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第一章
第八話
しおりを挟む「で?」
「久我、その話しかしない気なら俺は帰るからね」
「えーーーしたいしたいしたい!片倉が上手くいってない話聞きたい!」
「南、止めて」
「えっえっ、」
冗談ではなく本当に心から興味を持っていたであろう静の仕事の早さにより、三人での飲み会は驚くほど早く開催された。
飲み会と言っても、会社帰りに食事をするだけで、食事と言っても、会社帰りの片倉を捕まえた静が近くのカフェに引っ張っていっただけだ。
好きなようにやっているように見えて、静もお酒は頼んでいない。無茶苦茶に見える静の、一歩引いたところにある冷静さが莉子は好きだった。
「でも実際、そんなでしょ?さっきここ入った時に連絡してたのも彼女でしょ?」
「久我の観察眼は本当に怖いよ」
そんなことしてたんだ、ダメだ私、全然見てなかった。
会社からほど近いカフェは、莉子は初めてきた場所だったが、片倉と静は来たことある店だった。横に広いガラス張りの二階建ての建物の一階に入ると、広い空間に丸いテーブルがいくつもある。その中の一つに案内され、それを囲むように三人で、丸みのある無垢材の木の椅子に座る。莉子のカバンを入れるカゴがないことに気づいた片倉が、店員を呼んでくれる。
仕事終わりのグループ、デート中のカップル、外国人観光客がポツポツと食事を楽しんでいる。
「上手くいってないって言ってたじゃーん」
「上手くいってないっていうわけじゃないけど」
片倉はここで言葉を一旦切って、チラリと莉子を見てからため息をついた。この場で静に話すことからは避けられないと観念したらしい。
「価値観の違いって、誰でもあるでしょ。別にだからと言って嫌いになるとか、別れるとかじゃないって感じというか…」
滑らかに、肘をつきながら、莉子でも静でもなく、ガラス張りの窓側の方を見ながら片倉は言った。
「へー、でも違うから惹かれたんじゃないの?」
「え?」
「片倉が自分から同棲提案したって聞いて、きっとすごい違うタイプの子なんだろうなーって思ったけど」
「…」
「図星だーーー!」
ねっ、と静は莉子の方を見て嬉しそうにそう言うも、莉子はなんと返していいか分からず半笑いになる。静に話を持ちかけられてからは、なんとなく、もしかして自分にもチャンスがあるんじゃないか、なんて浮き足だった気持ちがあった。ただ、この間、子どものように泣いて、自分の中で失恋を認めてからは、何となく自分は諦められるようになるんじゃないか。そのうち、好きじゃなくなるんじゃないか。そんな気持ちも混ざり始めていたのに、
「どこが好きなの?」
「…久我にだけは絶対に教えたくないかなー」
「片倉にはー、キラキラした感じより、ぽかぽかした感じが似合うと思う」
「どういうことが分からないけど、もうこの話はおしまい」
そう言って静にニコリと笑いかけた片倉の顔を見て、これ以上は聞き出せないと思ったのか、ため息をこぼした後に急に今抱えている案件の話にコロリと話題を変えて真面目な顔をする静に、莉子はその場で二人の顔を目線で追うことしかできなかった。
「ごめんね」
会計の前にお手洗いに向かった静を横目に、片倉は莉子の方を見て言った。先ほどと違って、まっすぐ莉子の方へ向けてくれる視線がいつもと同じで、莉子は少しホッとしたような気持ちになる。
「えっ、何がですか」
「付き合わせて、変なこと聞かされてさ」
「いえ別にっ、全然、大丈夫です!」
さっきの仕事の話、すごく勉強になりましたし!と言う莉子に、片倉は口角を上げた。莉子のこういうところが、片倉にはたまに眩しい。
「…俺にキラキラした感じは似合わないと思う?」
「え?」
「悔しいけど、さっき久我に言われたことが引っかかっている」
「っふ、いえ全然、先輩がそもそもキラキラしてますから」
「何それ、全然そんなことないよ」
「…キラキラしてるんですか?…彼女さん、との恋は」
いつもの仕事をしている時のような、片倉の穏やかで柔らかい口調に莉子も何気なく、踏み込んだ質問をしてしまう。
「キラキラ、っていうか…」
「?」
「初めて会ったんだよね、ああいうタイプ」
「…」
「絶対、もう会えないって思って、逃したくないって思って、俺なりに頑張ったんだけどなー」
「…」
「…ごめんね、南に言うことじゃないよね」
「い、え…」
なんと返して良いか分からない莉子の方を困ったように笑いながら片倉が見た。先にお会計しておいた方がいいかなと誰に言うでもなく呟いたその言葉で、莉子はもうこの話題は終了したのだと思い、美味しかったですねこのお店、と言った。
自分がキラキラした恋をしていたなんて自覚はないけど、少なくとも莉子にとって片倉はいつもキラキラして眩しくて、柔らかくて、隣にいれば幸せになれる気がする存在で、そういう恋だったと思っていただけに、片倉の言葉は思ったより莉子の心に刺さった。
逃したくないと、もうこんな相手には会えないと、強烈に焦がれているような相手を思っている人が、ちょっと価値観が違うくらいで、私の方を見るわけなんてない。
でも、先輩、そんな辛いなら、
私のこと好きになればいいじゃないですか。
私、先輩のことがまだ好きなのに。
困った時に眉を下げて笑う顔も、言葉を選ぶときに視線を外す癖も、パーマをかけたような、ふわりと滑らかな曲線を描くような髪も、パソコンの画面に集中しすぎてドライアイになって目薬を点すくせに頻繁に失敗して服にこぼしてるところも、 お弁当のゴミを捨てる時に中身がこぼれないようにキツくビニール袋を結ぶところも、
キラキラした恋、と言った、その切ない顔が、
「…わたしに、向けばいいのに」
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