735 / 758
第二部
久しぶりのミモザ
<side賢将>
秀吾くんを誘い、三人で絢斗の部屋を出る。
「いつも絢斗の部屋を片付けてくれてありがとう」
片付けのできない絢斗は、これまでもずっとゼミの学生に定期的に片付けをお願いしている。
秀吾くんはその中でも飛び抜けて絢斗の性格を熟知してくれている。
おかげで絢斗一人の時も、探し物に困ることはほぼないと話していた。
だから、秀吾くんだけは大学を卒業し、観月くんの事務所で働くようになってからも定期的に絢斗の部屋を片付けにきてもらっているようだ。親として、このお礼はしっかりと伝えておかなくてはいけない。
「いえ。そんなお礼を言われることではないですよ」
「だが、君の貴重な時間を絢斗のために使ってもらっているんだ」
「いえ。本当にそんなことないんです。僕は緑川教授……あの、絢斗先生と一緒に過ごせる時間がとても楽しいですし、いつも勉強をさせてもらってます。絢斗先生のそばにいられて嬉しいです」
秀吾くんの言葉に絢斗は嬉しそうに声を上げた。
「やった! やっと秀吾くんが絢斗先生って呼んでくれた! もうずっとお願いしてるのに、頑なに緑川教授って呼ぶから困ってたんだよー」
そう言って、笑顔のまま秀吾くんに抱きつく。
秀吾くんはほんのり頬を染めて口を開いた。
「だって、緑川先生もご一緒だと理央くんや直くんが混同してしまいそうだから、それで……」
どうやら、これから一緒に食事をする二人のことを考えて、私たちの呼び方を考えてくれたようだ。
「いいよ、これからもずっとそれにして。これは教授命令だよ」
絢斗が冗談混じりに告げると、秀吾くんは笑って頷いた。
「それで、緑川先生。今日は元々食事を誘いに来られたんですか?」
「いや、直くんのお年玉を銀行に預けようと思ってね。通帳を作りに行った帰りなんだ。どこかで食事を、という話になったら、直くんが絢斗と一緒にランチがしたいというので来たんだよ」
通帳を見せたくて来たというのは内緒にしておいた。
きっと直くんが一番最初に言いたいだろうから。
「へぇ。そうだったんですね。そこで絢斗先生の名前を出すなんて、直くん……本当に絢斗先生が好きなんですね」
その言葉に、絢斗は嬉しそうに笑った。
そうしてやって来たミモザは、久しぶりだが懐かしく私たちを迎え入れてくれた。
昔ながらのドアベルがかかる扉を開けると、店主の照くんがやってくる。
私を見て笑顔で駆け寄ってくるが、私の知る彼より少しシワが増えたようだ。
こういうところで日本を離れていたのを痛感する。
「あっ、緑川先生! ご無沙汰しております。もしかして、寛先生方とお待ち合わせですか?」
「ああ。やっぱりわかるか」
「ええ。どうぞあちらの個室にお通ししております」
案内してもらいながら、照くんは笑顔で話しかけてくる。
「可愛らしいお孫さんができてお幸せでしょう」
「ははっ。寛さんがそう言っていたか?」
「ええ。目に入れても痛くないって表情をなさってましたよ」
その表情だけで、寛さんがどれだけ嬉しそうに紹介したかが伝わってくる。
「本当に可愛い孫なんだよ。ゆくゆくは桜城大学に通いたいと言っているから、ここにはよく来ることになると思うよ」
「じゃあその時までこの店は続けておかないといけないですね。さぁ。どうぞ。こちらの部屋です。注文がお決まりになりましたらお呼びください」
そう言って部屋の前まで案内すると、照くんは戻って行った。
扉を開けると、もうすっかり仲良くなった様子の直くんと理央くんが並んでメニューを見ている。
「お待たせー。もう注文しちゃった?」
絢斗が声をかけると、寛さんが笑顔で答える。
「いや、今からだよ。絢斗くんたちも好きなものを選びなさい」
すると、直くんが
「あの、このお店の人がなんでも作ってくれるって言ってくれたので、僕たちお子さまランチをお願いすることにしたんです」
と絢斗に教えてくれた。
あの照くんがそんな特別対応をしてくれるとはな……
直くんを気に入ってくれたんだろう。
本当に直くんは誰からも愛される子だ。
絢斗と秀吾くんも直くんたちと同じ特別なお子さまランチを注文し、私はここの人気メニューのロールキャベツを頼んだ。
これなら直くんにも分けてあげられる。きっとカツサンドを頼んだ寛さんも同じ気持ちだろう。
秀吾くんを誘い、三人で絢斗の部屋を出る。
「いつも絢斗の部屋を片付けてくれてありがとう」
片付けのできない絢斗は、これまでもずっとゼミの学生に定期的に片付けをお願いしている。
秀吾くんはその中でも飛び抜けて絢斗の性格を熟知してくれている。
おかげで絢斗一人の時も、探し物に困ることはほぼないと話していた。
だから、秀吾くんだけは大学を卒業し、観月くんの事務所で働くようになってからも定期的に絢斗の部屋を片付けにきてもらっているようだ。親として、このお礼はしっかりと伝えておかなくてはいけない。
「いえ。そんなお礼を言われることではないですよ」
「だが、君の貴重な時間を絢斗のために使ってもらっているんだ」
「いえ。本当にそんなことないんです。僕は緑川教授……あの、絢斗先生と一緒に過ごせる時間がとても楽しいですし、いつも勉強をさせてもらってます。絢斗先生のそばにいられて嬉しいです」
秀吾くんの言葉に絢斗は嬉しそうに声を上げた。
「やった! やっと秀吾くんが絢斗先生って呼んでくれた! もうずっとお願いしてるのに、頑なに緑川教授って呼ぶから困ってたんだよー」
そう言って、笑顔のまま秀吾くんに抱きつく。
秀吾くんはほんのり頬を染めて口を開いた。
「だって、緑川先生もご一緒だと理央くんや直くんが混同してしまいそうだから、それで……」
どうやら、これから一緒に食事をする二人のことを考えて、私たちの呼び方を考えてくれたようだ。
「いいよ、これからもずっとそれにして。これは教授命令だよ」
絢斗が冗談混じりに告げると、秀吾くんは笑って頷いた。
「それで、緑川先生。今日は元々食事を誘いに来られたんですか?」
「いや、直くんのお年玉を銀行に預けようと思ってね。通帳を作りに行った帰りなんだ。どこかで食事を、という話になったら、直くんが絢斗と一緒にランチがしたいというので来たんだよ」
通帳を見せたくて来たというのは内緒にしておいた。
きっと直くんが一番最初に言いたいだろうから。
「へぇ。そうだったんですね。そこで絢斗先生の名前を出すなんて、直くん……本当に絢斗先生が好きなんですね」
その言葉に、絢斗は嬉しそうに笑った。
そうしてやって来たミモザは、久しぶりだが懐かしく私たちを迎え入れてくれた。
昔ながらのドアベルがかかる扉を開けると、店主の照くんがやってくる。
私を見て笑顔で駆け寄ってくるが、私の知る彼より少しシワが増えたようだ。
こういうところで日本を離れていたのを痛感する。
「あっ、緑川先生! ご無沙汰しております。もしかして、寛先生方とお待ち合わせですか?」
「ああ。やっぱりわかるか」
「ええ。どうぞあちらの個室にお通ししております」
案内してもらいながら、照くんは笑顔で話しかけてくる。
「可愛らしいお孫さんができてお幸せでしょう」
「ははっ。寛さんがそう言っていたか?」
「ええ。目に入れても痛くないって表情をなさってましたよ」
その表情だけで、寛さんがどれだけ嬉しそうに紹介したかが伝わってくる。
「本当に可愛い孫なんだよ。ゆくゆくは桜城大学に通いたいと言っているから、ここにはよく来ることになると思うよ」
「じゃあその時までこの店は続けておかないといけないですね。さぁ。どうぞ。こちらの部屋です。注文がお決まりになりましたらお呼びください」
そう言って部屋の前まで案内すると、照くんは戻って行った。
扉を開けると、もうすっかり仲良くなった様子の直くんと理央くんが並んでメニューを見ている。
「お待たせー。もう注文しちゃった?」
絢斗が声をかけると、寛さんが笑顔で答える。
「いや、今からだよ。絢斗くんたちも好きなものを選びなさい」
すると、直くんが
「あの、このお店の人がなんでも作ってくれるって言ってくれたので、僕たちお子さまランチをお願いすることにしたんです」
と絢斗に教えてくれた。
あの照くんがそんな特別対応をしてくれるとはな……
直くんを気に入ってくれたんだろう。
本当に直くんは誰からも愛される子だ。
絢斗と秀吾くんも直くんたちと同じ特別なお子さまランチを注文し、私はここの人気メニューのロールキャベツを頼んだ。
これなら直くんにも分けてあげられる。きっとカツサンドを頼んだ寛さんも同じ気持ちだろう。
あなたにおすすめの小説
「お前がいると息が詰まる」と追放された令嬢——翌週から公爵家の予定が全て狂った
歩人
ファンタジー
クラリッサは公爵家の日程管理を一手に担う令嬢。前世の社畜経験を活かし、行事計画、来客対応、予算管理まで完璧にこなしていた。
だが婚約者ヴィクトルは言った。「お前がいると息が詰まる。もっと華やかな女がいい」
追放されたクラリッサが去った翌週、公爵家の予定が全て狂い始める。
舞踏会の招待状は届かず、外交晩餐会の料理は手配されず、決算書類は行方不明。
一方クラリッサは、若き領主の元で「定時退社」という夢を叶えていた。
「もう、残業はしません」
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
傍観している方が面白いのになぁ。
志位斗 茂家波
ファンタジー
「エデワール・ミッシャ令嬢!貴方にはさまざな罪があり、この場での婚約破棄と国外追放を言い渡す!」
とある夜会の中で引き起こされた婚約破棄。
その彼らの様子はまるで……
「茶番というか、喜劇ですね兄さま」
「うん、周囲が皆呆れたような目で見ているからな」
思わず漏らしたその感想は、周囲も一致しているようであった。
これは、そんな馬鹿馬鹿しい婚約破棄現場での、傍観者的な立場で見ていた者たちの語りである。
「帰らずの森のある騒動記」という連載作品に乗っている兄妹でもあります。
空港清掃員58歳、転生先の王宮でも床を磨いたら双子に懐かれ、国王に溺愛される
木風
恋愛
羽田空港で十五年、黙々と床を磨いてきた清掃員・田中幸子(58)は事故死し、没落寸前の子爵令嬢エルシアとして転生する。
婚約破棄の末に家を追われた彼女が選んだのは、王宮の清掃員――前世の技で空気まで変わるほど磨き上げていく仕事だった。
やがて母を亡くした双子王子王女に懐かれ、荒れた執務室の主である喪中の国王とも距離が縮まり……。
「泣くなら俺の胸で」――床も心も磨き直す、清掃令嬢の溺愛成り上がり。
『アルファ拒食症』のオメガですが、運命の番に出会いました
小池 月
BL
大学一年の半田壱兎<はんだ いちと>は男性オメガ。壱兎は生涯ひとりを貫くことを決めた『アルファ拒食症』のバース性診断をうけている。
壱兎は過去に、オメガであるために男子の輪に入れず、女子からは異端として避けられ、孤独を経験している。
加えてベータ男子からの性的からかいを受けて不登校も経験した。そんな経緯から徹底してオメガ性を抑えベータとして生きる『アルファ拒食症』の道を選んだ。
大学に入り壱兎は初めてアルファと出会う。
そのアルファ男性が、壱兎とは違う学部の相川弘夢<あいかわ ひろむ>だった。壱兎と弘夢はすぐに仲良くなるが、弘夢のアルファフェロモンの影響で壱兎に発情期が来てしまう。そこから壱兎のオメガ性との向き合い、弘夢との関係への向き合いが始まるーー。
☆BLです。全年齢対応作品です☆
「その薬草は毒かもしれぬ」と追放された令嬢薬師——領地に疫病が広がったとき、彼女の薬草園はもう枯れていた
歩人
ファンタジー
侯爵令嬢リリアーナは、母から受け継いだ薬草園「星霜の庭」を守り、領民の病を癒す薬師。
だがある日、新任侍医マティアスが讒言した。
「あの令嬢の薬草は怪しい。毒が混じっているかもしれない」
父も婚約者クラウスも、それを信じた。
追放されたリリアーナが辿り着いたのは、辺境の村ノルトハイム。
老薬草師ヘルダに導かれ、荒れ地に新たな薬草園を拓く。
飄々とした若き領主ルシアンの体には、母から受け継いだ「銀花毒」が二十三年間潜んでいた。
誰にも治せなかったその毒を、リリアーナは治すと決める。
一方、薬師を失った星霜の庭は枯れ果て、疫病が元の領地を襲う。
マティアスの教科書通りの処方は何一つ効かない。
「戻ってこい」——使者が届けた手紙に、リリアーナは静かに答えた。
「わたくしの薬草は、毒でしたか?」
地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした
阿里
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。