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第一章
第七話
しおりを挟む【加瀬の会社の近くに飲めるシュークリーム屋さんあるらしいじゃん】
【あるある。食べたことないわ】
【今度買ってきて】
【いつも俺が帰る頃には完売してるらしいよ】
【写真見て、めっちゃ美味しそうじゃない?】
【美味そう。そういえばこないだ昼買いに行った時も並んでたわ】
【平日でそれか~~】
【てか俺も食いたいこれ、塩キャラメルのやつ】
【めっちゃしっかりメニュー見てる。笑 今度買いに行こうよ~】
【いいよ、並ぶか】
【わーい!ありがと!】
「彼氏?」
「イヤっ!びっくりしました!!」
「色気ない悲鳴ねー」
毎日おしゃれランチばっかりも食べていられない。莉子は持ってきたお弁当を食べ終わり、会社のシェアスペースでコーヒー片手に、加瀬にメッセージを返していた。
莉子や片倉の勤めるオフィスは三階。フロアの中央に、シェアスペースがある。
三階フロアと四階フロアはシェアスペースを中央にして吹き抜けになっていて、壁で区切られているわけでもないが、床の高さが少し変わっていて、木の段がゆるやかに重なっている。いつもそこに誰かしらが座って休んだり、仕事をしていたりしている。
「静さん!」
莉子の後ろに立って、マットなブラックのタンブラーを持っているのは、久我 静。片倉のたった一人の同期で、片倉と同じように莉子の先輩だ。
片倉の同期だが、美大出身で、一年浪人していたため年齢が一つ上だ。何でも彫刻がやりたくて入学したものの途中で建築デザインに惹かれ、シフトチェンジしたそうな。
「ニヤニヤしてたけど」
「違いますよ、あの話題の、飲めるシュークリームを食べに行く約束をしてたんですよ!」
「男とでしょ?」
「おとこ、ではありますね」
「ほらー、そうじゃない」
静はコーヒーを一口、莉子の隣で立ったまま啜った。
「静さん、食べたことあります?」
「ないけど、あの有名なパン屋が出した新業態らしいから、美味しいんじゃない?」
飲めるシュークリーム、という名前だけが先に立つのは少し気になるけれど。そう言った静に、そういうところまで見てるんだな、と莉子は感心する。
「そういえば」
静は通りかかった片倉を呼んだ。
「行ったって言ってなかった?あのシュークリーム」
「ああ、パン屋が新しく出したところね。行ったよ」
「どうだった?」
「俺は甘いものは程々って感じだから参考にならないかもよ」
普通に美味しいと思ったけどね、と片倉が苦笑しながら莉子を見て言った。状況的に、莉子が行きたいと思っていることが分かったんだろう。甘いものが好きな莉子のことを片倉はよく知っている。
「彼女と行ったの?」
「そうそう」
「彼女は甘いものが好きなの?」
「うん。美味しかったって言ってた」
「仲良しねえ」
「んー、まぁ」
「何、別れたの!?」
歯切れが良くない片倉の返事を聞いて、立ったままの静は目を輝かせて勢いよく言った。莉子も片倉の返事には引っかかったが自分からそれを突っ込んで聞ける勇気はない。
「なんで嬉しそうなの。別れてないよ。ちょっと…今はね」
「なーんだ」
「人の不幸が好きだなあ、相変わらず」
「何で喧嘩してるのよ?」
「喧嘩っていうか…まぁ、色々あるよね」
じゃ、俺ちょっと資料作んなきゃだから。と片倉はにこやかに静ではなく莉子を見て言った。明らかに会話を強制終了し去っていく片倉を目で追う莉子に、静は言った。
「まぁ、三ヶ月で同棲してるとそりゃあるよね」
もう半年くらいになるのか?と誰に言うでもなく静は言った。どう答えていいのか分からない莉子は、そうですかね、と返す。何となく手持ち無沙汰な気がして、莉子は隣に置いてあった自分のコーヒーを両手で持つ。
「結婚秒読みなのかと思ってました」
「あー、ペアリングしてたもんね」
「静さんすごい見てますね…」
「目ざといのよ私。普段リングなんか付けない男が、一つだけ毎日付け出したら聞くでしょ」
「聞いたんだ」
珍しいよね、そこまで女に執着して追うタイプに見えなさそうなのにね。と静は言った。そう、見えてるんだ同期の静さんには。私はそこまで、片倉先輩を分析したことはないな。と莉子は思う。
「南、好きだもんね片倉のこと」
「ゥエっ!?何言ってるんですか!?」
「声はちゃんと潜めたじゃない」
「そう言うっ、ことじゃないですよっ!シェアスペースで何言ってるんですか」
「飲みに誘ってみる?」
「え?」
「片倉。私と三人で。何か聞き出せるんじゃない?」
片手を、もう片方の肘に当てて、タンブラーを口に当てながら、静は言った。黒のタートルネックから覗く顔は、とても小さい。隠されてる口元でも、表情からニヤリと笑っていることが伺える。
オールバックにして無造作風にまとめられたお団子はとってもオシャレな都会の女の人という感じで、思いっきり静に憧れている莉子は、ファッションを真似することも多い。
「彼女とうまくいってない理由、知りたくない?」
私は知りたい、なぜならこういうことに首を突っ込むのが大好きだから!とニヤリと笑って言った静。自分の気持ちが知られていたことも、それを否定する隙さえ与えられずに進んでいく話に、莉子は頭が回らない。
そうして、知りたいです…とそのまま素直な気持ちが口から溢れた。
「オッケー、じゃあ聞いておくー」
静の語尾が明らかにウキウキしている。そのまま、今日の南のニット可愛いねーと言いながら去っていった静に莉子はついていけず、去り際に服装を褒めてもらって嬉しくもあり、展開が早くてついていけない気持ちもあり、何より、
「上手くいってないんだ…」
ポツリと口から漏れた言葉は、心の中に留めておいたつもりだったのに。莉子は口に出したことに気づかない。手の中のコーヒーが冷めてしまったことも、シュークリームの話題も。それだけ、莉子の頭の中を占めていた。
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