銀河鉄道の夜に優しい君と恋をする

三月菫

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5話 連絡先交換

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 駅までたどり着いた俺たちは、周囲の忙しげな人たちの波にのり、改札を通ってホームに下りていく。

「最寄駅も一緒なんてすごい偶然だね」
「うん、ほんとに」
 
 お互いの降りる駅が一緒だということが分かったので、俺たちは同じ電車に乗ることになった。

 ホームに下りると同時に電車が到着したので、人波に乗りながら車内に乗り込む。
 
 俺たちが乗った電車は都内方面からの下り電車。
 ちょうど今は帰宅ラッシュの時間帯なので、車内は家路いえじに着く学生やサラリーマンでそれなりに混雑こんざつしている。
 空席はなかったので、俺と優木坂さんは吊り革に捕まりながら、隣り合って立つことにした。
 
 電車が動き出してからも、優木坂さんとの会話は尽きることはなかった。

 まず話題は優木坂さんの成績のことから始まった。

「優木坂さん、この前の中間テストでクラス一位だったよね。学年でも一ケタだったし、スゲーよなぁ」

 そう、俺が彼女のフルネームをしっかりと覚えていたのは、教室での席が隣というのもあるけど、つい先日実施した中間テストの結果の印象が大きかった。
 
「ありがとう。でもあの結果は出来過ぎだったよ。もちろん勉強はしたけどね、運が良かったんだと思う」

 優木坂さんは結果におごることなくひかえめに微笑むだけだ。
 
「俺には逆立ちしたってクラス一位なんて無理だな。ていうか高校になっていきなり勉強のレベルが難しくなりすぎじゃない」

 ちなみに俺の成績は、今のところ中の下くらい。
 中学まではそれなりに勉強は出来たほうだったけれど、うちの高校は進学校ということもあってか、勉強の難度が一気に跳ね上がった気がするのだ。
 このまま何もしないと、おそらく俺の成績は下降の一途を辿たどるだけだろう。

「はぁ、今から期末テストがユーウツだなぁ……」
「ちゃんと毎日の授業の予習復習をしないとね」
「あ、さすがはクラス一位。優等生っぽい発言いただきました」
「もう、からかわないでよ……」
「あはは、ごめん」

 優木坂さんがちょっと恥ずかしそうにしたところで、勉強の話題は終了。次の話題に移る。

「え、じゃあ青井くん毎日自炊してるの?」
「うん、姉が全然家事をやらない人間だから、自然と料理も含めて、家事全般は俺の担当になっちゃった」

 まぁ、そのかわり、姉さんには食費やら諸々もろもろの生活費を出してもらっているけど。
 それでも優木坂さんはえらく感心したようで、目を丸くして俺の方を見つめた。
 
「エラいなぁ。わたしなんてお母さんに任せっきりだ」
「あーでも、自炊っつっても、そんな大したもんじゃないよ。レトルトの日も多いし、冷食れいしょくもバンバン使うしね」
「それでもすごいよ。料理をして、洗濯とか身の回りのことも全部自分でやって、わたしも見習わなきゃだなぁ」
「ありがとう……」

 自炊の話もひと段落し、次の話題へと移った。

「青井くんは中学のときは何か部活はやってたの?」
「ううん、特に何も。帰宅部だったよ」
「あ、私と一緒だ」
「そうなんだ。じゃあ放課後はすぐ家に帰る感じ?」
「ううん、部活は入ってなかったけど、ずっと図書委員だったの。だから放課後はいつも図書室にいたよ」
「へえ、図書委員か」

 俺は頭の中で図書室のカウンターで頬杖ほおづえをついている優木坂さんを想像してみた。うん、可憐かれんな文学少女って感じで、なかなか絵になる気がした。

「高校ではやらないの? 図書委員。たしかうちの高校ってそういうの希望制じゃなかったっけ」
「うん、今のところは。入学してすぐの時は結構迷ったんだけどね。だけど、読書は家でもできるし。高校では色々と新しいことをやってみたいなって思ってたから」
「新しいことって?」
「えーと、それを探すこともコミで。今は絶賛探し中です」

 俺の問いかけに優木坂さんは、はにかみながらそう答えた。
 
「ちなみに青井くんは本は読む人……?」
「うーん、読まないことはないけど。まあラノベとか、マンガとか」
「あ、私もマンガもラノベも結構読むよ」
「え、マジで? 例えばどんなの?」
「えっとね――」

 彼女の口からいろいろな本のタイトルが飛び出た。
 ラノベはラブコメから異世界ファンタジーものまで幅広い。
 マンガも少女漫画、少年漫画、青年漫画、メジャーなものから俺も名前を知らないようなマイナーなものまで。
 彼女は本当に読書好きで、ジャンルの垣根かきねなく幅広く色々な本を読むらしかった。
 本のことを話すときは笑顔があふれ、表情がイキイキとしている。

「え、優木坂さん。あの漫画、全シリーズ読んだの?」
「もちろん。一部から八部まで全部読みましたよ」
「マジか。俺は六部で止まっちゃってるよ。ていうか、女の子ってあのテの絵柄の漫画読むんだ……」
「ちなみに私的にはダントツで四部が好き。ついで二部かな~」
「あーわかる。俺は五部が一番好きだけど、その次は四部か二部だなぁ」
「あー五部ねぇ。五部はリーダーがかっこよ過ぎてそれも推せるんだよね~」
「ああ、確かにかっこいいねぇ――」
 
 そんな話をしているうちに、気がつくと電車は最寄駅に到着していた。
 電車での移動時間は十五分くらいだけど、体感ではあっという間だった。
 それは優木坂さんの方も一緒だったみたいで、二人して降り過ごしそうになってしまい、ドアが閉じる間際まぎわに慌てて降りる羽目はめになった。

 ***

 改札を出て、俺たちは駅前のロータリー広場におり立つ。
 住宅街にある小さな駅なので、ロータリー広場もこじんまりとしており、周りにはバス停にベンチ、それにコンビニと小さなパン屋があるだけだ。

 俺の住むマンションはここから一〇分くらい歩いたところにある。
 優木坂さんの家は、俺の家とは反対方向とのことだったので、ここでお別れすることになった。

「今日はありがとう。青井くん、すごく話しやすくてびっくりしちゃった」
「うん、俺も。高校に入ってから、こんなに話したのは初めてだよ。楽しかった」

 本心だった。
 今までクラスメイトとまともに会話をしてこなかった俺が、女子相手にここまで話が弾むなんて思ってもみなかった。
 最初のうちは多少は気を遣っていたけれど、いつのまにか自然体で、優木坂さんと楽しく会話している自分がいた。

 俺の言葉を受けて、優木坂さんは嬉しそうに笑う。
 
「青井くん、タイミングが合ったときはまた一緒に帰ろ?」
「こちらこそ、よろこんで」
「ふふ、ありがと」

 そこで会話が一区切りして、しばしの沈黙が二人の間に流れた。

「青井くん、あのさ――」
「ん?」

 その沈黙を破り、優木坂さんが口を開いた。
 そして少しモジモジしてから、かばんの中から自分のスマホを取り出すと、意を決したような様子で、俺に向かって差し出した。

「もしよかったら……連絡先、交換……しませんか」
「え?」

 思いもよらない優木坂さんの提案に、思わず聞き返してしまった。
 
「その……私の周りに本好きの友達あんまりいなくて。青井くんが嫌じゃなければ、本の話とか色々できる友達になれれば嬉しいなって――」
「友達……俺と……?」

 俺はほうけたように、反芻はんすうした。

「ダメ……かな?」
 
 そんな俺の反応を見て、不安げな表情で俺の顔をのぞきこむ優木坂さん。

 まず俺の脳裏のうりをよぎったのは、何かのドッキリか、それとも優木坂さんが何らかの罰ゲームで俺とこうしているんじゃないかという可能性だった。

 思わずシュバババッと周囲を確認してしまう。
 もちろん、周りに人の姿はなく、カメラや隠し撮りをしているような人もいなかった。

「青井くん?」
「はっ。ゴ、ゴメン!」

 優木坂さんに声をかけられてハッと俺は我に帰る。
 というか、なんて失礼な発想をしていたのだ。
 優しい彼女がそんな人をおとしいれるようなマネをするわけないじゃないか。我ながらネガティブ思考すぎてイヤになる。

「その、本を読むって言っても、漫画とラノベばっかりだけど……いいの?」
「全然いいよっ!」
「じゃあ……俺なんかでよければ……」
「ホント? ありがとう!」
 
 俺が了承すると、優木坂さんは満面の笑みを浮かべた。

「はい、これ。わたしのID」

 俺は優木坂さんから差し出されたスマホを預かって、自分のスマホを操作する。
 
「えっと、【友だち検索】で、IDを入れて……」

 ぼっちらしくメッセージアプリの操作に慣れていないのでその操作に四苦八苦しくはっくしてしまう。

「青井くん、お父さんみたい」
「あははは……面目ない」
 
 そうこうしながら、やっとメッセージアプリの友だち登録が完了して、登録リストに優木坂さんのアイコンが表示された。アイコンは三毛猫の写真だ。飼い猫なのだろうか。
 
「よし、できた。ありがとう優木坂さん」

 俺は優木坂さんにスマホを返した。

「じゃあ俺がスタンプ送るね」
「うんっ」

 リストから優木坂さんを選択して、無難な【よろしく】スタンプを送信してみる。
 すると、ピコンッと優木坂さんのスマホから通知音がした。

「ちゃんと届いたよ!」
「オッケー、これからよろしくね」
「うん! へへ、やった……」

 嬉しそうな顔で優木坂さんが笑う。その笑顔につられて俺も思わずほおゆるむ。

「それじゃあ、また明日。学校でね」
「うん、じゃあね」

 お互いに挨拶を交わしてからきびすを返す。
 少し歩き出したところで、後ろ髪を引かれるように、一度振り返ると、優木坂さんはまだこちらを見送ってくれて、胸元で手を振ってくれていた。
 それに手を振り返しつつ、俺は再び前を向いて、自宅へと足を向けた。

 そして、そっと自分のほおをつねってみる。

「いて――」

 どうやら昨日の夢の続きを見ているわけではなさそうだった。
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