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1巻
1-3
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突然、外から馬の蹄の音がした。アルをお風呂場に置いて見に行く。
庭に出ると、いつもより早く帰ってきたジェイの姿があった。
森に迷いこんだ村人を送ってきたついでに、村の様子をパトロールして戻ってきたみたい。
私は慌ててジェイの袖を掴む。
「あなた、アルのことでお話があるの」
ジェイを食堂に連れていくと、ひそひそ声で話す。
「あの子が頭を打ってから、言葉遣いが丁寧になって、お手伝いも進んでしているのは前にも話したでしょう?」
ジェイは落ち着いて答える。
「ああ、ちょっと変わりすぎじゃないかとは思ったが……いい方向に変わったんだから、何も心配することはないだろ? 俺は見守ってやろうと思っている」
「私もあなたと同じように思っていたの。でもね……あの子、もう魔法を使っているのよ」
ジェイがギョッとした様子で、大きな声を出す。
「は!? 本当か? 今まで魔法に興味も示さなかったアルが?」
私は口に人差し指を当てて、ジェイに静かにしてもらう。それから小声で話を続ける。
「そう、それもかなりのレベルなの。掃除にも魔法を使っていたくらいよ。しかも、どんな魔法なのか呪文を聞いたら『呪文はない』って……」
「どういうことだ? 言っている意味が分からないのだが」
ジェイは動揺している。
それはそうよね。私だってまだ何が起きているかよく分かっていないのだもの。
「私も驚いたのだけど、呪文の詠唱をしないのよ。無詠唱で魔法を使っているの。物語に出てくる賢者様のように!」
「……それは本当か? 無詠唱なんて普通ありえないことだぞ」
「だから相談したのよ。それにその魔法なんだけど、アルが言うにはすごく細かい水の粒をたくさん作って、埃が飛ばないように掃除したらしいの」
「そんな魔法、聞いたことがないぞ」
「私もないわ……魔法の本には書いてないし、私も使えない。普通のウォーターの魔法とは全く違うのよ」
ジェイは絶句してしまった。
それから私とジェイは居間に移動し、アルを連れてきた。アルの魔法をジェイにも見てもらおうと思ったの。
「アル、魔力はちゃんと残っている? 使いすぎると命に関わるから注意してね」
「はい、お母様。疲れてないです。魔力も残っているので、大丈夫です」
あら!? さっきまで気付かなかったけど、アルの金髪の色が薄くなってきている気がする。アルの体から感じる魔力も、ものすごく強くなってる。
一体この子はどうなっちゃうのかしら……
▢ ▢ ▢
水魔法の練習が、お母様にバレてしまった。
怒られるかと思いきや、居間に連れてこられた。そしてお母様から、満面の笑みで言われる。
「アルのお掃除、ママより綺麗になっていて驚いたの。居間でもやってみてくれる?」
な、なんか笑顔が怖いんですが。
俺が悩んでいると、いつの間にか帰ってきていたお父様からも言われる。
「俺もアルの魔法を見てみたいぞ。ずいぶん上達したらしいじゃないか」
今、お父様とお母様がアイコンタクトしたような気がする。なんか変な雰囲気だけど、断る理由もないし、仕方ないか……
俺は勝手にミストと名づけた魔法を発動し、床を掃除する。
あれ? お父様とお母様の反応が予想と違うのだが。
二人とも無言のままで、何も感想を言ってくれない。ここは褒めて伸ばすところですよ! お二人とも!
俺がじっと見つめているのに気付いたのか、慌てた様子でお父様とお母様がコメントしてくる。
「アル、すごいなお前。ママの言う通り、これなら掃除が綺麗にできるわけだ」
「見せてくれてありがとう、アル。明日からも掃除はアルにお願してもいい?」
「はい、喜んで」
笑顔で返事をしたのはいいけど、怪しまれたこともバッチリ伝わってきた。
俺の魔法って、やっぱりチートなのか……?
▢ ▢ ▢
子供たちが寝静まってから、ジェイとソフィアはアルの魔法について話しあった。
アルは見たこともない魔法を、詠唱せずに使いこなしていた。
こんなことは前代未聞だし、きっと誰にも真似できない。レベルでいえば、王宮か魔法院で魔法師の職に就くくらいの実力だ。今でさえそれほどすごいのだから、将来はどうなるのか想像もつかない。
しかも魔法だけではなく剣術も習いたがっている。もしも魔法と剣術、どちらも高レベルで使えるようになれば、物語に出てくる英雄よりも目を引くことになるだろう。
しかし、ともかくアルはまだ六才だ。平穏な生活を送ってほしい。そのためには魔法のことを知られないように守ってやりたい――二人の意見はそう一致したのだった。
▢ ▢ ▢
転生四日目――今日は朝からみんなが出かけてしまった。
お父様はいつものように森へ見まわりに、お母様はサーシャを連れて村の集まりに……俺は相変わらず家で安静にするよう言いつけられているので、大人しく留守番をしている。
暇なので魔法の本をめくりながらボーッとしていると、窓の外が騒がしい。
飼い犬のベスが吠えているようだ。
ベスは真っ白な大型犬だ。フワフワの毛並みで、元の世界でいうとサモエドという犬種に似ている。
うちの庭では鶏を飼っていて、ベスの仕事はその番だ。放し飼いになっているベスは、鶏を狙う野生動物を追い払ってくれる。とはいっても乱暴な性格ではなく、人を噛んだりしない。お利口さんだ。
普段は吠えたりしないのにおかしいな……そう思って、二階の窓から外を覗いてみる。
俺はギョッとして、思わず窓から首をひっこめた。
庭に狼がいる。しかも四匹も。ベスは狼に向かって吠えていたのだ。
狼って、こんな真っ昼間に民家の庭に入ってくるものなのか?
窓から顔だけ出して、じっと様子を窺う。狼はベスを囲むようにしてジリジリと近付いてきていた。
このままではベスが危ない!
そう思って助けに行こうとして、ふと気付く……俺は現在六才児の体だった。
武器になるものはないし、助けるどころか、俺もやられてしまうんじゃないか?
とりあえず階段を駆け下りて一階に向かう。武器になるもの、なんかないかな。
お父様は剣を持っていたけど、武器がしまってある場所なんて知らない。それに俺に大人用の武器が扱えるとも思えない。
ええい、もうしょうがない。ベスのピンチを放っておけるか!
俺は迷いを振りきり、裏庭に続くドアへ向かう。
お母様、ごめんなさい。言いつけは守れませんでした。
ドアノブをまわし、異世界に来て初めて外に出る。
裏口を出たら、家の壁づたい移動する。家の角までたどり着いたところで、陰からそっと覗いてみた。すると、ちょうどベスの背中が見える。
ベスは唸り声をあげて狼を威嚇している。しかし四匹の狼は輪を狭めるようにして、ベスに迫ってくる。
やばい……けれどそう思うのと同時に、なぜかどんどん気持ちが落ち着き、冷静になってきた。
一体俺はどうしたんだ? 恐怖で頭がおかしくなってるのか?
とにかく武器がないのだから、別の方法でなんとかするしかない。
考えを巡らせていると、この世界で最初に使った魔法のことが頭に浮かんだ。あの火の魔法を使えば、狼を追い払うくらいはできるかもしれない。
お母様、ごめんなさい。また言いつけを破ります。
火の魔法を使った時のことを思い出しながら、酸素を集めるイメージをする。
そこでハッと気付いた。確か水素と酸素の化合物に点火すると、大きな反応が起きる。化合物をたくさん集めたらかなりの威力になるはずだから、それを利用して狼たちと戦えるかもしれない。
俺は酸素だけでなく、水素を集めるイメージをする。大気中に水素はほとんど含まれなかった気がするけど、前に水蒸気から水を取り出せたんだからなんとかなるはず……そう思いながら意識を集中し、それが狼たちの前に集まるように操作する。
こんなに距離が離れている相手に向かって魔法を使うのは初めてだ。うまくいく保証はない。
狼たちを見ると、更にベスに近付いていた。今にも飛びかかりそうな勢いだ。
俺は空気を圧縮して高温にし、水素と酸素の化合物に点火する。
ボンッと音がして、小さな爆発が起きた。
狼たちは驚いたように跳び上がり、ベスから距離を取る。
俺は壁の陰でガッツポーズをする。思った通り、水素爆発を起こすことができた。
しかし、狼たちは遠巻きになっただけで、まだベスの方を睨んで唸っている。
もう一度、今度はもっと大きな爆発を起こすしかない。狼たちがさっきより遠くへ行ったので、俺は壁の陰から出て、ベスの前に立った。
急いでもう一度水素と酸素を集めて、化合物を作るイメージをする。
化合物を狼たちの前に動かそうとして、ふと気付く。狼たちがみんな、脅えたように体を縮めている。
なんだ、急にどうしたんだ? もしかして、俺を怖がっているのか?
不思議に思っていると、突然背後から、地面を揺るがすようなすさまじい声がした。
狼たちは一斉に体の向きを変えると、そのまま一目散に走り去っていった。
な、なんだ今のは……俺は振り返って、そのまま動けなくなった。
ベスが見上げるほどの大きさになっている。
俺が巨大なベスを呆然と見つめていると、ベスもハッとした様子で俺を見る。
次の瞬間、ベスは元の大きさに戻っていた。そして「別に何事もありませんでしたよ」みたいな顔でこっちを見上げ、パタパタと尻尾を振っている。
この可愛いフワフワのベスが本当に巨大化したのか……? なんか、夢でも見ていたんじゃないかという気持ちになってきた。
そうだ、ここは異世界だ。異世界の犬は突然巨大化するのかもしれない。お父様やお母様に確認してみたいところだけど……もし俺の白昼夢だったら、怪しまれているのに拍車がかかる気がする。
よし! 夢だったということにしよう!
俺は頑張ってくれたベスをよしよしと撫でてやると、家の中に戻った。
▢ ▢ ▢
アルフレッドの姿が見えなくなったところで、ベスの耳にお説教が飛びこんできた。
《ベス、許可なく大きくなってはいけません! せっかくあなたを飼い犬として送りこんだのに、神獣とバレてしまったらどうするのですか!》
ベスは呆れた様子で、女性の声に応える。
といっても、いつもアルたち家族に接する時のように鳴き声を出したりはしない。その女性と同じように念話を使った。
《えぇ……あなたが『あの方を見守るように』とか言ってぼくを送りこんだんでしょ……だから大きくなって守ってあげたのに。そもそも、こんなまわりくどいことせずに、あなたが自身が人間界に来たらいいんじゃないでしょうか》
ベスがそう反論すると、すぐに焦った彼女の声がベスに聞こえる。
《そ、そ、そんなことはできません……》
ベスの頭には一人で照れている彼女の姿が浮かんだ。
彼女はものすごく恥ずかしがり屋なのだ。アルフレッドのことが気になって仕方ないのに、天界からそっと見守っている。
彼女は地上の出来事に干渉できない。その理由がこの世界がそういう仕組みでできているせいなのか、彼女の性格のせいなのかは、ベスにもよく分からない。
とにかく内気な彼女に代わり、アルフレッドをすぐ側で見守る存在として、ベスが送りこまれたのだ。
ベスが大きくため息を吐いていると、彼女の嬉しそうな声が聞こえてきた。
《それにしても……先ほどの魔法、普通とは違っていましたね。ですが、混合魔法にも当てはまりません》
《へえ~、ぼくには全然分かりませんでした。賢者様みたいに無詠唱だったから、爆裂魔法が使えたんじゃないんです?》
この世界の人々は、魔法を使うために詠唱を必要とする。魔法を一つ発動させるごとに詠唱が必要なので、二つ以上は同時に発動できないのが普通だ。
だが、無詠唱であれば複数の魔法を同時に発動させられる。加えて違う属性の魔法を同時に発動させ、組み合わせることもできる。これが混合魔法といわれるものである。
かつて賢者アールスハインドは、数々の混合魔法を生み出した。火と風の魔法をかけ合わせた爆裂魔法もその一つだ。
一般の魔法師が爆裂魔法のような複数の属性をかけ合わせた魔法を使う時には、何人かの魔法師が別の属性の魔法を詠唱して発動しなければならない。この方法は複合魔法と呼ばれる。複合魔法すら連係が難しいので、上級魔法に区分されている。
しかし、先ほどアルフレッドが使った魔法は、どの魔法とも違っていた。
というのも彼が使う魔法のイメージ方法は、この世界の人々とは根本的に異なっているのだ。かつての賢者ですら、アルフレッドのような発想は持っていなかった。この世界で生きている人には、アルフレッドの魔法の仕組みは理解できないだろう。おそらく、混合魔法として捉えられるはずだ。
彼女は独り言のように呟く。
《自然の理を会得していなければ、あのように魔法を発動することはできません。あの方を転生させるためには、勇者、賢者、聖者の力を与える必要があったとはいえ、この世界に存在しなかった方法で魔法を操るなんて……》
勇者は力や武術、賢者は知識や魔法、聖者は癒しの力を司る存在だ。
彼女は色々な事情があって、全ての力をアルフレッドに与えることで、この世界に転生させた。
そのことが早くも、彼女さえ予期していなかった力の発現につながっているのかもしれない。
これから先もこのようなことが起きるなら、アルフレッドはこの世界の根幹を覆すような存在となる可能性もある……
彼女がアルフレッドの才能に思わずうっとりしていると、ベスが冷静に言う。
《あの……自分の世界に入っていませんか?》
彼女はハッと我に返り、慌ててベスに告げる。
《ベス、あの方を守ってくれてありがとうございます。でもこれからは、許可なく大きくならないようにしてください。なるべく普通の犬っぽくしていてくださいね。お願いします》
《はぁい……》
ベスは諦めたように返事をすると、できるだけ普通の犬らしく地面の上に丸まったのだった。
4 やっとお外へ
転生五日目、俺は家の手伝いをして過ごした。
今日は掃除に加えて、水汲みをお願いされた。といっても、井戸や川から汲んでくるわけではない。どうやら魔法で出した水は飲めるらしい。また一つ勉強になった。
お母様が用意した大きな甕に、ウォーターを使って水を注ぐ。
前よりも水の勢いがよくなっている気がする。
その様子を、お母様とお父様にじっと見つめられてしまった。お二人とも、視線が痛いのですが……
それが終わったところで、今度はサーシャに絵本を読んであげることにした。
絵本は何冊か種類があるようで、サーシャがお気に入りの騎士とお姫様の物語のほかに、別のお話も読み聞かせる。
「この世を統べる女神様は、人の世を守るため、気高き三つを生み出しました。一つは勇者、一つは聖者、一つは賢者。勇者は剣の力、聖者は癒しの力、賢者は魔法の力を与えられました。気高き三つは人の選んだ王を助けました。人は女神様を崇め、幸せに暮らしていました。しかしある時、邪神が現れて人々を襲いました。邪神との戦いで王は片足を失いました。気高き三つは魔大陸に赴き、ドラゴンを倒して秘薬エリクシアを持ち帰りました。秘薬エリクシアの力で、失われた王の足は元に戻りました。こうして人の世は栄え続けました」
なんだかお姫様の絵本とまた毛色が違うな。
これは異世界の神話とか、伝説的なお話なのだろうか。勇者や聖者や賢者、それに女神様が本当にいるなら、まさに憧れのファンタジーの世界だな。
おうちで安静にする今の生活が終わったら、もっとこの世界のことを知りたいものだ。
ワクワクしながら本を閉じると、サーシャはウトウトしていた。
この絵本、三才には少し難しい話だったのかな……と思っているうちに、ついにサーシャは横になって眠ってしまった。サーシャの寝顔はまさに天使のように可愛い。
俺はベッドから毛布を取ってきて、サーシャにかけてやる。すると、昨日の疲れが出たのだろうか。サーシャを見ているうちに俺もだんだん眠くなってしまった。
そして、いつの間にか二人で寝てしまったのだろう。
お母様の「夕食よ」という声で目を覚ました。外を見ると暗くなっている。
俺はサーシャを起こすと、手をつないで一階の食堂に下りていった。
テーブルの上には質素ではあるがおいしそうな料理が並んでいた。パンやサラダ、シチューなどがある。ランプの光がそれを温かく照らしている。
お父様は既にテーブルについていて、サーシャを膝の上に抱きかかえる。俺はその隣に座った。
すると、お母様がいい匂いのする大きな皿を持ってやって来た。そこには何かの鳥の丸焼きが載っていた。
「昨日、パパが猟師さんからいただいた鳥ですよ」
お母様はそう言いながら、手ぎわよく鳥を切り分け、木のお皿に入れて配ってくれる。
いい匂いがして、おいしそうだ。味つけは何だろう?
鳥は皮が少し焦げていて、北京ダックのような光沢があった。
「お母様、これはどうやって作るのですか? 皮の光沢とパリパリした食感が素晴らしくて気になりました。もしかして蜂蜜を使うのかなと思ったのですが、当たっていますか?」
お母様が嬉しそうに手を叩く。
「アル、すごいわ。あなたの言う通りよ」
「蜂蜜を使うと、こんなに綺麗に焼けるんですね」
お母様は癒しの魔法だけじゃなく、料理もうまいんだな。俺が感心しながら鳥の肉を頬張っていると、お父様が楽しそうに尋ねてくる。
「お、アルは料理人を目指すのか?」
お父様の膝に乗せられてご飯を食べさせてもらっていたサーシャも、一生懸命に言う。
「サーシャもお兄ちゃんにご飯作りたい」
サーシャ、なんて兄思いのいい子なんだ……サーシャに料理を作ってもらえる日を楽しみにしているよ。
俺が頭の中でサーシャにいいねを送っていると、お母様がお父様に言う。
「パパ、また材料の鳥をお願いしますね。サーシャもアルも、次はママと作ってみましょう」
「任せておけ、今度は俺が狩ってきてやる。弓も少しは使えるからな……鳥くらいなら狩れるだろう、多分……まあダメだったら、村の猟師に譲ってもらう」
お父様は最初胸を張っていたが、だんだん声が小さくなっていった。
「もうパパったら、そんなに気弱になって」
お母様の言葉に、みんなが笑う。
俺は家族の温かさに包まれ、心の中で「サイコーーー!!」と叫んでいた。
もっと交流を深めたいと思い、お父様に頼んでみる。
「お父様、僕も一度狩りを見てみたいです」
「アル、気持ちは分かるが、もう少し大きくなるまでダメだ。特に最近の森は、動物たちに落ち着きがなくて様子がおかしいんだ。原因が分かるまで、絶対森には近付くなよ」
森の様子がおかしいというのは何度か耳にしているが、この様子だとまだ解決できていないのか。一体、何が起きているんだろう?
俺はとりあえず、元気よくお父様に返事をする。
「はい、お父様。大きくなったらお願いします」
「分かった、約束だ。それまでは剣術を稽古して、体を鍛えような。ママの手伝いも忘れるなよ」
「はい、お父様。努力します」
こうして和やかに食事が進み、料理は綺麗にみんなのお腹の中に収まった。
俺はお母様を手伝い、食卓のお皿を片付けた。
食事が終わると、もうやることがない。俺は自分の部屋に行き、ベッドに座った。
ゲームもパソコンもスマホもな~んにもない、そもそも電気がない。
この世界では暗くなったら寝る、明るくなったら起きるという生活が普通みたいだ。
以前だったら耐えられなかったはずだけど、俺も異世界に慣れてきたのだろう。これが人間の正しい生活なのでは……と思うようになってきたのだった。
▢ ▢ ▢
本日、やっと家の外に出てもいいとお許しが出た。実はもう出てしまっているのはナイショだ。ごめんなさい、お母様。
ただし、外に出られるといっても完全に自由ではない。お母様から言いつけられたことがある。
しばらく運動を控えて大人しくしていること。それと、魔法は人に見られると騒ぎになるので使わないこと。
庭に出ると、いつもより早く帰ってきたジェイの姿があった。
森に迷いこんだ村人を送ってきたついでに、村の様子をパトロールして戻ってきたみたい。
私は慌ててジェイの袖を掴む。
「あなた、アルのことでお話があるの」
ジェイを食堂に連れていくと、ひそひそ声で話す。
「あの子が頭を打ってから、言葉遣いが丁寧になって、お手伝いも進んでしているのは前にも話したでしょう?」
ジェイは落ち着いて答える。
「ああ、ちょっと変わりすぎじゃないかとは思ったが……いい方向に変わったんだから、何も心配することはないだろ? 俺は見守ってやろうと思っている」
「私もあなたと同じように思っていたの。でもね……あの子、もう魔法を使っているのよ」
ジェイがギョッとした様子で、大きな声を出す。
「は!? 本当か? 今まで魔法に興味も示さなかったアルが?」
私は口に人差し指を当てて、ジェイに静かにしてもらう。それから小声で話を続ける。
「そう、それもかなりのレベルなの。掃除にも魔法を使っていたくらいよ。しかも、どんな魔法なのか呪文を聞いたら『呪文はない』って……」
「どういうことだ? 言っている意味が分からないのだが」
ジェイは動揺している。
それはそうよね。私だってまだ何が起きているかよく分かっていないのだもの。
「私も驚いたのだけど、呪文の詠唱をしないのよ。無詠唱で魔法を使っているの。物語に出てくる賢者様のように!」
「……それは本当か? 無詠唱なんて普通ありえないことだぞ」
「だから相談したのよ。それにその魔法なんだけど、アルが言うにはすごく細かい水の粒をたくさん作って、埃が飛ばないように掃除したらしいの」
「そんな魔法、聞いたことがないぞ」
「私もないわ……魔法の本には書いてないし、私も使えない。普通のウォーターの魔法とは全く違うのよ」
ジェイは絶句してしまった。
それから私とジェイは居間に移動し、アルを連れてきた。アルの魔法をジェイにも見てもらおうと思ったの。
「アル、魔力はちゃんと残っている? 使いすぎると命に関わるから注意してね」
「はい、お母様。疲れてないです。魔力も残っているので、大丈夫です」
あら!? さっきまで気付かなかったけど、アルの金髪の色が薄くなってきている気がする。アルの体から感じる魔力も、ものすごく強くなってる。
一体この子はどうなっちゃうのかしら……
▢ ▢ ▢
水魔法の練習が、お母様にバレてしまった。
怒られるかと思いきや、居間に連れてこられた。そしてお母様から、満面の笑みで言われる。
「アルのお掃除、ママより綺麗になっていて驚いたの。居間でもやってみてくれる?」
な、なんか笑顔が怖いんですが。
俺が悩んでいると、いつの間にか帰ってきていたお父様からも言われる。
「俺もアルの魔法を見てみたいぞ。ずいぶん上達したらしいじゃないか」
今、お父様とお母様がアイコンタクトしたような気がする。なんか変な雰囲気だけど、断る理由もないし、仕方ないか……
俺は勝手にミストと名づけた魔法を発動し、床を掃除する。
あれ? お父様とお母様の反応が予想と違うのだが。
二人とも無言のままで、何も感想を言ってくれない。ここは褒めて伸ばすところですよ! お二人とも!
俺がじっと見つめているのに気付いたのか、慌てた様子でお父様とお母様がコメントしてくる。
「アル、すごいなお前。ママの言う通り、これなら掃除が綺麗にできるわけだ」
「見せてくれてありがとう、アル。明日からも掃除はアルにお願してもいい?」
「はい、喜んで」
笑顔で返事をしたのはいいけど、怪しまれたこともバッチリ伝わってきた。
俺の魔法って、やっぱりチートなのか……?
▢ ▢ ▢
子供たちが寝静まってから、ジェイとソフィアはアルの魔法について話しあった。
アルは見たこともない魔法を、詠唱せずに使いこなしていた。
こんなことは前代未聞だし、きっと誰にも真似できない。レベルでいえば、王宮か魔法院で魔法師の職に就くくらいの実力だ。今でさえそれほどすごいのだから、将来はどうなるのか想像もつかない。
しかも魔法だけではなく剣術も習いたがっている。もしも魔法と剣術、どちらも高レベルで使えるようになれば、物語に出てくる英雄よりも目を引くことになるだろう。
しかし、ともかくアルはまだ六才だ。平穏な生活を送ってほしい。そのためには魔法のことを知られないように守ってやりたい――二人の意見はそう一致したのだった。
▢ ▢ ▢
転生四日目――今日は朝からみんなが出かけてしまった。
お父様はいつものように森へ見まわりに、お母様はサーシャを連れて村の集まりに……俺は相変わらず家で安静にするよう言いつけられているので、大人しく留守番をしている。
暇なので魔法の本をめくりながらボーッとしていると、窓の外が騒がしい。
飼い犬のベスが吠えているようだ。
ベスは真っ白な大型犬だ。フワフワの毛並みで、元の世界でいうとサモエドという犬種に似ている。
うちの庭では鶏を飼っていて、ベスの仕事はその番だ。放し飼いになっているベスは、鶏を狙う野生動物を追い払ってくれる。とはいっても乱暴な性格ではなく、人を噛んだりしない。お利口さんだ。
普段は吠えたりしないのにおかしいな……そう思って、二階の窓から外を覗いてみる。
俺はギョッとして、思わず窓から首をひっこめた。
庭に狼がいる。しかも四匹も。ベスは狼に向かって吠えていたのだ。
狼って、こんな真っ昼間に民家の庭に入ってくるものなのか?
窓から顔だけ出して、じっと様子を窺う。狼はベスを囲むようにしてジリジリと近付いてきていた。
このままではベスが危ない!
そう思って助けに行こうとして、ふと気付く……俺は現在六才児の体だった。
武器になるものはないし、助けるどころか、俺もやられてしまうんじゃないか?
とりあえず階段を駆け下りて一階に向かう。武器になるもの、なんかないかな。
お父様は剣を持っていたけど、武器がしまってある場所なんて知らない。それに俺に大人用の武器が扱えるとも思えない。
ええい、もうしょうがない。ベスのピンチを放っておけるか!
俺は迷いを振りきり、裏庭に続くドアへ向かう。
お母様、ごめんなさい。言いつけは守れませんでした。
ドアノブをまわし、異世界に来て初めて外に出る。
裏口を出たら、家の壁づたい移動する。家の角までたどり着いたところで、陰からそっと覗いてみた。すると、ちょうどベスの背中が見える。
ベスは唸り声をあげて狼を威嚇している。しかし四匹の狼は輪を狭めるようにして、ベスに迫ってくる。
やばい……けれどそう思うのと同時に、なぜかどんどん気持ちが落ち着き、冷静になってきた。
一体俺はどうしたんだ? 恐怖で頭がおかしくなってるのか?
とにかく武器がないのだから、別の方法でなんとかするしかない。
考えを巡らせていると、この世界で最初に使った魔法のことが頭に浮かんだ。あの火の魔法を使えば、狼を追い払うくらいはできるかもしれない。
お母様、ごめんなさい。また言いつけを破ります。
火の魔法を使った時のことを思い出しながら、酸素を集めるイメージをする。
そこでハッと気付いた。確か水素と酸素の化合物に点火すると、大きな反応が起きる。化合物をたくさん集めたらかなりの威力になるはずだから、それを利用して狼たちと戦えるかもしれない。
俺は酸素だけでなく、水素を集めるイメージをする。大気中に水素はほとんど含まれなかった気がするけど、前に水蒸気から水を取り出せたんだからなんとかなるはず……そう思いながら意識を集中し、それが狼たちの前に集まるように操作する。
こんなに距離が離れている相手に向かって魔法を使うのは初めてだ。うまくいく保証はない。
狼たちを見ると、更にベスに近付いていた。今にも飛びかかりそうな勢いだ。
俺は空気を圧縮して高温にし、水素と酸素の化合物に点火する。
ボンッと音がして、小さな爆発が起きた。
狼たちは驚いたように跳び上がり、ベスから距離を取る。
俺は壁の陰でガッツポーズをする。思った通り、水素爆発を起こすことができた。
しかし、狼たちは遠巻きになっただけで、まだベスの方を睨んで唸っている。
もう一度、今度はもっと大きな爆発を起こすしかない。狼たちがさっきより遠くへ行ったので、俺は壁の陰から出て、ベスの前に立った。
急いでもう一度水素と酸素を集めて、化合物を作るイメージをする。
化合物を狼たちの前に動かそうとして、ふと気付く。狼たちがみんな、脅えたように体を縮めている。
なんだ、急にどうしたんだ? もしかして、俺を怖がっているのか?
不思議に思っていると、突然背後から、地面を揺るがすようなすさまじい声がした。
狼たちは一斉に体の向きを変えると、そのまま一目散に走り去っていった。
な、なんだ今のは……俺は振り返って、そのまま動けなくなった。
ベスが見上げるほどの大きさになっている。
俺が巨大なベスを呆然と見つめていると、ベスもハッとした様子で俺を見る。
次の瞬間、ベスは元の大きさに戻っていた。そして「別に何事もありませんでしたよ」みたいな顔でこっちを見上げ、パタパタと尻尾を振っている。
この可愛いフワフワのベスが本当に巨大化したのか……? なんか、夢でも見ていたんじゃないかという気持ちになってきた。
そうだ、ここは異世界だ。異世界の犬は突然巨大化するのかもしれない。お父様やお母様に確認してみたいところだけど……もし俺の白昼夢だったら、怪しまれているのに拍車がかかる気がする。
よし! 夢だったということにしよう!
俺は頑張ってくれたベスをよしよしと撫でてやると、家の中に戻った。
▢ ▢ ▢
アルフレッドの姿が見えなくなったところで、ベスの耳にお説教が飛びこんできた。
《ベス、許可なく大きくなってはいけません! せっかくあなたを飼い犬として送りこんだのに、神獣とバレてしまったらどうするのですか!》
ベスは呆れた様子で、女性の声に応える。
といっても、いつもアルたち家族に接する時のように鳴き声を出したりはしない。その女性と同じように念話を使った。
《えぇ……あなたが『あの方を見守るように』とか言ってぼくを送りこんだんでしょ……だから大きくなって守ってあげたのに。そもそも、こんなまわりくどいことせずに、あなたが自身が人間界に来たらいいんじゃないでしょうか》
ベスがそう反論すると、すぐに焦った彼女の声がベスに聞こえる。
《そ、そ、そんなことはできません……》
ベスの頭には一人で照れている彼女の姿が浮かんだ。
彼女はものすごく恥ずかしがり屋なのだ。アルフレッドのことが気になって仕方ないのに、天界からそっと見守っている。
彼女は地上の出来事に干渉できない。その理由がこの世界がそういう仕組みでできているせいなのか、彼女の性格のせいなのかは、ベスにもよく分からない。
とにかく内気な彼女に代わり、アルフレッドをすぐ側で見守る存在として、ベスが送りこまれたのだ。
ベスが大きくため息を吐いていると、彼女の嬉しそうな声が聞こえてきた。
《それにしても……先ほどの魔法、普通とは違っていましたね。ですが、混合魔法にも当てはまりません》
《へえ~、ぼくには全然分かりませんでした。賢者様みたいに無詠唱だったから、爆裂魔法が使えたんじゃないんです?》
この世界の人々は、魔法を使うために詠唱を必要とする。魔法を一つ発動させるごとに詠唱が必要なので、二つ以上は同時に発動できないのが普通だ。
だが、無詠唱であれば複数の魔法を同時に発動させられる。加えて違う属性の魔法を同時に発動させ、組み合わせることもできる。これが混合魔法といわれるものである。
かつて賢者アールスハインドは、数々の混合魔法を生み出した。火と風の魔法をかけ合わせた爆裂魔法もその一つだ。
一般の魔法師が爆裂魔法のような複数の属性をかけ合わせた魔法を使う時には、何人かの魔法師が別の属性の魔法を詠唱して発動しなければならない。この方法は複合魔法と呼ばれる。複合魔法すら連係が難しいので、上級魔法に区分されている。
しかし、先ほどアルフレッドが使った魔法は、どの魔法とも違っていた。
というのも彼が使う魔法のイメージ方法は、この世界の人々とは根本的に異なっているのだ。かつての賢者ですら、アルフレッドのような発想は持っていなかった。この世界で生きている人には、アルフレッドの魔法の仕組みは理解できないだろう。おそらく、混合魔法として捉えられるはずだ。
彼女は独り言のように呟く。
《自然の理を会得していなければ、あのように魔法を発動することはできません。あの方を転生させるためには、勇者、賢者、聖者の力を与える必要があったとはいえ、この世界に存在しなかった方法で魔法を操るなんて……》
勇者は力や武術、賢者は知識や魔法、聖者は癒しの力を司る存在だ。
彼女は色々な事情があって、全ての力をアルフレッドに与えることで、この世界に転生させた。
そのことが早くも、彼女さえ予期していなかった力の発現につながっているのかもしれない。
これから先もこのようなことが起きるなら、アルフレッドはこの世界の根幹を覆すような存在となる可能性もある……
彼女がアルフレッドの才能に思わずうっとりしていると、ベスが冷静に言う。
《あの……自分の世界に入っていませんか?》
彼女はハッと我に返り、慌ててベスに告げる。
《ベス、あの方を守ってくれてありがとうございます。でもこれからは、許可なく大きくならないようにしてください。なるべく普通の犬っぽくしていてくださいね。お願いします》
《はぁい……》
ベスは諦めたように返事をすると、できるだけ普通の犬らしく地面の上に丸まったのだった。
4 やっとお外へ
転生五日目、俺は家の手伝いをして過ごした。
今日は掃除に加えて、水汲みをお願いされた。といっても、井戸や川から汲んでくるわけではない。どうやら魔法で出した水は飲めるらしい。また一つ勉強になった。
お母様が用意した大きな甕に、ウォーターを使って水を注ぐ。
前よりも水の勢いがよくなっている気がする。
その様子を、お母様とお父様にじっと見つめられてしまった。お二人とも、視線が痛いのですが……
それが終わったところで、今度はサーシャに絵本を読んであげることにした。
絵本は何冊か種類があるようで、サーシャがお気に入りの騎士とお姫様の物語のほかに、別のお話も読み聞かせる。
「この世を統べる女神様は、人の世を守るため、気高き三つを生み出しました。一つは勇者、一つは聖者、一つは賢者。勇者は剣の力、聖者は癒しの力、賢者は魔法の力を与えられました。気高き三つは人の選んだ王を助けました。人は女神様を崇め、幸せに暮らしていました。しかしある時、邪神が現れて人々を襲いました。邪神との戦いで王は片足を失いました。気高き三つは魔大陸に赴き、ドラゴンを倒して秘薬エリクシアを持ち帰りました。秘薬エリクシアの力で、失われた王の足は元に戻りました。こうして人の世は栄え続けました」
なんだかお姫様の絵本とまた毛色が違うな。
これは異世界の神話とか、伝説的なお話なのだろうか。勇者や聖者や賢者、それに女神様が本当にいるなら、まさに憧れのファンタジーの世界だな。
おうちで安静にする今の生活が終わったら、もっとこの世界のことを知りたいものだ。
ワクワクしながら本を閉じると、サーシャはウトウトしていた。
この絵本、三才には少し難しい話だったのかな……と思っているうちに、ついにサーシャは横になって眠ってしまった。サーシャの寝顔はまさに天使のように可愛い。
俺はベッドから毛布を取ってきて、サーシャにかけてやる。すると、昨日の疲れが出たのだろうか。サーシャを見ているうちに俺もだんだん眠くなってしまった。
そして、いつの間にか二人で寝てしまったのだろう。
お母様の「夕食よ」という声で目を覚ました。外を見ると暗くなっている。
俺はサーシャを起こすと、手をつないで一階の食堂に下りていった。
テーブルの上には質素ではあるがおいしそうな料理が並んでいた。パンやサラダ、シチューなどがある。ランプの光がそれを温かく照らしている。
お父様は既にテーブルについていて、サーシャを膝の上に抱きかかえる。俺はその隣に座った。
すると、お母様がいい匂いのする大きな皿を持ってやって来た。そこには何かの鳥の丸焼きが載っていた。
「昨日、パパが猟師さんからいただいた鳥ですよ」
お母様はそう言いながら、手ぎわよく鳥を切り分け、木のお皿に入れて配ってくれる。
いい匂いがして、おいしそうだ。味つけは何だろう?
鳥は皮が少し焦げていて、北京ダックのような光沢があった。
「お母様、これはどうやって作るのですか? 皮の光沢とパリパリした食感が素晴らしくて気になりました。もしかして蜂蜜を使うのかなと思ったのですが、当たっていますか?」
お母様が嬉しそうに手を叩く。
「アル、すごいわ。あなたの言う通りよ」
「蜂蜜を使うと、こんなに綺麗に焼けるんですね」
お母様は癒しの魔法だけじゃなく、料理もうまいんだな。俺が感心しながら鳥の肉を頬張っていると、お父様が楽しそうに尋ねてくる。
「お、アルは料理人を目指すのか?」
お父様の膝に乗せられてご飯を食べさせてもらっていたサーシャも、一生懸命に言う。
「サーシャもお兄ちゃんにご飯作りたい」
サーシャ、なんて兄思いのいい子なんだ……サーシャに料理を作ってもらえる日を楽しみにしているよ。
俺が頭の中でサーシャにいいねを送っていると、お母様がお父様に言う。
「パパ、また材料の鳥をお願いしますね。サーシャもアルも、次はママと作ってみましょう」
「任せておけ、今度は俺が狩ってきてやる。弓も少しは使えるからな……鳥くらいなら狩れるだろう、多分……まあダメだったら、村の猟師に譲ってもらう」
お父様は最初胸を張っていたが、だんだん声が小さくなっていった。
「もうパパったら、そんなに気弱になって」
お母様の言葉に、みんなが笑う。
俺は家族の温かさに包まれ、心の中で「サイコーーー!!」と叫んでいた。
もっと交流を深めたいと思い、お父様に頼んでみる。
「お父様、僕も一度狩りを見てみたいです」
「アル、気持ちは分かるが、もう少し大きくなるまでダメだ。特に最近の森は、動物たちに落ち着きがなくて様子がおかしいんだ。原因が分かるまで、絶対森には近付くなよ」
森の様子がおかしいというのは何度か耳にしているが、この様子だとまだ解決できていないのか。一体、何が起きているんだろう?
俺はとりあえず、元気よくお父様に返事をする。
「はい、お父様。大きくなったらお願いします」
「分かった、約束だ。それまでは剣術を稽古して、体を鍛えような。ママの手伝いも忘れるなよ」
「はい、お父様。努力します」
こうして和やかに食事が進み、料理は綺麗にみんなのお腹の中に収まった。
俺はお母様を手伝い、食卓のお皿を片付けた。
食事が終わると、もうやることがない。俺は自分の部屋に行き、ベッドに座った。
ゲームもパソコンもスマホもな~んにもない、そもそも電気がない。
この世界では暗くなったら寝る、明るくなったら起きるという生活が普通みたいだ。
以前だったら耐えられなかったはずだけど、俺も異世界に慣れてきたのだろう。これが人間の正しい生活なのでは……と思うようになってきたのだった。
▢ ▢ ▢
本日、やっと家の外に出てもいいとお許しが出た。実はもう出てしまっているのはナイショだ。ごめんなさい、お母様。
ただし、外に出られるといっても完全に自由ではない。お母様から言いつけられたことがある。
しばらく運動を控えて大人しくしていること。それと、魔法は人に見られると騒ぎになるので使わないこと。
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