ひとつの秩序

水瀬 葵

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第一章

第十話

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土曜日の朝、加瀬と莉子は新幹線に揺られていた。


高校時代、莉子、沙穂さほ七菜香ななか美郷みさとと四人組だったところに、同じクラス内の加瀬、平戸ひらと中崎なかさき吉川よしかわの男子グループと仲良くなり、程なくして美郷と吉川が付き合い始めたことから、何となく一緒に行動することが多くなった。

そして美郷と吉川が結婚するということで、加瀬と莉子には招待状が届いた。地元で開催される式だということで、二人はもちろん快諾し、帰省がてら土日で行くかと話していた。

そして式の三週間前ほど、【何時の新幹線で行く?あれなら俺二人分の席取っておくけど】と加瀬から莉子に届いたメッセージ。莉子は素直に加瀬の好意に甘え、一緒の新幹線で帰省することとなった。

挙式は昼すぎから開始だ。朝の新幹線でも時間に余裕はある。
加瀬は駅からそのまま式場に向かう予定だったが、莉子の美容院や着付けの予約の関係で、八時の新幹線になった。

「実家に着物取りに帰るんだっけ?」
「そう、成人式で着た振袖」
「あー、バイト先で写真見せられた気がしなくもない」
「え、記憶にないかも」
「全員に見せてたからなあの時」
「それも記憶にない」
「いい脳みそしてるなー」

そう言いながら、加瀬は駅のコンビニで買ったおにぎりが入ったビニール袋を広げた。莉子は新幹線に付属している折り畳み机の上に置かれた暖かいラテが入ったカップに手をやる。特に会話がなくても、各々がそれぞれのことをして成り立つ、この空気はとても心地よかった。





「美郷、き、きれい」
「ね、き、きれいすぎる」

厳かで壮大さを感じるホテルのチャペル。式では既に入場前、何度も遊びに行ってお世話になった美郷の母親がチャペル前で立っている姿でまず莉子は号泣だ。

新婦が入場してからも同じようにして泣く沙穂と莉子の姿に、七菜香と新郎側の見知った男たちは笑っていた。



「おめでとうございますー!二等のカニが当選しましたー!」
「ええーっ!」

そうしてつつがなく執り行われた式の後、天井の広い披露宴会場。余興のクイズゲームで当選した加瀬が、レトルトカレーセットと書かれたパネルを持ち、司会者の横に立っている。その隣に莉子は並ぶ。

莉子にカニが描かれた景品パネルを渡される様子を見て、俺よりいいやつ当たってるじゃん。と莉子に悔しそうな声で呟いた。




結婚式後の二次会も最後まで楽しんだ二人。次の日はせっかく帰省したからバイト先に顔を出しに行こうという話になって、莉子はまた加瀬と一緒にいた。
二人の元バイト先は全国展開している焼肉屋だったのだが、運営元は地元の数店舗だけ所有しているフランチャイズだ。
店長は二人がいた時と変わっておらず、働きやすい職場だっただけあって昼間のパート職員の顔ぶれもほとんど変わってないとの莉子の情報からの予定だった。

二人は元バイト先に顔を出し、久しぶりの会話を楽しんだ後、遅めの昼食として駅でラーメンを食べ、十五時過ぎの新幹線に乗り込んでいた。

「お腹がいっぱいすぎる」
「チャーシュー丼つけるからだろ」
「三分の一くらいで良かった…一杯は流石に多かった」
「意外と量あったもんなー」

帰省の新幹線ではいつもコーヒーチェーンのラテを買うのが何となくの習慣になっている莉子だったが、今日はそんなお腹の余裕はなかった。

乗車前に食べすぎて眠いなとこぼした加瀬に、莉子は私トイレ行きたくなるかもしれないし、と行きの新幹線と違って加瀬に窓側の席を譲っていた。
午後の光が新幹線の小さい窓から差し込んで、前方の席を照らしている。加瀬の顔半分も同じようにして照らされており、眩しそうな表情をしているくせにサンシェードを降ろす気はないらしかった。

「美郷、きれいだったね」
「そうだなー」
「あのドレス、インポートのやつだった」
「見てわかんの?」
「うん、有名だと思う。出してるの全部可愛いもんー」
「そんな種類あんの?」
「洋服みたいに新作が定期的に出るんだよ」
「詳しいな」
「前、都内で友達のドレスの試着について行ったことがあったんだー、その時にめちゃくちゃ可愛くて、なんかインスタフォローしちゃってて」

へぇ、と加瀬は返事をした。確かにこういうことには疎そうだ。莉子は元々洋服も好きだが、あの時の、ドレスショップに踏み込んだ時のトキメキは忘れられない。オレンジがかった上品なシャンデリアのような高い天井のライトから照らされる光の中に、ゴールドのハンガーに吊るされた沢山のドレス。

所々に飾られた季節の生花の香りがほのかにして、グレーのタイルで空間に余裕を持って作られた試着室の椅子すら優雅だった。

誰かの人生が決まる前の、ほんの一瞬の呼吸みたいな空気とトキメキを感じさせる空間に、つい職業がてら建築やインテリア、デザインを観察してしまう癖のある莉子だが、いつかこんな空間をデザインできたらと強く思った記憶があった。

「高三から付き合って結婚って、すごいよね」
「な。今俺ら二十六だから…八年か」
「長いねえ」
「あいつら大学も一緒だったしなー」

幸せそうだったね、と莉子は呟き、加瀬も頷いた。

「…先輩もすぐ結婚しちゃうのかなあ」
「でもうまくいってないんだろ?」
「そうだけど。価値観の些細な違いで別れたりしないでしょ。同棲も早かったし」
「価値観なんてみんな違うもんだろ」

そうだよね、と莉子が背もたれにため息をつきながら背中を預ける。それを見て、加瀬も視線を窓の外にやった。相変わらずその顔は西陽で照らされていた。

「加瀬は、彼女欲しくないの?」
「…何その聞き方。普通に欲しいよ」
「…ほしいんだ?」

そうか、加瀬って彼女欲しいんだ。なんだかてっきり私、今は要らないのかななんて勝手に想像してたかも。じゃあ、今までみたいに甘えすぎても良くないのかな。

「俺のことなんだと思ってんの」

「…じゃあ、こないだみたいに、可愛いとか気軽に言っちゃダメじゃん」

ポロリと口からこぼれたそれは、脳を通らずに出てきた言葉のようで、莉子はなんだか加瀬の方を見られない。

加瀬が、そうだな、と言った。顔はわからない。でも少し、間があって、少し、笑った気がする。なんだか加瀬との距離がむずがゆい。座席の真ん中の肘置き、下げておけば良かった。ああまだ、新幹線、着くまで一時間もあるよ。今日一日、今まで、あっという間だったのにな。
 
 
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