスタジオに入ったときになんとなく感じた一体感のようなものはきっとそれだったんだな。

「でも、俺たち普通に話してただけですけど、あんなのでCMになるんですか? 俺が昔見てたCMとは違うような……」

「ふふっ。大丈夫だよ、ねぇ監督」

「ああ、出来上がりを楽しみにしててくれ。あと少し細々としたところを撮るから、一旦休憩してからそっち撮ろうか」

「あ、はい。わかりました」

僕も理玖も気づかない間に大事なところがもう撮影終わってるなんて驚きだけれど、リハーサルだと思ってた分、好きに動けてたからそれはそれでよかったのかもしれない。
本番始めるよ! なんて宣言されてたら、あんなに自由に動けてたとは思えないし。
うん、懐かしい思い出に浸っている間に終わってるなんてよく考えたら最高だ。

「さぁ、香月くん、戸川くん。休憩しよう」

長谷川さんのその言葉に隆之さんとオーナーが駆け寄ってきた。

「晴、理玖。お疲れさん。あっちの席で休もう」

「リク、ハル。2人が本当に高校生に見えてびっくりしたよ」

僕たちは、笑顔の隆之さんと少し興奮気味のオーナーに手を引かれ、スタジオの端にある少し広めの席に案内された。
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