クズと本は、自分で選んだ地獄を歩きたい

そうゐち

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地獄の入口で、少女は笑っていた

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 ――大地が唸る。地面が膨れ、盛り上がる。
 立っていられないほどの揺れが収まると、眼前に苔むした巨大なゴーレムが姿を結んだ。

 小さな山程の大きさということを除けば、それは、普通のゴーレムと言っていい形をしていた。
 異様なのは、腕ごとに生えた棘だ。一つ一つが人間の上半身ほどの大きさで、脱落を目的とした試験の仕掛けとしては、過剰すぎる殺意が漂っている。

 「目的地を目前にして、集団の足切りってわけか」

 周囲の受験者たちの顔色が一斉に変わる。百人ほどが残っていたはずの広場で、何人かはその場で参加証の首輪を外し、白い光に巻かれて転移していった。
 逃げる理由も、棄権する理由も、人それぞれだ。
 
 轟音とともにゴーレムの腕が振り下ろされ、逃げ遅れた参加者が一瞬で血煙に消える。
 試験とは名ばかりの、生き残りを賭けた暴力が広がっている。
 後方にいた俺たちは、突然放り出された殺意の前に、ただ固まるしかなかった。
 
 「おいおい、でけえな」
 「ええ。制限下での実力勝負ってやつなのでしょう」

 少し離れたところで、育ちのよさそうな少年たちが眉を寄せている。
 多分貴族だろう。そういうやつらは遠距離で派手な魔法を撃つのが一番好きなんだろうが、今回はお互いに得意分野を封じられている。
 それぞれの顔に焦りが走っているが、プライドが棄権を許さないのだろう。

 どうしたものか考えながら、俺は肩に乗った銀色の塊に軽く撫でる。カムラ。金属生命体だ。
 普段は手のひらサイズで、頼むと布にも盾にも、棒にもなってくれる使えるヤツだ。
 たまに腹が減って商品を噛み潰すのは玉に瑕だが、商売にも、守りにも使えるこいつはいつだって頼もしい。

 周囲の状況は刻一刻と悪くなっているようで、圧倒的な暴力の前に、受験生たちの戦意は削がれつつあった。
 半数の人数が、バラバラに逃げたり、その場で惚けたように座り込んだりしている。
 残念ながら、俺の頭には全く案が思い浮かばなかった。 

 「仕方がない……ここは任せろ」
 身支度を済ますと、俺に背負われている雇用主へ告げる。

 「ハハッ……いやあ、死にそうでワクワクするね」
 妙に興奮している。頭がいっちまってるのかコイツ。
 「お、おう、良かったな。まあ、死なないと思うけどな、今は」

 俺は言い捨てると、そのまま背を向けて走り出した。ゴーレムの腕が薙ぐたびに後方で悲鳴が上がる。
 俺は――逃げる。前に進むのではない。後ろへ、安全圏へ、出来るだけ人の後ろへ。

 「さっき“任せろ”って言ってたけど、策があるのかい?」と、背中の相棒が聞く。
 「ああ。“他の奴らが死ぬまで待つ”って作戦だ」
 「なるほど。他の参加者に任せるのか。合理的だ」

 俺達は、受験者達に気取られぬよう、その場を離れた。
 頼むぞ生贄たち。俺は祈った。勝ってくれ、と。それがだめなら。せめて削ってくれと……。
 
――

 まだ陽が昇ったばかりで、会場は冷気に包まれていた。
 俺は一番乗りで人気のない受付へ行く。名前を書き、質問を受ける。生まれや目的、能力について。
 学園に都合のいいように「魔法が得意です」と答えておいた。実際は魔力なんてほぼほぼ無いのだが、受かるための芝居は必要だ。 
 係員は淡々と首輪を差し出し、軽く詠唱する。装着される輪はひんやりとして、肌に馴染む。その説明は冷たい意思を込めたような言葉で続いた。

 「棄権を宣言したり、外した場合や、意識喪失が認められた場合、強制的に送還され試験は終了です。安全のための措置ですから、ご安心を」

 安心、か。死人が出る試験を“安心”で覆うのが学園のやり方なんだな。
 俺は首輪の冷たさを指先で感じながら、心が泡立つのを感じた。

 ――今回、俺が参加することになったのは、年に一度行われるスワラ国最高学府への特別編入試験だ。
 難関と名高いこの試験は、過去様々な場所で執り行われていた。
 半径十km程の孤島や、砂漠、迷宮で行われたこともあったようだが、そのどれもが危険だという。
 そんなリスクも承知のうえで、受かれば王族や貴族の子供と知り合えたり、
エリート扱いの騎士団を目指したいといった、立身出世物語を夢見る者が後を絶たなかった。
 
 目の前には鬱蒼とした森がひろがっている。きっと今回のステージなのだろう。
 はるか彼方まで限り続いているようで、ゴールまでの道のりはかなり遠そうだ。
 大きく息を吸い込む。試験を考え怠くなった頭に、冷たい空気が染み込んでいく。
 

 試験も大事ではあるが、俺の命を懸けた戦いは、もう始まっていた。


 ――

 受付から少し離れたところには広場があり、受付後の待機所に使われるようだった。
 当然一番に着いた俺は、露店の準備の為、肩に乗るカムラに商品を出してくれと頼んだ。

 カムラは金属生命体で、銀色のスライムの様な見た目をしている。手のひらほどの体はずっしりと重い。
 普段肩に乗せているが、不思議と肩は疲れない。むしろ肩こりが取れているような気さえする。
 ちょっと燃費が悪くて、すぐに腹が減るのは玉に瑕だが、それを補って助かっていた。

 商品をすべて出し切ると、次に布になってくれと頼み、商品を並べる。回復薬、保存食、簡易テント、壊れやすいが役に立つ小物──今日の全財産を賭ける勝負だ。
 薄く伸びたカムラが、低い音を鳴らしてブルブル震える。腹が鳴ったのか、布に並べた商品の果実が一つ、二つと沈んでいった。

 「おい、カムラ。まだ早いぞ」

 銀色の塊はにゅるりと伸び、果実をぽんと吐き返す。
 理屈は理解できないが、この小さな身体に、何十倍もの量が入る。重さも変わらず、とても助かっている。

 顔に布を巻き地面に腰掛けるが、まだ時間が早いこともあり、人もまばらだ。
 思わず物思いにふけってしまう。
 
 このために、路地裏の闇金たちから相当額の融資を受けた。
 ここで売れなければ、俺の人生は多分終わるだろう。
 町の道具屋くらいに並んだ商品たちを見ると、この後試験に生き残れるかの不安よりも、
 無事に商品がはけるかの不安の方が勝っていた。頼むぞ、俺の商品たちよ……。

――

 段々と日が高くなるにつれて、広場には受付を終えた参加者が増えてきていた。

 見るからに貴族のような育ちのよさそうなお坊ちゃまや、身なりの悪い野盗のようなもの者までいる。
 多種多様な参加者がいるが、基本的には知り合い同士で行動しているようだった。
 全員上がれないことを知っていて組むとか、気持ち悪くないのかねえ。
 
 日が高くなるにつれ、受験者が増えてきた。
 有り金全てを仕入に使ったのは賭けは、結果的には大勝利だった。
 準備不足のバカのため、町の三倍の価格で販売しても上々の売れ行きで、早々に元本は回収しつつあった。
 その他にも、 会場の近くに生えていた「朝採れ果実」なんかもよく売れていた。
 食べられるかわからない果物なのに、まったく変わったやつらだぜ……。
 
 それにしても、文句を言いながらも、渋々買っていく様を見ると、困った人を救えた喜びで笑みがこぼれるぜ。ケケケ……毎度あり。
 
 広場にはかなりの人が集まってきていた。それに伴い、品薄の売れ筋商品を5倍、10倍と価格を上げていく。
 それでも売れる。ああ、人助けは気持ちいいなあ。
 ついに、残り一個になった回復薬は、百倍ほどの値段になっていた。
 今日は暖かくなりそうだなあ、とあくびをしていると、遠くから、金色に光る鎧を着た男が向かってきた。王族かなにかか?
 ウェーブのかかった黄金色の髪が朝日を反射している。年も十四、五才、で俺とそんなに変わらないから、多分受験生だな。 
 
 「おい! なんだこの値段は!」
 この金男、かなりお怒りの様子だな……男の子の日なのだろうか。

 「いらっしゃいませお客様。何かお探しのものはございますか?」
 「ございますかじゃない! この法外な値付けを何とかしろと言っている」
 「いらっしゃいませお客様。何かお探しのものはございますか?」
 経験上、こういう熱くなった奴には、 心を無にするか、適当におだててうやむやにするしかない。
 それにしても、上から下まで眩しい。この金男はきっと目つぶし系の異能を持っているのだろう。
 「この胸の金獅子を見ても、同じことが言えるかな!」 
 金男がマントをずらし、胸の紋章を見せた。成程、獅子の紋章が書いてあるな。かっこいいぜ。
 「いらっしゃいませお客様。何かお探しのものはございますか?」
 「おい! 頭がおかしいのか貴様! この回復薬、高すぎると言っている!」
 「ご意見ありがとうございます。回復薬が入り用なのですね。ええと、百万Gになります」
 よし。おまけで千倍の値段にしてやろう。
 「この馬鹿道具屋!」

 
 ザワザワと周りに人が集まってきた。周囲からは、そうだそうだ!ボッタクリ!なんて叫び声が聞こえてきた。 
 こうやっている間にも貴重な時間が過ぎていく。なんとかするしかないな……と思い、この金男に耳打ちした。
「お客様、あまり多くは申し上げられませんが、私……“試験関係者”でございます」
 試験に参加するということは、いわば関係者である。
 
 一瞬、金男が固まり顔が曇る。関係者に楯突く馬鹿はいない。彼は顔を引き攣らせながら、無理矢理に笑顔を作る。
 「こ、事を荒立てる気はない。王族の私がこの暴利を何とかせねばと思っただけだ」
 お前だって当たり屋とそう変わらないだろうが。
 
 「ご意見ありがとうございます。 あくまでわたくしは「規則」に則っていただけでございますので……」
 この露店の規則は俺なのだ、どこまでもインフレさせるのも俺次第なのだ。
 はぁ……仕方ないがなんとかこの場をまとめないとな。

 立ち上がり、周囲を見渡すと大きく息を吸い込んだ。
 「この様に、試験開始前に事を荒立てないよう、この高貴なるお方が我々にお教えくださいました。 そうですよね?」
 「あ、ああ! そうだとも! 皆も気を付けて売買するようにな!」
 「で、お客様回復薬は……」
 「は、ははははっ! 一つ貰おうか!」
 少し声が裏返っていたが、豪快で良い発声だった。王族?ってのも大変だなと思いながら、俺は満面の笑みで応えた。
 「ご購入ありがとうございます!」

 金男は、無理に作った笑顔のまま、次に会ったら覚えていろよと呟くと、仲間の試験者たちと群衆に消えていった。
 残された人だかりは、店内を様々物色していた。客寄せありがとう金男。
 
 それから少したつと、更に欠品も多くなっていった。
 その頃には冒険にあまり役に立たなそうなものが数点しか並んでおらず、価格もインフレにインフレを重ねていた。
 最後の客を見送る。十分稼いだし、そろそろ店じまいかなと思い伸びをして、露店の片付けを考えていた。今日の稼ぎは上々だし、店じまいするかな。

 そのとき、視線を感じた。見ると、視線の先には少女が立っていた。身長は俺の肩くらいで長い黒髪が風に揺れている。
 妙にニヤニヤしているのが気になるが、彼女が胸に付けた大きな宝石から金のにおいがするし、声をかけてみるか……。
 「お客様、なにかお探しでしょうか?」と聞くと、 少女はためらいなく「全て、くれ」と言った。

 その一言が、これからの運命を大きく歪ませることになることを、俺はまだ知らない。
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