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友人の兄
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「あっ、お兄様!」
と、外で馬車の音がして、テティシアが立ち上がった。
「お兄様なら知ってるはずだわ。ニーナ、あれ、お兄様よね?」
「おそらくそうかと」
「ここに来るように言って」
「はい。お待ちくださいませ」
ニーナと呼ばれた侍女はすみやかに表に向かっていった。ラチェリナは少し迷う。兄妹で話をするのなら、お暇した方がいいだろうか。
来てあまり時間が経っていないので、少し迷う。
そのうちに足音が聞こえ、扉が開いて男性が顔を出した。
「テティシア、何か用か? ……はっ!?」
あ、この方、テティシアのお兄様だわ、とラチェリナはすぐに実感した。
さきほど見た、テティシアの驚いた顔と全く同じなのだ。よく似た、仲も良い兄妹なのだろうと微笑ましい気分になった。
彼はラチェリナを見て驚いた顔で止まり、ラチェリナは彼の顔をじっと見たので、しばらく見つめ合うことになった。
「もうっ、ラチェリナ様がお美しいのなんてお兄様も知ってるでしょ。見惚れないでよ、ラチェリナ様が減るから!」
「みっ、見惚れてなどっ……あ、あああ、ラチェリナ様、失礼を、大変な失礼を」
「ええっ!? とんでもありません、その、お邪魔しております!」
やはり小動物のような動きで何度も詫びてくるので、ラチェリナは慌てて止めた。小動物のように可愛らしい兄妹なのだから、急に知らない人がいてびっくりしてしまったのだろう。
こんな可愛い人を恐縮させてはいけない。
「申し訳ありません、あの、改めまして、テティシアの兄、レナルドと申します。妹がご迷惑をおかけしていないと良いのですが」
「まさか、テティシアには良くしてもらっておりますの」
離縁されて落ち込んでいるところを慰めてもらっています、と言っていいものかためらった。なかなかに自虐的な感じがする。
この兄妹の顔を曇らせるようなことは言いたくない。
テティシアはもちろん、嫡男のレナルドも確か自分より年下だったはずだ。年上で、結婚経験のある自分がうまく場を明るくしなければ。
「今も領地でお菓子を流行らせるなんて、素敵なお話に混ぜて頂いておりました」
「あっ、そうだわお兄様、クレスの実、作ってるところあったわよね?」
「は? クレスの実……というと北部だな。伝統的に作ってるようだが、内部で消費して外にはあまり出していないな」
「じゃあ、数があまりないのね……」
「まあ。それなら、領地のためなら逆に丁度いいのではないかしら? 育てる下地はあるのですから、新たに開墾するよりずっと楽に増えるでしょう」
「それは確かに……」
「テティシア、そのクレスの実で菓子をつくるのか? 美味いのか?」
「まだよ! これ、ラチェリナ様がレシピを見せてくれて」
「これは……ううん……ちょっと待ってくれ、焼き菓子だな……」
ラチェリナは微笑みながら、二人がああだこうだと話をするのを眺めた。ラチェリナにも兄はいるが、こんなに仲良くはない。
高位の貴族ほどナニーや使用人が関わることになるので、家族同士の触れ合いは少なくなる。ラチェリナの家は特に、あっさりとした関係だと他の家を見ても思う。
「だが今、クレスの実はないぞ」
「そういえばお父様がクレス酒なら持ってたけど」
「……ずいぶん前に献上されたあれか。酒なら腐ってるってことはなさそうだな」
「ちょっともらいましょ!」
大丈夫なのだろうかという会話をしているが、それもまた微笑ましい。
とはいえ、二人はすぐさま試してみたいようだ。部外者であるラチェリナは残念だがそろそろ帰った方がいいだろう。
「わたくしはそろそろ、」
「あ、ラチェリナ様、こっちです! むさ苦しいところですが」
「え、あ?」
「ところでラチェリナ様、このレシピはいただいてよろしいのでしょうか? 妹は代価の話をちゃんとしましたか?」
「いえ、私が口を出して、当家の料理人が考えたものですが、もともと別のレシピを元にしておりますので、権利を主張するつもりはないのです」
「そうなのですか?」
「えっ、確かに基本はアンソー型焼き菓子ですけど! ラチェリナ様、この、あとから砂糖を乗せて加熱するというのはオリジナルなのでは?」
「ええっと……」
「ともかく作ってみてから考えましょうか」
「マリー! 見て、これ、できそう?」
なんだか勢いと流れで、気づけばラチェリナの目の前では菓子の制作が始まってしまった。
兄妹がレシピを読み上げ「ラチェリナ様、ここはこれでいいのですか?」などと聞いてくるので、ちょっと帰る隙などない。
と、外で馬車の音がして、テティシアが立ち上がった。
「お兄様なら知ってるはずだわ。ニーナ、あれ、お兄様よね?」
「おそらくそうかと」
「ここに来るように言って」
「はい。お待ちくださいませ」
ニーナと呼ばれた侍女はすみやかに表に向かっていった。ラチェリナは少し迷う。兄妹で話をするのなら、お暇した方がいいだろうか。
来てあまり時間が経っていないので、少し迷う。
そのうちに足音が聞こえ、扉が開いて男性が顔を出した。
「テティシア、何か用か? ……はっ!?」
あ、この方、テティシアのお兄様だわ、とラチェリナはすぐに実感した。
さきほど見た、テティシアの驚いた顔と全く同じなのだ。よく似た、仲も良い兄妹なのだろうと微笑ましい気分になった。
彼はラチェリナを見て驚いた顔で止まり、ラチェリナは彼の顔をじっと見たので、しばらく見つめ合うことになった。
「もうっ、ラチェリナ様がお美しいのなんてお兄様も知ってるでしょ。見惚れないでよ、ラチェリナ様が減るから!」
「みっ、見惚れてなどっ……あ、あああ、ラチェリナ様、失礼を、大変な失礼を」
「ええっ!? とんでもありません、その、お邪魔しております!」
やはり小動物のような動きで何度も詫びてくるので、ラチェリナは慌てて止めた。小動物のように可愛らしい兄妹なのだから、急に知らない人がいてびっくりしてしまったのだろう。
こんな可愛い人を恐縮させてはいけない。
「申し訳ありません、あの、改めまして、テティシアの兄、レナルドと申します。妹がご迷惑をおかけしていないと良いのですが」
「まさか、テティシアには良くしてもらっておりますの」
離縁されて落ち込んでいるところを慰めてもらっています、と言っていいものかためらった。なかなかに自虐的な感じがする。
この兄妹の顔を曇らせるようなことは言いたくない。
テティシアはもちろん、嫡男のレナルドも確か自分より年下だったはずだ。年上で、結婚経験のある自分がうまく場を明るくしなければ。
「今も領地でお菓子を流行らせるなんて、素敵なお話に混ぜて頂いておりました」
「あっ、そうだわお兄様、クレスの実、作ってるところあったわよね?」
「は? クレスの実……というと北部だな。伝統的に作ってるようだが、内部で消費して外にはあまり出していないな」
「じゃあ、数があまりないのね……」
「まあ。それなら、領地のためなら逆に丁度いいのではないかしら? 育てる下地はあるのですから、新たに開墾するよりずっと楽に増えるでしょう」
「それは確かに……」
「テティシア、そのクレスの実で菓子をつくるのか? 美味いのか?」
「まだよ! これ、ラチェリナ様がレシピを見せてくれて」
「これは……ううん……ちょっと待ってくれ、焼き菓子だな……」
ラチェリナは微笑みながら、二人がああだこうだと話をするのを眺めた。ラチェリナにも兄はいるが、こんなに仲良くはない。
高位の貴族ほどナニーや使用人が関わることになるので、家族同士の触れ合いは少なくなる。ラチェリナの家は特に、あっさりとした関係だと他の家を見ても思う。
「だが今、クレスの実はないぞ」
「そういえばお父様がクレス酒なら持ってたけど」
「……ずいぶん前に献上されたあれか。酒なら腐ってるってことはなさそうだな」
「ちょっともらいましょ!」
大丈夫なのだろうかという会話をしているが、それもまた微笑ましい。
とはいえ、二人はすぐさま試してみたいようだ。部外者であるラチェリナは残念だがそろそろ帰った方がいいだろう。
「わたくしはそろそろ、」
「あ、ラチェリナ様、こっちです! むさ苦しいところですが」
「え、あ?」
「ところでラチェリナ様、このレシピはいただいてよろしいのでしょうか? 妹は代価の話をちゃんとしましたか?」
「いえ、私が口を出して、当家の料理人が考えたものですが、もともと別のレシピを元にしておりますので、権利を主張するつもりはないのです」
「そうなのですか?」
「えっ、確かに基本はアンソー型焼き菓子ですけど! ラチェリナ様、この、あとから砂糖を乗せて加熱するというのはオリジナルなのでは?」
「ええっと……」
「ともかく作ってみてから考えましょうか」
「マリー! 見て、これ、できそう?」
なんだか勢いと流れで、気づけばラチェリナの目の前では菓子の制作が始まってしまった。
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