ひとりぼっちになった僕は新しい家族に愛と幸せを教えてもらいました

波木真帆

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<side卓>

「そういえば、直くんは桜守に行くんだって?」

絢斗と直くんを侍らせて楽しく食事をしていた父が直くんに語りかけた。

「まだ決まったわけじゃないんですけど、合格できるように今勉強しているところです」

「そうか。合格したら絢斗くんの後輩になるんだな。絢斗くんも楽しみだろう。あの制服は直くんによく似合うだろうな」

「はい。直くんが桜守に行ったらたまに遊びに行けるかなって、それも楽しみで……」

「僕……あやちゃんと同じ学校に行きたいから頑張ります」

絢斗と直くんが顔を見合わせて嬉しそうに笑うのを父が嬉しそうに見つめる。

「直くんならできるよ。わからないことがあったらなんでも聞いてくれ。私はアメリカで少しの間、向こうの生徒たちに勉強を教えていたんだ。だからなんでも教えてあげられるよ」

「わぁー、おじいちゃん。先生なんですね、すごい!」

「いやいや、それほどではないよ」

そう言いつつも、表情はとてつもなく嬉しそうだ。
……これは、本当に父の姿なのか?
そう思いたくなるほどいつになく目尻の下がった父の姿を半ば茫然としながら見ていた。

きっと直くんは父を教師だと思っていそうだが、父は教師ではなく私と同じ弁護士だ。
もうすぐ90歳になる父は、私や毅にはまさに昭和の男という印象しかない。
子どもの時には大声で怒鳴られたことも手をあげられたことももちろんある。
けれど、怖い父だったが、弁護士だったせいか理不尽に叱られたことは一度もなかった。
叱られるにはそれなりの理由があったのだ。
だからこそ私も毅も父を尊敬していたし、私はそんな父の背中を見て育ち、父と同じ弁護士の道に進んだ。

そして司法試験に合格し、司法修習を経て父の事務所に就職した。
事務所の場所は今と変わらないが、その頃は事務所だけが建っていて自宅は別の場所にあった。
私は就職を機にその自宅を出て一人暮らしを始め、仕事場で父と会う毎日を過ごしていた。
それから五年ほど経った時に父の代わりに桜守学園高等部の講演会に行き、絢斗と出会った。

その時、高校三年生だった絢斗が卒業し、大学入学を待って一人暮らしをしていた私の家で生活を始めた。

父が60を過ぎ、絢斗が大学教授となったのを機に、父は一線を退き事務所を私に譲ってくれた。
それで私はけじめをつける意味で絢斗を自分の籍に入れ、一階に事務所を構える自宅兼用のこの建物を建てたのだ。

それから10年ほどは何ごともなく夫婦の時間を過ごしていた父だったが、母が病気で亡くなってからは父はできるだけ外に出る生活を始めた。多分、母と過ごした家に一人でいるのが嫌だったのだろう。
講演会に精を出し、特に学校を回って話をすることが増えた。
ここ数ヶ月アメリカに行っていたのは、アメリカにある日本人学校の生徒たちに日本で弁護士となるための授業をしてほしいと頼まれていたからだ。毎日充実した日々を過ごしていたが、90近い年齢ということもあってゆとりを持ったスケジュールを組んでいたからこそ。こうして前倒しで帰ることができたのだ。

精力的に動き回っているおかげか、この年になった今でもしっかりとしている。
いや、一線を退いた頃よりももっと逞しくなっている気がする。
だからこそ、今でも直くんを軽々と抱きかかえられるんだ。
今の父を見てもうすぐ90だとは誰も思わないだろう。

「あの、僕はおじいちゃんを何て呼んだら良いですか?」

「おじいちゃんでもなんでも、直くんの好きに呼んでくれて構わないよ」

「うーん」

父の言葉はもちろん本音だろう。
だが、賢将さんのことをおじいちゃんと呼んでいるから悩んでしまう直くんの気持ちもよくわかる。
何か助け舟を出してやったほうがいいと思い、そっと昇に視線を向けると

「じいちゃん。直くんは、大おじさんのことをおじいちゃんって呼んでるから困ってるんだ。何か希望とかないの?」

と父に向かってきっぱりと尋ねた。

「ああ、そういうことか。そうだな……じゃあ、私のことは『おじいちゃま』と呼んでもらおうかな」

えっ――!! おじいちゃま? 嘘、だろう?
思いがけない父の言葉にびっくりして椅子から転げ落ちそうになったのを必死に堪えて父を見たが、父は直くんしか見えていないみたいだ。

「おじいちゃま?」

「ああ、直くんだけの特別な呼び方だ。そう呼んでくれるか?」

「――っ、特別! はい。おじいちゃま」

「くっ! 直くんは本当に可愛いなぁ」

「…………」

今までの厳格な父の姿は一体どこに行ってしまったのだと思ってしまうほど、甘々な表情にただただ唖然とするしかなかった。
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