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驚きの話
「お、お父さま。おはようございます。ジーノです」
「おおっ! 来たか、待っていたぞ!」
「えっ?」
いつもはジーノが来たところで、その場から離れるようなことはしない父だ。けれど今日は、普段なら睨まれているとさえ思ってしまう鋭い眼光はどこに行ったのかと思うくらい、穏やかな顔つきで近づいてくる。
いや、穏やかどころの騒ぎじゃない。それをはるかに凌駕する今までに見たことのない満面の笑みを向けられ、目の前にいる人が本当に自分の父なのかと疑ってしまうほどだ。
「さぁ、入りなさい」
「は、はい」
(怒って、ない……? どうして?)
想像していたのとは全く違う父の反応に、半分別人疑惑を捨てきれないまま部屋に入ると、普段なら絶対に座らせてもらえないお客さま用の高価な革張りのソファーにジーノを座らせてそのすぐ隣に父も腰を下ろした。
「あ、あの――」
「ジーノ! よくやった!」
膝の上で震えていた両手をギュッと握られて、笑顔で褒め称えられる。
「えっ? あの……どういうことですか?」
「惚けずとも良い! ああ、これで我が家は安泰だ!」
なぜか大喜びをしている父に詳しい話を聞けば、今朝七時に我が家にアゴスティーノ公爵家から縁談話がやってきたのだそうだ。しかも、嫡男のヴァルフレードさまとジーノの。
「どうして、あのアゴスティーノ公爵家が僕なんかに?」
「ジーノ、本当にわかっていないのか? 昨日、ガーデンパーティーでご本人と約束したのではないのか?」
「ご本人?」
そこで初めてジーノを野犬から助けてくれた彼が公爵家の嫡男・ヴァルフレードさまだったと知った。
ジーノは男だが、シェルレク王国では男女の婚姻だけでなく男性同士の婚姻も認められている。それは、男性が体内に保持している子どもを作る種のおかげで、同じ男性であっても子どもを宿せるようになるからだ。だからこそ、アゴスティーノ公爵家も縁談話を持ってきてくれたのだろう。
男の身体を妊娠可能な身体に変化させるためには半年間、毎日種の蜜を体内に注いでもらわなければいけないが、たっぷりと愛されて種の蜜を注がれると、半年も経たないうちに妊娠可能な身体に変化すると言われているから、愛情によって多少前後するのかもしれない。
最初から妊娠可能な身体をもつ女性と違って妊娠までに時間はかかるけれど、身体が変化してしまえば後継を産むことができる。次男で我が家の後を継ぐ必要がない上に、逞しい父によく似た兄と違って、色白で骨格も細く華奢な身体つきで尚且つ母によく似た女性顔のジーノには婿よりも嫁として望まれることが多いだろうという理由で、十歳の時には父から自分の身体についての説明を受けていた。
だからいつかはこういった縁談もくるかもしれないと頭には入っていたけれど、まさかその相手があのアゴスティーノ公爵家だなんて想像もしていなかった。
(あの優しい彼が公爵家の方だったなんて……)
何も知らずに動揺するジーノを他所に父は、ジーノが公爵家から見初められたことをものすごく喜んでくれた。確かに伯爵家である我が家から見れば公爵家とのご縁だなんて逆立ちしたってありえないこと。ジーノだって、身を挺して守ってくれたあの優しい人と一緒にいられるならどんなに幸せだろうと一瞬でも夢を見てしまったのは事実。
だけど、伯爵家の次男なんかが、由緒ある公爵家の、しかも嫡男となんて釣り合うわけがない。人見知りだし、特別賢いわけでもないし、将来公爵家の当主となる彼の相手に相応しいわけがない。彼だって、後でジーノの能力を知ってきっと後悔する。だから幻滅されないうちに今回の話は無かったことにしたかった。
けれど、身分が上の家から齎された縁談話は断ることはできない。それがこのシェルレク王国のルール。
「てっきり昨日ご本人と話をして、お前も了承済みの話だとばかり思っていたが違ったのか?」
「僕には何が何だか……。ただ、危ないところを助けていただいただけで、彼がアゴスティーノ公爵家のお方だったなんて知らなくて……」
「そうか、でもヴァルフレードさまの方から、お前を嫁に欲しいとお声掛けくださったんだ。お前と会ってヴァルフレードさまは何か感じてくださったのかもしれない。せっかくのご縁なのだから一度、じっくりとヴァルフレードさまとお会いして話をしてみないか? お前もヴァルフレードさまがお嫌いではないのだろう?」
「それは、もちろん……」
(家柄以前に、あのお優しいヴァルフレードさまを嫌いになんてなるわけがない)
「それならなおのこと。お話をいただいた以上、お会いしてお話はしないといけないのだから、前向きに考えてみないか?」
いつも厳しいことを言う父だけど、決してジーノに対して愛情がないわけではない。後継である兄と違って、外に出さなければいけないから厳しくしているだけ。それはジーノもわかっている。現に今日の父は絶対にこの縁を逃さないようにと押し付けてくるのではなく、穏やかな口調で問いかけてくれる。
それでも決して、この縁が本当に繋がるとはジーノは思っていない。彼自身もあの時は興奮していたのかもしれない。冷静にジーノの姿を見たら、ジーノを良いと思ってくれたことを勘違いだったと気づくに違いないのだから。
それでもあの時のお礼も言えていないままだからとにかくお礼を言いたい。そして、もう一度彼と同じ時間を過ごせるならこの縁を失ってしまったとしてもジーノの中で素敵な思い出として残るだろう。
(もう誰の縁談が来なくてもいい。ヴァルフレードさまとの縁談があったという事実だけをこれからの糧にして生きていこう)
ジーノは秘かに心に決めていた。
「はい。お父さま……よろしくお願いします」
「そうか、わかった。すぐにお返事を送るとしよう」
すぐに父がアゴスティーノ家に連絡を入れ、お屋敷にお伺いする日を決めるつもりだったけれど、彼の方から我が家にお越しくださることになり、それが二日後ということに決まった。
(ヴァルフレードさまが、我が家にお越しになるなんて本当に信じられない)
緊張で眠れない日々を過ごし、彼が家に来てくれる当日、朝から緊張も最高潮に達し食事も喉を通らず、ジーノは部屋の中を意味もなくウロウロと歩き回っていた。
今日の話が終わったら、これで彼との縁も終わりになるはず。会えるのは嬉しいけど、今日で終わりだと思うと寂しくて、なんとも言えない感情が頭の中で蠢いていた。
「おおっ! 来たか、待っていたぞ!」
「えっ?」
いつもはジーノが来たところで、その場から離れるようなことはしない父だ。けれど今日は、普段なら睨まれているとさえ思ってしまう鋭い眼光はどこに行ったのかと思うくらい、穏やかな顔つきで近づいてくる。
いや、穏やかどころの騒ぎじゃない。それをはるかに凌駕する今までに見たことのない満面の笑みを向けられ、目の前にいる人が本当に自分の父なのかと疑ってしまうほどだ。
「さぁ、入りなさい」
「は、はい」
(怒って、ない……? どうして?)
想像していたのとは全く違う父の反応に、半分別人疑惑を捨てきれないまま部屋に入ると、普段なら絶対に座らせてもらえないお客さま用の高価な革張りのソファーにジーノを座らせてそのすぐ隣に父も腰を下ろした。
「あ、あの――」
「ジーノ! よくやった!」
膝の上で震えていた両手をギュッと握られて、笑顔で褒め称えられる。
「えっ? あの……どういうことですか?」
「惚けずとも良い! ああ、これで我が家は安泰だ!」
なぜか大喜びをしている父に詳しい話を聞けば、今朝七時に我が家にアゴスティーノ公爵家から縁談話がやってきたのだそうだ。しかも、嫡男のヴァルフレードさまとジーノの。
「どうして、あのアゴスティーノ公爵家が僕なんかに?」
「ジーノ、本当にわかっていないのか? 昨日、ガーデンパーティーでご本人と約束したのではないのか?」
「ご本人?」
そこで初めてジーノを野犬から助けてくれた彼が公爵家の嫡男・ヴァルフレードさまだったと知った。
ジーノは男だが、シェルレク王国では男女の婚姻だけでなく男性同士の婚姻も認められている。それは、男性が体内に保持している子どもを作る種のおかげで、同じ男性であっても子どもを宿せるようになるからだ。だからこそ、アゴスティーノ公爵家も縁談話を持ってきてくれたのだろう。
男の身体を妊娠可能な身体に変化させるためには半年間、毎日種の蜜を体内に注いでもらわなければいけないが、たっぷりと愛されて種の蜜を注がれると、半年も経たないうちに妊娠可能な身体に変化すると言われているから、愛情によって多少前後するのかもしれない。
最初から妊娠可能な身体をもつ女性と違って妊娠までに時間はかかるけれど、身体が変化してしまえば後継を産むことができる。次男で我が家の後を継ぐ必要がない上に、逞しい父によく似た兄と違って、色白で骨格も細く華奢な身体つきで尚且つ母によく似た女性顔のジーノには婿よりも嫁として望まれることが多いだろうという理由で、十歳の時には父から自分の身体についての説明を受けていた。
だからいつかはこういった縁談もくるかもしれないと頭には入っていたけれど、まさかその相手があのアゴスティーノ公爵家だなんて想像もしていなかった。
(あの優しい彼が公爵家の方だったなんて……)
何も知らずに動揺するジーノを他所に父は、ジーノが公爵家から見初められたことをものすごく喜んでくれた。確かに伯爵家である我が家から見れば公爵家とのご縁だなんて逆立ちしたってありえないこと。ジーノだって、身を挺して守ってくれたあの優しい人と一緒にいられるならどんなに幸せだろうと一瞬でも夢を見てしまったのは事実。
だけど、伯爵家の次男なんかが、由緒ある公爵家の、しかも嫡男となんて釣り合うわけがない。人見知りだし、特別賢いわけでもないし、将来公爵家の当主となる彼の相手に相応しいわけがない。彼だって、後でジーノの能力を知ってきっと後悔する。だから幻滅されないうちに今回の話は無かったことにしたかった。
けれど、身分が上の家から齎された縁談話は断ることはできない。それがこのシェルレク王国のルール。
「てっきり昨日ご本人と話をして、お前も了承済みの話だとばかり思っていたが違ったのか?」
「僕には何が何だか……。ただ、危ないところを助けていただいただけで、彼がアゴスティーノ公爵家のお方だったなんて知らなくて……」
「そうか、でもヴァルフレードさまの方から、お前を嫁に欲しいとお声掛けくださったんだ。お前と会ってヴァルフレードさまは何か感じてくださったのかもしれない。せっかくのご縁なのだから一度、じっくりとヴァルフレードさまとお会いして話をしてみないか? お前もヴァルフレードさまがお嫌いではないのだろう?」
「それは、もちろん……」
(家柄以前に、あのお優しいヴァルフレードさまを嫌いになんてなるわけがない)
「それならなおのこと。お話をいただいた以上、お会いしてお話はしないといけないのだから、前向きに考えてみないか?」
いつも厳しいことを言う父だけど、決してジーノに対して愛情がないわけではない。後継である兄と違って、外に出さなければいけないから厳しくしているだけ。それはジーノもわかっている。現に今日の父は絶対にこの縁を逃さないようにと押し付けてくるのではなく、穏やかな口調で問いかけてくれる。
それでも決して、この縁が本当に繋がるとはジーノは思っていない。彼自身もあの時は興奮していたのかもしれない。冷静にジーノの姿を見たら、ジーノを良いと思ってくれたことを勘違いだったと気づくに違いないのだから。
それでもあの時のお礼も言えていないままだからとにかくお礼を言いたい。そして、もう一度彼と同じ時間を過ごせるならこの縁を失ってしまったとしてもジーノの中で素敵な思い出として残るだろう。
(もう誰の縁談が来なくてもいい。ヴァルフレードさまとの縁談があったという事実だけをこれからの糧にして生きていこう)
ジーノは秘かに心に決めていた。
「はい。お父さま……よろしくお願いします」
「そうか、わかった。すぐにお返事を送るとしよう」
すぐに父がアゴスティーノ家に連絡を入れ、お屋敷にお伺いする日を決めるつもりだったけれど、彼の方から我が家にお越しくださることになり、それが二日後ということに決まった。
(ヴァルフレードさまが、我が家にお越しになるなんて本当に信じられない)
緊張で眠れない日々を過ごし、彼が家に来てくれる当日、朝から緊張も最高潮に達し食事も喉を通らず、ジーノは部屋の中を意味もなくウロウロと歩き回っていた。
今日の話が終わったら、これで彼との縁も終わりになるはず。会えるのは嬉しいけど、今日で終わりだと思うと寂しくて、なんとも言えない感情が頭の中で蠢いていた。
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