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一番優先するべきは
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一応、家を出る時に父に連絡を入れておいた。
やはり賢将さんもいるようだ。一度に話ができて助かる。
玄関チャイムを鳴らすと、父の代わりに賢将さんに出迎えられた。
「卓くん、おはよう」
「おはようございます。父は?」
「そろそろくる頃だろうと言ってコーヒーを淹れてくれているんだ」
父は大事な話をする時には必ずコーヒーを飲みながら。
それは昔から変わらないルーティーンのようなものだ。
そういえば手土産も何も持たずにきてしまった。
「すみません、急いでいたもので手ぶらできてしまいました」
「ははっ。気にしないでいいよ。食材もたくさんあるし、直くんや絢斗がいるわけじゃないから甘いものもいらないしね」
確かに大の大人の男三人でケーキやクッキーなんて茶菓子はいらないだろう。
そんな会話をしながらリビングに足を踏み入れるとコーヒーの香りが漂ってくる。
ブレンドコーヒーは私の好む味と父の好む味は違うから、父は私も含めて人に淹れる場合はストレート、いわゆるシングルと呼ばれる一種類だけの豆を使ったコーヒーを淹れてくれる。
「今日のコーヒーはブルーマウンテンですか」
「賢将さんが買ってきてくれたものだよ」
父への手土産にはついついワインや日本酒などを選びがちだが、こういうものを持ってくるのもいいな。
父が淹れてくれたコーヒーを渡されて、和室に移動する。
十二月とは思えない、小春日和のような穏やかな日差しが庭に差し込むのをみながら、私は一口コーヒーを飲んだ。
それで心を落ち着かせた私は、すぐに本題に入った。
「引越し準備で忙しい時に突然伺ってすみません。実はご相談したいことと、あと報告したいことがあって伺いました」
「私たち二人に卓が相談するのなら相当の一大事だろう。急なことでも気にしないでいい」
父の言葉に賢将さんも大きく頷いた。
「相談したいこととはなんだ? そちらから聞かせてくれ」
せっかくだからついでに昇の進路についても報告しておこうと思ったが、やはり父も賢将さんもどちらが優先しなければいけない話かわかっているようだ。
「直くんは実母から名前を呼び捨てにされて怒鳴られていたようで、昨夜そのことを夢に見て魘されていたようです」
「なっ――!」
「出会った頃から名前を呼ぶたびに身体を震わせるのが気になっていて、それで直くんと呼ぶことにしたんですが、夢に見て魘されるほどのトラウマを持っているならいっそのこと改名した方がいいんじゃないかと昇から提案があって、私もその意見に賛同しています」
「昇からの提案なのか……」
私たちが見られない姿をそばで見ている昇だからこそ見つけられる事実だ。
起きている時なら必死に隠そうとしてしまう、直くんはそんな子だ。
「これから学校に入れば、否が応にも名前で呼ばれる機会は増えるでしょうし、その度に必死に自分の心を抑えていたらいつかパニックを起こすんじゃないかと……」
「確かにそれはありうる。その危険はできるなら排除しておいた方がいい」
医師としての賢将さんの意見はやはりそうか。
「お前も賛同しているのなら、私たちに相談を持ちかけてきたのはなんだ?」
「直くんの実父の問題です。改名ともなれば直くん自身と実父の気持ちも考慮しなければいけません。なんせ一生の問題に関わることですから。例えば、実父が願いを込めてつけた名前だったらどうでしょうか? 私の一存で決めていいのか悩みます」
父と賢将さんを見据えながら思いの丈を伝えると、父がゆっくりと口を開いた。
「卓、悩む必要などない。たとえ、実父の思いが入っていたとしても、実際に直くんはその名前を呼ばれることに苦しんでいるんだ。本当に子どもを思っているのなら自分の思いよりも名前を呼ばれる子どもの気持ちを優先するものじゃないか?」
「――っ!!」
父の言葉が心に刺さる。
確かにそうだ。どれだけの思いを込めようが、その名前が大事な息子を不幸にしているのなら、幸せになるために名前を変えてあげたいと思うのが本当の優しさであり、親心と言えるだろう。
「勘違いしてはいけない。今は親の気持ちよりも何よりもトラウマで苦しんでいる直くんを救うことを考えなさい。それ以上に大切なことなどない」
「そう、ですね……確かにその通りです。週明けにでもすぐに改名手続きに入ります」
私はキッパリと言い切ると、父も賢将さんも安堵の表情を浮かべていた。
「もうすぐ受験だが、改名手続きは流石に間に合わないか」
「それなら大丈夫ですよ。桜守は手続き開始後であれば戸籍上の名前でなく、通称名での受験が認められています。入学までに名前が変われば問題ありませんよ」
さすが桜守の卒業生の父だ。
父も知らない桜守の決まりもご存じだな。
「それならよかった。卓、手続きに時間がかかるようなら私も力を貸すから声をかけてくれ」
父には法務省の知り合いもいる。
父が声をかければ特例ですぐに認められるだろう。
これで直くんの改名はもう決まったも同然だ。
直くんも名前が変われば精神的にも落ち着くに違いない。
やはり賢将さんもいるようだ。一度に話ができて助かる。
玄関チャイムを鳴らすと、父の代わりに賢将さんに出迎えられた。
「卓くん、おはよう」
「おはようございます。父は?」
「そろそろくる頃だろうと言ってコーヒーを淹れてくれているんだ」
父は大事な話をする時には必ずコーヒーを飲みながら。
それは昔から変わらないルーティーンのようなものだ。
そういえば手土産も何も持たずにきてしまった。
「すみません、急いでいたもので手ぶらできてしまいました」
「ははっ。気にしないでいいよ。食材もたくさんあるし、直くんや絢斗がいるわけじゃないから甘いものもいらないしね」
確かに大の大人の男三人でケーキやクッキーなんて茶菓子はいらないだろう。
そんな会話をしながらリビングに足を踏み入れるとコーヒーの香りが漂ってくる。
ブレンドコーヒーは私の好む味と父の好む味は違うから、父は私も含めて人に淹れる場合はストレート、いわゆるシングルと呼ばれる一種類だけの豆を使ったコーヒーを淹れてくれる。
「今日のコーヒーはブルーマウンテンですか」
「賢将さんが買ってきてくれたものだよ」
父への手土産にはついついワインや日本酒などを選びがちだが、こういうものを持ってくるのもいいな。
父が淹れてくれたコーヒーを渡されて、和室に移動する。
十二月とは思えない、小春日和のような穏やかな日差しが庭に差し込むのをみながら、私は一口コーヒーを飲んだ。
それで心を落ち着かせた私は、すぐに本題に入った。
「引越し準備で忙しい時に突然伺ってすみません。実はご相談したいことと、あと報告したいことがあって伺いました」
「私たち二人に卓が相談するのなら相当の一大事だろう。急なことでも気にしないでいい」
父の言葉に賢将さんも大きく頷いた。
「相談したいこととはなんだ? そちらから聞かせてくれ」
せっかくだからついでに昇の進路についても報告しておこうと思ったが、やはり父も賢将さんもどちらが優先しなければいけない話かわかっているようだ。
「直くんは実母から名前を呼び捨てにされて怒鳴られていたようで、昨夜そのことを夢に見て魘されていたようです」
「なっ――!」
「出会った頃から名前を呼ぶたびに身体を震わせるのが気になっていて、それで直くんと呼ぶことにしたんですが、夢に見て魘されるほどのトラウマを持っているならいっそのこと改名した方がいいんじゃないかと昇から提案があって、私もその意見に賛同しています」
「昇からの提案なのか……」
私たちが見られない姿をそばで見ている昇だからこそ見つけられる事実だ。
起きている時なら必死に隠そうとしてしまう、直くんはそんな子だ。
「これから学校に入れば、否が応にも名前で呼ばれる機会は増えるでしょうし、その度に必死に自分の心を抑えていたらいつかパニックを起こすんじゃないかと……」
「確かにそれはありうる。その危険はできるなら排除しておいた方がいい」
医師としての賢将さんの意見はやはりそうか。
「お前も賛同しているのなら、私たちに相談を持ちかけてきたのはなんだ?」
「直くんの実父の問題です。改名ともなれば直くん自身と実父の気持ちも考慮しなければいけません。なんせ一生の問題に関わることですから。例えば、実父が願いを込めてつけた名前だったらどうでしょうか? 私の一存で決めていいのか悩みます」
父と賢将さんを見据えながら思いの丈を伝えると、父がゆっくりと口を開いた。
「卓、悩む必要などない。たとえ、実父の思いが入っていたとしても、実際に直くんはその名前を呼ばれることに苦しんでいるんだ。本当に子どもを思っているのなら自分の思いよりも名前を呼ばれる子どもの気持ちを優先するものじゃないか?」
「――っ!!」
父の言葉が心に刺さる。
確かにそうだ。どれだけの思いを込めようが、その名前が大事な息子を不幸にしているのなら、幸せになるために名前を変えてあげたいと思うのが本当の優しさであり、親心と言えるだろう。
「勘違いしてはいけない。今は親の気持ちよりも何よりもトラウマで苦しんでいる直くんを救うことを考えなさい。それ以上に大切なことなどない」
「そう、ですね……確かにその通りです。週明けにでもすぐに改名手続きに入ります」
私はキッパリと言い切ると、父も賢将さんも安堵の表情を浮かべていた。
「もうすぐ受験だが、改名手続きは流石に間に合わないか」
「それなら大丈夫ですよ。桜守は手続き開始後であれば戸籍上の名前でなく、通称名での受験が認められています。入学までに名前が変われば問題ありませんよ」
さすが桜守の卒業生の父だ。
父も知らない桜守の決まりもご存じだな。
「それならよかった。卓、手続きに時間がかかるようなら私も力を貸すから声をかけてくれ」
父には法務省の知り合いもいる。
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