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彼との出会い
しおりを挟む現代物のお話が続いたので、ちょっと異世界のお話を書いてみたくなりました。
楽しんでいただけると嬉しいです♡
* * *
「ジーノ! 嘘だっ! 目を開けてくれっ!! 私を置いて行かないでくれ!! 嫌だ! ジーノ!! ジーノ!!」
いつもは綺麗に整えられた柔らかな茶色の髪が崩れたまま、人目も憚らずに大声をあげ、高価な衣装が汚れることも厭わずに絨毯に膝立ちになって目の前に横たわった亡骸に縋り付いているのは、ヴァルフレード・アゴスティーノ。
このシェルレク王国の由緒ある公爵家の嫡男で……僕・ジーノ・ラナーロの婚約者だ。
いや、ジーノはたった今、息を引き取ったのだから、婚約者だったと言った方が正しいかもしれない。そう。ジーノは、優しい彼の逞しい腕の中で十八年という短い生涯を終えた。
ジーノと彼との出会いは、五年前の王家主催のガーデンパーティー。
本来なら将来父の跡を継ぎ、伯爵家当主となる兄・ヴィートが出席するところだったが、高熱を出したため、父は代わりにジーノを連れて行った。父は公爵家や侯爵家との縁を繋ぐため、率先して友人を作るようにと王城に向かう馬車の中でジーノに何度も言っていた。
父の勢いに押されるようにとりあえず頷きはしたものの、初めて大勢の前に連れて行かれた当時十三歳のジーノは元々の人見知りな性格も災いして、自分から話しかけることはおろか、声をかけてもらってもうまい返事もできなかった。そんな相手に同じ年頃の子どもたちが気遣って仲間になど入れてくれるわけもなく、あっという間にジーノの周りから人がいなくなった。
父の元に行っても仲間に入ることもできないことを怒られるだけ。その状況に耐えきれずガーデンパーティーをこっそり抜け出してジーノはたった一人で裏庭の森に逃げ込んだ。
パーティーをしていた中庭には明るい光りが差し込み、花が咲き乱れ、その場にいるだけで癒しの空間といった表情を見せていたが、裏庭に面したこの森は背の高い木々に太陽の光が遮られているせいか、ひんやりとなんとも敬遠したくなる暗澹とした雰囲気を醸し出していた。普段のジーノなら怖くて絶対に足を踏み入れない場所だ。だけど、明るい中庭には戻りたくない今のジーノにとっては、これなら誰もここには来ないだろうという喜びしかなかった。
(帰る時間までここで隠れていよう)
ようやく落ち着けるいい隠れ場所を見つけたと安堵して、森の奥に足を踏み入れようとした途端、大きな枯れ枝を踏んでしまった。
パキッと折れる乾いた音が暗く静かな森に響いたと思ったら、真っ暗な森の奥に明るい光が二個浮かび上がった。
(あれは、なに?)
大人なら一瞬でその光の正体に気がついてすぐさまその場から退散したことだろう。けれど、控えめな性格でほとんど外にも出かけたことのないジーノにはそこまでの判断ができなかった。
(野犬だ!!)
ジーノがその正体に気付いた時には、大口を開け、ダラダラと涎を垂らし、大きな牙を剥き出しにしてものすごい勢いでジーノとの距離を縮めていた。立ち上がればジーノの身長よりもはるかに大きいその野犬は、ジーノを獲物だと思って駆け足で近づいてくる。
(逃げないと殺される!)
それがわかっていても、恐怖でガクガクと足が震え、地面に張り付いてしまったかのように固まってしまい、耳を押さえてその場に蹲るしかなす術はなかった。本当に怖い時は叫び声なんて上げられないということもその時知った。
「ガウッ! ガルルルーッ!!」
すぐ近くでその声を聞いて、
(もうだめだ……)
諦めたその時、さっとジーノの前に何かが覆い被さった感触がしたのと同時に
「ギャウーッ!!」
野犬のつんざくような鳴き声が、目を瞑り耳を押さえて蹲っていたジーノにも聞こえた。その鳴き声が遠ざかっていくのが聞こえて、ガチガチに固まっていた身体の力がふっと抜けて地面に倒れ込みそうになったジーノを抱きしめてくれたのが、彼だった。
「もう大丈夫。私がついているから、怖くないよ」
穏やかで落ち着いた低く優しい声が耳元で囁かれる。野犬がいなくなってからもあまりの恐怖に血の気が引き、ブルブルと身体を震わせていたジーノには、その声が救いの声のように聞こえた。
「ここは危ないから、安全な場所に連れて行こう」
まだ震えのおさまらないジーノに彼は惜しげもなく自分の上着を被せ、危ない場所に勝手に入り込んだことを咎めることもなく、まだ恐怖で言葉を発することもできないジーノを彼は逞しい腕で軽々と抱きかかえた。
ガーデンパーティーをやっている中庭とは別の小さな庭の、美しい花壇と噴水のそばにある小さな東屋でパーティーが終わるまでの時間、ジーノを抱きしめたまま片時も離れずにそばにいてくれた。
その時のジーノにはそばにいてくれた彼が誰かなんて考える余裕もなく、落ち着く温もりを与えてくれる彼の優しさにすっかり甘えてしまっていた。
「んっ……」
気がつくとジーノは着慣れた寝巻きを身につけてベッドに横たわっていた。
一瞬自分がどこにいるのかわからなかったけれど、まだ重い身体をゆっくりと起き上がらせて辺りを見るとそこは見慣れた自分の部屋。幼い頃に誤って傷つけたまま隠している壁紙の傷もしっかりと残っているから見間違えようがない。
時計を見ると、朝の八時。どうやってここまで帰ってきたのかさえも全く覚えていない。
(もしかして、昨日のことは全部夢? いやいやそんなわけはない)
兄の代わりにガーデンパーティーに連れて行かれたことも、野犬に襲われたことも、彼に助けられたことも、そして彼の温もりもはっきりと覚えている。けれど、そこから先の記憶がまるで記憶喪失にでもなったかのようにすっぽりと抜け落ちてしまっていた。
(ガーデンパーティーはどうなったんだろう……? それにお父さまは?)
あれが夢じゃなければ、父の言いつけに背き、それどころか迷惑をかけてしまって怒られるはず。それでも目が覚めてしまった以上、この部屋でずっと寝たふりを続けるわけにもいかない。けれど、怒られるとわかっていて、父に会いに行くのは気が重い。
(はぁーっ、行きたくない)
もっと幼子のようにジタバタと駄々をこねて行かずに済むのならそうしてしまいたい。けれど、自分がしでかしてしまったことだ。きちんと謝罪しなければいけないとわかっている。
まだ少しふらつく身体でベッドを下り、身支度を整え、鉛のように重い身体を引き摺りながら必死に身を奮い立たせて父の部屋の扉を叩いた。
「入れ」
相変わらず緊張する声に一瞬身体がビクッと震えたものの、一度深呼吸をしてゆっくりと扉を開けた。
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