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幸せになって……
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静まり返ったこの部屋の中には、ヴァルと亡骸と、そして魂のジーノだけ。きっとジーノの声はヴァルには聞こえないだろう。ジーノはただ見守るしかできない。それがもどかしくてたまらない。
「ジーノ……」
泣いていたヴァルから搾り出したような声が聞こえる。でも、いつもジーノにかけてくれていたような優しい声だ。
「まだ、ジーノの温もりがあるというのに……本当に、私を置いて逝ってしまったのか?」
きっとその温もりはヴァルの温もり。ジーノを最期まで包んでくれたあの優しい温もり。これからジーノの身体はどんどん冷たくなって、ヴァルの温もりを吸い取ってしまうのだろう。
「ジーノ……私の愛は全てジーノだけのものだ。一生私はジーノだけを愛し続けると誓うよ。ジーノ、愛してるよ」
ジーノの亡骸にヴァルの唇が当たる。身体とは切り離された魂がヴァルのその柔らかな感触を知ることはできないはずなのに、このキスだけはしっかりとヴァルの唇の感触を感じることができた。これはヴァルの愛情がなし得る奇跡か。
「ああ……ジーノ! もう一度、私の名を呼んでくれーーっ!!」
ヴァルの目から溢れる大粒の涙が痩せこけた亡骸にポトリポトリと落ちては流れていく。けれど、王子さまのキスや涙で生き返る御伽話のようにはいかない。
(ああ……ヴァルはこんなに僕を愛してくれたのに……最期にこんなに泣かせてしまうなんて……本当にごめんなさい。ヴァル……できることなら、ヴァルと夫夫になって、みんなから祝福されたかった。ヴァルと身も心も繋がって幸せな夫夫になりたかった。でもそれももう全て叶わない)
ヴァルに辛い思いをさせてしまったジーノが望むのはただ一つ。大好きなヴァルがジーノの分まで幸せな人生を歩むこと。ただそれだけ。
(きっと今は辛いけれど、素敵なヴァルだから、僕のことを忘れるくらい良い出会いがあるはず。それまでずっと見守っていると誓うよ。だから、ヴァル……幸せになって……)
そう願いながら、ジーノはヴァルが亡骸を抱きしめたまま泣き続けるのを静かに見つめていた。
* * *
それから一ヶ月。
まだジーノは肉体から切り離された魂のままで、ふわふわとヴァルのそばに浮かんでいた。けれどそれはジーノが望んだことではない。
一度はヴァルやこの世界と決別をして、天国への階段を上りかけたジーノだったが、大きな門の前で文字通り門前払いを喰らってしまったのだ。
――下界に強い未練がありながら、それを隠したままこの扉を潜ることはできない。
ということらしい。
ジーノの未練はもちろんヴァルのこと。ヴァルを不幸にしてしまったことがどうしても忘れられなかった。
もしかしたら、あれだけヴァルを泣かせ辛い思いをさせてしまったジーノには罰を受けるのが正しいのかもしれないと地獄への入り口に近づいて見たのだけれど、
――ジーノ・ラナーロ。お前のような心の清き善人がこの門を潜ることなどできるわけがないだろう!
と地獄の門番から怒鳴られた上に、もう二度と近づくなとさえ言われてしまった。
結局、天国にも地獄にも受け入れてもらえなかったジーノは、ヴァルの元に戻った。ヴァルが幸せになる姿を見届けたら、きっとこの世に残るジーノの未練が消えると思ったからだ。
そう決心した時、すでにジーノの葬儀は終わっていてヴァルは自宅に戻っていた。誰にも気づかれることなくヴァルの部屋に入り込んだジーノが見たのは、部屋の電気もつけず、真っ暗な部屋で真っ黒な喪服に身を包んだまま、椅子に座っていたヴァルの姿だった。
花が大好きなジーノのために、いつも遊びに行った時には色とりどりの花で出迎えてくれていたヴァルの部屋は、その片鱗もない。全く生気を感じられないその部屋の中で、ヴァルは椅子に座ったまま俯き涙を流していた。
「ジーノ……二人でいつも座っていた椅子をもらってきたというのに、どうしてジーノがいないのだ?」
葬儀が終わると、思い出の品を家族や友人で分け合う風習がある。ヴァルはジーノの部屋の中からあの肌触りのいい青いベルベットの背当てのついた猫足の木製の椅子を受け取ったようだった。
(僕たち二人といつも一緒に過ごしていた思い出のあの椅子。あれを僕との思い出に受け取ってくれたんだな。あれはヴァルにこそ相応しい椅子だったからよかった)
もうジーノには座ることもできない。その椅子にヴァルは一人で座り、
「ジーノ……」
と何度もジーノの名前を呼んでいた。その声に反応を返すこともできず、ジーノはただ見守り続けるしかなかった。
「ジーノ……」
泣いていたヴァルから搾り出したような声が聞こえる。でも、いつもジーノにかけてくれていたような優しい声だ。
「まだ、ジーノの温もりがあるというのに……本当に、私を置いて逝ってしまったのか?」
きっとその温もりはヴァルの温もり。ジーノを最期まで包んでくれたあの優しい温もり。これからジーノの身体はどんどん冷たくなって、ヴァルの温もりを吸い取ってしまうのだろう。
「ジーノ……私の愛は全てジーノだけのものだ。一生私はジーノだけを愛し続けると誓うよ。ジーノ、愛してるよ」
ジーノの亡骸にヴァルの唇が当たる。身体とは切り離された魂がヴァルのその柔らかな感触を知ることはできないはずなのに、このキスだけはしっかりとヴァルの唇の感触を感じることができた。これはヴァルの愛情がなし得る奇跡か。
「ああ……ジーノ! もう一度、私の名を呼んでくれーーっ!!」
ヴァルの目から溢れる大粒の涙が痩せこけた亡骸にポトリポトリと落ちては流れていく。けれど、王子さまのキスや涙で生き返る御伽話のようにはいかない。
(ああ……ヴァルはこんなに僕を愛してくれたのに……最期にこんなに泣かせてしまうなんて……本当にごめんなさい。ヴァル……できることなら、ヴァルと夫夫になって、みんなから祝福されたかった。ヴァルと身も心も繋がって幸せな夫夫になりたかった。でもそれももう全て叶わない)
ヴァルに辛い思いをさせてしまったジーノが望むのはただ一つ。大好きなヴァルがジーノの分まで幸せな人生を歩むこと。ただそれだけ。
(きっと今は辛いけれど、素敵なヴァルだから、僕のことを忘れるくらい良い出会いがあるはず。それまでずっと見守っていると誓うよ。だから、ヴァル……幸せになって……)
そう願いながら、ジーノはヴァルが亡骸を抱きしめたまま泣き続けるのを静かに見つめていた。
* * *
それから一ヶ月。
まだジーノは肉体から切り離された魂のままで、ふわふわとヴァルのそばに浮かんでいた。けれどそれはジーノが望んだことではない。
一度はヴァルやこの世界と決別をして、天国への階段を上りかけたジーノだったが、大きな門の前で文字通り門前払いを喰らってしまったのだ。
――下界に強い未練がありながら、それを隠したままこの扉を潜ることはできない。
ということらしい。
ジーノの未練はもちろんヴァルのこと。ヴァルを不幸にしてしまったことがどうしても忘れられなかった。
もしかしたら、あれだけヴァルを泣かせ辛い思いをさせてしまったジーノには罰を受けるのが正しいのかもしれないと地獄への入り口に近づいて見たのだけれど、
――ジーノ・ラナーロ。お前のような心の清き善人がこの門を潜ることなどできるわけがないだろう!
と地獄の門番から怒鳴られた上に、もう二度と近づくなとさえ言われてしまった。
結局、天国にも地獄にも受け入れてもらえなかったジーノは、ヴァルの元に戻った。ヴァルが幸せになる姿を見届けたら、きっとこの世に残るジーノの未練が消えると思ったからだ。
そう決心した時、すでにジーノの葬儀は終わっていてヴァルは自宅に戻っていた。誰にも気づかれることなくヴァルの部屋に入り込んだジーノが見たのは、部屋の電気もつけず、真っ暗な部屋で真っ黒な喪服に身を包んだまま、椅子に座っていたヴァルの姿だった。
花が大好きなジーノのために、いつも遊びに行った時には色とりどりの花で出迎えてくれていたヴァルの部屋は、その片鱗もない。全く生気を感じられないその部屋の中で、ヴァルは椅子に座ったまま俯き涙を流していた。
「ジーノ……二人でいつも座っていた椅子をもらってきたというのに、どうしてジーノがいないのだ?」
葬儀が終わると、思い出の品を家族や友人で分け合う風習がある。ヴァルはジーノの部屋の中からあの肌触りのいい青いベルベットの背当てのついた猫足の木製の椅子を受け取ったようだった。
(僕たち二人といつも一緒に過ごしていた思い出のあの椅子。あれを僕との思い出に受け取ってくれたんだな。あれはヴァルにこそ相応しい椅子だったからよかった)
もうジーノには座ることもできない。その椅子にヴァルは一人で座り、
「ジーノ……」
と何度もジーノの名前を呼んでいた。その声に反応を返すこともできず、ジーノはただ見守り続けるしかなかった。
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