9 / 13
第一章
第九話
しおりを挟む「わ、」
「めちゃくちゃ並んでんなー」
「大丈夫?」
「俺全然気にならん。ラーメンとか並ぶし」
テイクアウトだし、そこまで時間かからんだろ。なんてことないようにそう言って加瀬は最後尾に並び、莉子もその隣に並んだ。
先日メッセージでやり取りしていた、加瀬の職場の近くの飲めるシュークリーム屋に行こうと加瀬から持ちかけられて、莉子も快く了承した。加瀬から提案してくるとは、よっぽど食べたかったんだなと莉子は思う。
何時に行く?開店待ちとか狙う?とメッセージで聞いた莉子に、すぐに返ってきた、【シュークリームはおやつだろ】と言う返事を思い出して、莉子の口元は緩む。
百八十センチ近い身長に、少し厚めの胸板。特にジムなどで鍛えているわけではないのに程よく筋肉のついたこの男が、休日に飲めるシュークリームが食べたくていそいそと並んでいる姿が莉子にはどうしても笑えてしまう。
休日、昼さがり。十四時の太陽はまだまだ高い位置にあって、冬にしては暖かい。いつの間にかコートが必要な季節になっていて、莉子は黒のノーカラーコートのポケットに手を入れた。
「そういえば加瀬、最近仕事忙しかったんだよね?」
「あーそうそう」
「もう落ち着いたの?」
「だいぶな。半年くらいの案件があってさ、仕様変更とトラブル続き」
「うわぁ」
「キャパ限界だった」
「お疲れ様」
「だから俺はシュークリームが早く飲みたい」
「極限状態」
「俺は今日シュークリームを二個飲む」
「二個飲む」
加瀬のスマホをチラリと覗くと、グルメサイトに投稿されているメニュー写真が表示されていてその真剣さに莉子はまた笑う。
「ホワイト企業だとばっかり思ってたから、そういう感じなの珍しいね」
「会社自体はホワイトでも、詰むときは詰む」
「その結果が?」
「シュークリームを飲むことになる」
「キモすぎる」
店が飲めるって言ってんだから飲んでいいだろ、と加瀬は莉子の肩を肘で軽く突きながら言った。どうやら頼むものは決めたらしく、スマホは仕舞われている。
「そういえばスーツどう?」
「ワイシャツは着てるよ。洗濯した後の感じとかも前と違っていいな」
買ってよかったわ、と言う加瀬に莉子もなんとなく嬉しさが込み上げてくる。
赤茶や濃いブラウンのタイルで覆われた店の外観に反射して、日差しが少し眩しい。目を細めた莉子に、加瀬は変わるか?と聞き、莉子は首を振る。加瀬はグレーがかったブルーの厚手のショート丈アウターの裾を少し捲った。
「ワイシャツはって、スーツは着てないの?」
「ここぞという時のためになんか取ってある」
「えー!着なよー!」
「なんか勿体なくね?俺、新品下ろす時気合い必要なタイプ」
「えー!私買ったらすぐ着たくてうずうずしちゃう」
「そんな感じする」
ガラス張りの店内が覗ける位置まで並んでいる列が進み、莉子は中を伺う。シュークリームとしか調べてなかったが、ガラスの向こう側に見える棚には透明な丸い筒の焼き菓子のようなものが置いてあり、種類もかなりあるようだ。加瀬みたいにメニューを決めておけばよかったと莉子は思った。
そうして三十分ほど並び、無事に売り切れる前に買うことができた。加瀬は塩キャラメルとプレーン、莉子はほうじ茶味を購入した。
「一個しか買わないのにそれが王道じゃないの信じらんねえ」
「ただのほうじ茶じゃないもん、十二月限定のホワイトチョコが混ざったほうじ茶だもん」
「そんな話はしてない」
「だって加瀬がプレーン買うっていうし」
「最初から人を当てにするのは良くないって習わなかった?」
「習ってないかなぁうちの高校では」
「理解力に差があるんだろうな」
ごめんなさい一口ください、と莉子が言うと加瀬は紙袋から、薄い白い紙で丁寧に覆われたこぶし大ほどの大きさの包みを渡す。
こっちに公園があった気がする、と店から三分ほど歩いたところに加瀬が案内してくれた公園のベンチに座って、莉子と加瀬はテイクアウトしたそれを食べることにしていた。
加瀬の会社のある駅はかなり栄えているオフィス街でもあるのだが、少し歩いたところにこんなに広くて緑が綺麗な公園があるんだと、莉子は辺りを見渡しながら思う。木陰から差し込む光が眩しい。東京は、緑なんて全然ないと思っていたけれど、意外と広い公園があると気づいたのは、上京して半年経った頃だった。
「南は、忙しくないの?」
「うーん私はまだメインを任されることは無いし、そこまでのことは無いかなぁ」
「そーか」
うん、と返事しながら莉子は加瀬がくれたシュークリームにかぶりつく。溢れるカスタードに目を見開いて加瀬の方を向き、美味しいと言うと加瀬に渡す。
「飲める?」
「飲んだかも」
そういえば北海道産小麦とどこかの小麦をブレンドして作った生地だとか、こだわり卵だとか、そういうことが店内に書いてあった気がする、と思いながら、加瀬と交換した自分の買ったシュークリームを頬張る。先ほどとは生地の色も違い、こちらは上に少しだけホワイトチョコが上掛けされていた。なるほど、限定なだけあって凝っている。
「そういえばさ、先輩、上手くいってないんだって」
「へー」
興味なさそうな返事をしている加瀬はシュークリームを頬張り、時たま口の端から溢れるクリームを雑に親指で拭う。莉子は先日の片倉の話をいつものように加瀬にした。加瀬は変わらず興味なさそうないつもの様子で、時たま相槌だけしていた。
「どう思う?」
「どう思うって…なんて言って欲しいんだよ」
「えー、なんてって…」
「甘やかしてほしい?現実突きつけてほしい?」
なにそれ、と言いかけた莉子の言葉は音にならずに冬の空気の中に散った。
加瀬の顔がゆるりと莉子の顔に近づいた。
少しだけ莉子の手には力が入り、膝の上でシュークリームの中身が溢れる。
「甘やかしてやろうか?先輩のことなんか忘れるように」
「…っび、っくりするじゃん!」
きっと、三秒程度。莉子の吐息が白く溢れた。
倍の体感速度を莉子に残して、加瀬は元の位置に戻った。
先ほどと表情は変わらない。
「…照れてんの?」
「て、れるよそりゃ!」
「へえ、俺でも照れるんだ」
「かせが、変なこと言うから!」
加瀬が莉子の身体の方に手を伸ばした。少しだけ背筋が伸びた莉子をよそに、莉子が巻いていた爽やかなブルーのマフラーを身体の前から肩の後ろへと流した。マフラーは先ほどのクリームの傍ではなく莉子の背中で光を受け、もこもことした生地が光っている。突然のことで、自分の顔が赤いのが分かる。
「可愛いじゃん」
「か、な、なにを」
「可愛いじゃんって言った」
「聞き返したんじゃないから!」
二人の座っているベンチは、木の葉の隙間で作られる影が穴ぼこの模様を作っていた。足元で、莉子が先日買ったばかりの黒のショートブーツも影とのコントラストを見せていた。
膝の上で莉子に握られたままのシュークリームは、今は口に運ぶ気になれなかった。
0
あなたにおすすめの小説
元恋人と、今日から同僚です
紗和木 りん
恋愛
女性向けライフスタイル誌・編集部で働く結城真帆(29)。
仕事一筋で生きてきた彼女の前に、ある日突然、五年前に別れた元恋人が現れた。
「今日から、この部署に配属になった」
そう告げたのは、穏やかで理性的な朝倉。
かつて、将来や価値観のすれ違いから別れた相手だ。
仕事として割り切ろうと距離を取る真帆だったが、過去の別れが誤解と説明不足によるものだったことが少しずつ見えてくる。
恋愛から逃げてきた女と、想いを言葉にできなかった男。
仕事も感情も投げ出さず、逃げずに選び直した先にあるのは「やり直し」ではなく……。
元恋人と同僚になった二人。
仕事から始まる新しい恋の物語。
離した手の温もり
橘 凛子
恋愛
3年前、未来を誓った君を置いて、私は夢を追いかけた。キャリアを優先した私に、君と会う資格なんてないのかもしれない。それでも、あの日の選択をずっと後悔している。そして今、私はあの場所へ帰ってきた。もう一度、君に会いたい。ただ、ごめんなさいと伝えたい。それだけでいい。それ以上の願いは、もう抱けないから。
ソツのない彼氏とスキのない彼女
吉野 那生
恋愛
特別目立つ訳ではない。
どちらかといえば地味だし、バリキャリという風でもない。
だけど…何故か気になってしまう。
気がつくと、彼女の姿を目で追っている。
***
社内でも知らない者はいないという程、有名な彼。
爽やかな見た目、人懐っこく相手の懐にスルリと入り込む手腕。
そして、華やかな噂。
あまり得意なタイプではない。
どちらかといえば敬遠するタイプなのに…。
遠回りな恋〜私の恋心を弄ぶ悪い男〜
小田恒子
恋愛
瀬川真冬は、高校時代の同級生である一ノ瀬玲央が好きだった。
でも玲央の彼女となる女の子は、いつだって真冬の友人で、真冬は選ばれない。
就活で内定を決めた本命の会社を蹴って、最終的には玲央の父が経営する会社へ就職をする。
そこには玲央がいる。
それなのに、私は玲央に選ばれない……
そんなある日、玲央の出張に付き合うことになり、二人の恋が動き出す。
瀬川真冬 25歳
一ノ瀬玲央 25歳
ベリーズカフェからの作品転載分を若干修正しております。
表紙は簡単表紙メーカーにて作成。
アルファポリス公開日 2024/10/21
作品の無断転載はご遠慮ください。
【完結】泡になった約束
山田森湖
恋愛
三十九歳、専業主婦。
夫と娘を送り出し、静まり返ったキッチンで食器を洗う朝。
洗剤の泡が立っては消えるその繰り返しに、自分の人生を重ねながら、彼女は「ごく普通」の日常を受け入れている。
愛がないわけではない。けれど、満たされているとも言い切れない。
そんな午前中、何気なく出かけたスーパーで、背後から名前を呼ばれる。
振り返った先にいたのは、かつて確かに愛した男――元恋人・佐々木拓也。
平穏だったはずの毎日に、静かな波紋が広がり始める。
Melty romance 〜甘S彼氏の執着愛〜
yuzu
恋愛
人数合わせで強引に参加させられた合コンに現れたのは、高校生の頃に少しだけ付き合って別れた元カレの佐野充希。適当にその場をやり過ごして帰るつもりだった堀沢真乃は充希に捕まりキスされて……
「オレを好きになるまで離してやんない。」
距離感ゼロ〜副社長と私の恋の攻防戦〜
葉月 まい
恋愛
「どうするつもりだ?」
そう言ってグッと肩を抱いてくる
「人肌が心地良くてよく眠れた」
いやいや、私は抱き枕ですか!?
近い、とにかく近いんですって!
グイグイ迫ってくる副社長と
仕事一筋の秘書の
恋の攻防戦、スタート!
✼••┈•• ♡ 登場人物 ♡••┈••✼
里見 芹奈(27歳) …神蔵不動産 社長秘書
神蔵 翔(32歳) …神蔵不動産 副社長
社長秘書の芹奈は、パーティーで社長をかばい
ドレスにワインをかけられる。
それに気づいた副社長の翔は
芹奈の肩を抱き寄せてホテルの部屋へ。
海外から帰国したばかりの翔は
何をするにもとにかく近い!
仕事一筋の芹奈は
そんな翔に戸惑うばかりで……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる