6 / 15
5話 オネエの同僚~俺は〇〇ではなかった?~
しおりを挟む
屋敷の右手にはもう部屋がなかったので、左手側にあった部屋へ引き返し、秋菜一行は最初の部屋の扉をゆっくりと開けた。扉の音がキキキキキキィと微かに聞こえるか聞こえないか程の音を立てる姿を見て、すかさずさやかの突っ込みが入る。
「何でそんなゆっくり開けるのよ? 泥棒にでも入るつもり?」
寂れたこの屋敷に、何を泥棒しようというのだ。それこそ何か持ち出せば呪われそうなものだ。
「あたしは、変なのに、絡まれたくはないので」
両手で扉を覗き込むように開きながら部屋の中の様子を窺っていた私は一度手を止める。
くるりとさやかの方に振り返り、軽く目を細めて睨みつけながら小声で、しかしはっきりと伝えた。
その先には何かが、いる。それを感じとっているからこそ、私の脈拍は緊張感ゆえに上がっていたことであろう。付け加えておくと、怖いのではない。ただ部屋の写真を撮って帰りたいのだ。このペースでは私も竜介のように3日彷徨うことになってもおかしくはない。
あわよくば、無視してそっと通り抜けるか、行き止まりなら写真を撮って引き返す計画は、さやかによって簡単に崩されてしまう。
客間…なのだろうか。秋菜の育った家は大きくとも和室が多かったため、洋室のことはよくわからない。
高価そうなソファと高価そうなテーブルが並んでいる。そこに座ることもなく、 部屋の隅で青白く光を帯びた人影があった。
人影と言っても、体温は感じられない。
どうしよう、これなら写真だけ撮ってさっと部屋を閉めてしまえばいけるか……?
私の中に緊張が走る。思考を巡らせているうちに、ドアの前に足を入れるか入れないかで突っ立っていた私達に気づいたそれは、ゆっくりとこちらを向く。
青白く光り、こけた頬、虚ろな瞳、無造作に伸ばされた黒髪が、私の目に入ってくる。
目を合わせたら引きずり込まれそうな闇を抱え、ぶつぶつと何か聞き取れない言葉を発しているそれからは、何故か目を離すことが出来なくて……
「あら、えみじゃない?」
部屋へ踏み入らない私に痺れを切らしたか。さやかが私の肩からひょこり、と顔を出し嬉しそうに声をかけた。絡まれたくない、そんな先ほどの私の言葉をもう忘れたのか、止めても無駄で、彼女はそれに駆け寄った。
「さやか……」
呼びかけられて我に返ったのか、さやかの名を力なく囁く。そして明菜は「関わらないこと」を諦めるのであった。
さやかの説明によると、それ、ことえみは一緒に自殺を図った人とのこと。
さやかのこの世の未練は分かったが、彼女はどうなのだろう。腰を据えて話を聞いてみることにした。私に何かが出来るとは、思っていないけれども。
「なんだ、まだ霊か!? 戦うか!?」
ただ一人、空気の読めない男がいた。竜介の顔面に結構本気のブッチャーを入れて、顔を抱えて悶絶している間に話を進める。
「で、率直に聞くけど、あなたは何でここに? さやかみたいに未練がある人がここに多く見られる気がするんだけど……」
「お……私は好きな人がいたんだけど……」
好きな人がいて、自殺を図るということは、その人に振られたからだろうか。
何て言えばいいか思考錯誤していると、さやかがえみに問いかけていた。
「あら、両想いになったって言ってたじゃない?」
両想いで死にたくなることとは……
「そうなの? 浮気された……とか?」
私は遠慮がちに、言ってみる。
「いや、抱かれてたの……何度も……」
「女の幸せじゃない! 羨ましい!!」
さやかは目を輝かせてえみに詰め寄り、がたがたと彼女の細い肩を揺らす。生前に聞いてはいなかったのだろうか。まあその疑問は心にしまって、続きの話に耳を傾けるべきだろう。
「何度も好きだと言ってくれた。でも何故か私は満たされなかった……だからさやかと一緒に自殺したんだよ」
苦虫を嚙み潰したような笑みを浮かべて、えみは喉から声を絞り出すように言った。
「……あなたは、女としてその男を好きだったの?」
私は疑問を彼女にぶつけた。もちろん、好きな男に抱かれることだけが女の幸せなんかじゃないことは分かっている。抱かれても満たされない、そんなこともあるかもしれない。
でも、彼女の言い方が気になった。何故そんなに苦しそうなのか。
「……本当は、女になったことを後悔してた。女の体になれば好きな男に愛されると思ってた。だから私……俺は性転換を……」
彼女は、いや、彼は、体を震わせながら俯き、自身を抱きしめた。
「えみさん……あなたは男として、その人が好きだったんじゃないの? だから、ありのままの自分を愛してほしかったんでしょう? 満たされなかったのはそのせい、かな……?」
しゃがみこんだ彼に視線を合わせるように明菜もしゃがみ、目を合わせて促すようにゆっくりと話す。
「あぁ……俺は、何でこんなことを……」
「大丈夫、また生まれ変わってがんばろう? 人は生まれ変わる度に強くなるんだから。あなたは悪いことなんてしてないよ」
「ありがとう……俺は来世で、幸せになれるかな?」
「うん、きっとなれる。もう選択を、間違わないで、ね?」
えみに笑いかけ、私は竜介の方を振り返る。そして両手のひらを重ね合わせて、そこに念の込めた日本酒をそそぐように指示する。
「お、おぅ……」
とさすがに空気を読んだらしい竜介は慣れない手つきで酒をそそいでくれた。
そして私はえみの頭から、優しく、そしてゆっくりと酒を流すとえみの体は目に視えなくなるほど薄くなっていく。
「さやか、来世でまた会おう」
「そうね、今度はお客さんとして待ってるわ」
さやかはウィンクをえみに送った。笑った彼は笑顔でその姿を消していった。
「ちょっとあんた、何者!? えみ消えちゃったじゃない!」
彼女は私が霊媒師の家系だという話をしていなかったせいで、驚いていた。
「我も初めて見たぞ! 幽霊が消えるところを!」
「消えたんじゃないよ、成仏したの!」
うーん、と思いっきり背伸びをした私はその後しばらく2人の質問地獄に合うのだった。
「何でそんなゆっくり開けるのよ? 泥棒にでも入るつもり?」
寂れたこの屋敷に、何を泥棒しようというのだ。それこそ何か持ち出せば呪われそうなものだ。
「あたしは、変なのに、絡まれたくはないので」
両手で扉を覗き込むように開きながら部屋の中の様子を窺っていた私は一度手を止める。
くるりとさやかの方に振り返り、軽く目を細めて睨みつけながら小声で、しかしはっきりと伝えた。
その先には何かが、いる。それを感じとっているからこそ、私の脈拍は緊張感ゆえに上がっていたことであろう。付け加えておくと、怖いのではない。ただ部屋の写真を撮って帰りたいのだ。このペースでは私も竜介のように3日彷徨うことになってもおかしくはない。
あわよくば、無視してそっと通り抜けるか、行き止まりなら写真を撮って引き返す計画は、さやかによって簡単に崩されてしまう。
客間…なのだろうか。秋菜の育った家は大きくとも和室が多かったため、洋室のことはよくわからない。
高価そうなソファと高価そうなテーブルが並んでいる。そこに座ることもなく、 部屋の隅で青白く光を帯びた人影があった。
人影と言っても、体温は感じられない。
どうしよう、これなら写真だけ撮ってさっと部屋を閉めてしまえばいけるか……?
私の中に緊張が走る。思考を巡らせているうちに、ドアの前に足を入れるか入れないかで突っ立っていた私達に気づいたそれは、ゆっくりとこちらを向く。
青白く光り、こけた頬、虚ろな瞳、無造作に伸ばされた黒髪が、私の目に入ってくる。
目を合わせたら引きずり込まれそうな闇を抱え、ぶつぶつと何か聞き取れない言葉を発しているそれからは、何故か目を離すことが出来なくて……
「あら、えみじゃない?」
部屋へ踏み入らない私に痺れを切らしたか。さやかが私の肩からひょこり、と顔を出し嬉しそうに声をかけた。絡まれたくない、そんな先ほどの私の言葉をもう忘れたのか、止めても無駄で、彼女はそれに駆け寄った。
「さやか……」
呼びかけられて我に返ったのか、さやかの名を力なく囁く。そして明菜は「関わらないこと」を諦めるのであった。
さやかの説明によると、それ、ことえみは一緒に自殺を図った人とのこと。
さやかのこの世の未練は分かったが、彼女はどうなのだろう。腰を据えて話を聞いてみることにした。私に何かが出来るとは、思っていないけれども。
「なんだ、まだ霊か!? 戦うか!?」
ただ一人、空気の読めない男がいた。竜介の顔面に結構本気のブッチャーを入れて、顔を抱えて悶絶している間に話を進める。
「で、率直に聞くけど、あなたは何でここに? さやかみたいに未練がある人がここに多く見られる気がするんだけど……」
「お……私は好きな人がいたんだけど……」
好きな人がいて、自殺を図るということは、その人に振られたからだろうか。
何て言えばいいか思考錯誤していると、さやかがえみに問いかけていた。
「あら、両想いになったって言ってたじゃない?」
両想いで死にたくなることとは……
「そうなの? 浮気された……とか?」
私は遠慮がちに、言ってみる。
「いや、抱かれてたの……何度も……」
「女の幸せじゃない! 羨ましい!!」
さやかは目を輝かせてえみに詰め寄り、がたがたと彼女の細い肩を揺らす。生前に聞いてはいなかったのだろうか。まあその疑問は心にしまって、続きの話に耳を傾けるべきだろう。
「何度も好きだと言ってくれた。でも何故か私は満たされなかった……だからさやかと一緒に自殺したんだよ」
苦虫を嚙み潰したような笑みを浮かべて、えみは喉から声を絞り出すように言った。
「……あなたは、女としてその男を好きだったの?」
私は疑問を彼女にぶつけた。もちろん、好きな男に抱かれることだけが女の幸せなんかじゃないことは分かっている。抱かれても満たされない、そんなこともあるかもしれない。
でも、彼女の言い方が気になった。何故そんなに苦しそうなのか。
「……本当は、女になったことを後悔してた。女の体になれば好きな男に愛されると思ってた。だから私……俺は性転換を……」
彼女は、いや、彼は、体を震わせながら俯き、自身を抱きしめた。
「えみさん……あなたは男として、その人が好きだったんじゃないの? だから、ありのままの自分を愛してほしかったんでしょう? 満たされなかったのはそのせい、かな……?」
しゃがみこんだ彼に視線を合わせるように明菜もしゃがみ、目を合わせて促すようにゆっくりと話す。
「あぁ……俺は、何でこんなことを……」
「大丈夫、また生まれ変わってがんばろう? 人は生まれ変わる度に強くなるんだから。あなたは悪いことなんてしてないよ」
「ありがとう……俺は来世で、幸せになれるかな?」
「うん、きっとなれる。もう選択を、間違わないで、ね?」
えみに笑いかけ、私は竜介の方を振り返る。そして両手のひらを重ね合わせて、そこに念の込めた日本酒をそそぐように指示する。
「お、おぅ……」
とさすがに空気を読んだらしい竜介は慣れない手つきで酒をそそいでくれた。
そして私はえみの頭から、優しく、そしてゆっくりと酒を流すとえみの体は目に視えなくなるほど薄くなっていく。
「さやか、来世でまた会おう」
「そうね、今度はお客さんとして待ってるわ」
さやかはウィンクをえみに送った。笑った彼は笑顔でその姿を消していった。
「ちょっとあんた、何者!? えみ消えちゃったじゃない!」
彼女は私が霊媒師の家系だという話をしていなかったせいで、驚いていた。
「我も初めて見たぞ! 幽霊が消えるところを!」
「消えたんじゃないよ、成仏したの!」
うーん、と思いっきり背伸びをした私はその後しばらく2人の質問地獄に合うのだった。
12
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる