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14話 姉と弟
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俺は自宅の居間にて、ダイニングテーブルに座っていた。
「いや、だからさっきから何回も言ってるとおり、彼女じゃないから」
「えー、そうなのー?」
「優木坂さんはクラスメイトで、ただの友だちだよ。今日ご飯を一緒に食べたのも成り行きというか、たまたまだから」
「放課後デートじゃなくて?」
「違うっていってんだろ!」
目の前には片手に缶ビールを持ち、もう一方の手で頬杖をつきながら、ニコニコと満面の笑みを浮かべている姉さんが座っている。
テーブルの上には、先程コンビニで買ってきたポテトチップスとさきイカが広げてあって、隅っこには缶ビールの空き缶が三本ほど並べられていた。
もちろん未成年の俺はアルコールの類は一滴も飲んでいない。
つまりこの姉、既に四本目のビールに突入しているのだ。
「ていうか、姉さん。なんで駅まで来たの?」
さきいかを一切れ口に放り投げてから、俺は姉さんに訊ねた。
「だって陰キャでぼっちで高校に入ってからロクに友だちの一人もできなくて『姉さん、友だちってどうやって作ればいいのかな』なんて涙を誘う質問をしてきた弟から、友だちとご飯を食べてきたなんてメッセージをもらったら、お姉ちゃんとしては祝い酒を飲まないわけにはいかないじゃない。家にお酒がなかったから、あははは」
「そんな相談してねえ! 勝手に捏造すんな!」
「あ、そうだっけ? にゃはははは。友達からの相談だったかなー? ほら、私友達いっぱいだしー。モテモテだしー?」
酒を飲みながら自画自賛するその姿にはなんの説得力もなかったが、あながちその発言は間違っていなかった。
この姉、家の中ではマイペースでずぼらで酒好きで干物女で、俺のことをいじることを生きがいとしているような、どうしようもない生命体なのだが、家の外では完全に別人のように振る舞っている。
外面がよく、社交的で明るく誰からも好かれる人気者といった感じのキャラをカンペキに演じているのだ。
そもそも、外見からして俺とはレベルが違うのだ。
母親譲りのウェーブがかった亜麻色ロングヘアに、ぱっちり二重に縁取られた大きな瞳。身長は平均的だがスタイルもよく、すらっとしている。滅びろ!
「でも、まさかその友だちが女の子だとは思わなかったなぁ~。お姉ちゃんびっくり」
俺の内心など梅雨知らず、ぐびぐびと音を立てて、姉さんは勢いよくビールを煽った。
「優木坂ちゃん――だっけ? 下の名前は何ていうの?」
「詠さんだよ」
「じゃあヨミちゃんね。ヨミちゃんとはどこで知り合ったのさ」
「さっきも言ったけどクラスメイトなんだ。偶然教室の掃除を一緒にすることになって、それキッカケで仲良くなって……」
「ほうほう、青春ですなぁ」
ニヤリと笑って、姉さんは再び缶ビールを傾ける。
「確かに最近のアンタ、家でスマホを弄りながらニヤニヤしてるから、何かあるな~と思ってたけど、まさかあんな可愛い子にツバつけてるなんて、ぼっちのくせになかなか隅におけないのねぇ」
「だ、だから優木坂さんとは別にそんなんじゃないって!」
顔がカッと熱くなるのを感じて、俺は思わず語気を強めてしまった。
優木坂さんとは今のところただのクラスメイトであってそれ以上でもそれ以下でもないのだ。
それなのに、あんまり冷やかされると変に意識してしまう。せっかく友だちになれたのに、それでギクシャクしたらどうしてくれるんだ。
ていうか、俺家でニヤニヤしてた? マジで?
しかし、そんか俺の反応を見て姉さんはますます嬉しそうな表情になった。
「あれれぇ? 顔赤くなっちゃってますよぉ~」
ウゼえ……
俺は心の中で呟く。
「ぷるぷる。僕はウザいスライムじゃないよー」
あ、声に出てた。
とにかく、こういうときの姉さんは非常に面倒くさくなることを、俺は今までの経験則で知っていた。
ブルルッ。
そのとき、テーブルのうえに置いておいた俺のスマホが震えた。
こんな時間に俺に連絡を寄越してくれるのはたった一人。
「おっと、早速ヨミちゃんから?」
姉は空になった四本目のビールをくしゃりと潰した後、五本目のビールに手を伸ばした。
そんな姉には取り合わず、俺はスマホを手に取り、画面に目を通す。
予想どおり、メッセージは優木坂さんからだった。
優木坂:(家着いた?)
優木坂:(今日は楽しかったね。また一緒にご飯食べようね!)
優木坂:(お姉さんはちゃんとご飯食べてた?)
この場合はどう返信したらいいんだろう。
スマホを操作する手がはたと止まる。
正直に、姉なら俺の目の前で優木坂さんの話をつまみにしながらビールをしこたま飲んでるよ、と写真付きで返信したほうがいいだろうか。いや、いいわけがないな。
青井:(俺も楽しかったよ。また食べよう)
青井:(姉は今ご飯中。結局自分では用意してなかったw)
結局ウソにならない程度に無難な返信をしておいた。
「ヨミちゃんはなんだって?」
姉さんが訪ねてきた。
「別に……家に着いたことの確認とか、あと帰り道に姉さんの話をちょっとだけしたから、姉さんはどうしてるとか……」
「いやーん、わたしのことも気にかけてくれるなんて、優しい子じゃない。さすがぼっちの弟の友だちだけあって、できた女の子ね」
一言余計な気がするが、優木坂さんのことを褒めてくれるのは、俺としても悪い気はしない。
「まぁ、フツーに良い子だよ。友だちも多いし、そうかと思えば俺みたいな陰キャとも分け隔てなく接してくれてるし」
「ふぅ~ん、そっかそっか……」
「そういえば……優木坂さんに姉さんの話をしたとき、姉さんと一度会ってみたいなって言ってたなぁ」
「ほう、私と……?」
「うん。まぁ、社交辞令だと思うけど……さ。あの、姉さん……?」
「ふーん、へえ~、ほうほうほうほう……」
俺としては何気ない話題を選んだつもりだったが、姉さんの受け取り方は違ったらしい。
俺の言葉を耳にした瞬間、姉さんの口角が見る見るうちに吊り上がっていく。
まるで悪魔のようなその表情を見て背筋にゾクリと悪寒が走るのを感じた。
姉さんのこの表情はやばい。
なにか悪企みを思いついて、盛り上がってきたときに見せる表情だ。
そして、その盛り上がりが頂点に達した時、俺に姉さんを止める術は――
「ねえねえ、夜空。ヨミちゃんのこと家に招きなよ。わたし一度会ってみたい」
予想通り、姉はとんでもないことを言い出した。
「いや、だからさっきから何回も言ってるとおり、彼女じゃないから」
「えー、そうなのー?」
「優木坂さんはクラスメイトで、ただの友だちだよ。今日ご飯を一緒に食べたのも成り行きというか、たまたまだから」
「放課後デートじゃなくて?」
「違うっていってんだろ!」
目の前には片手に缶ビールを持ち、もう一方の手で頬杖をつきながら、ニコニコと満面の笑みを浮かべている姉さんが座っている。
テーブルの上には、先程コンビニで買ってきたポテトチップスとさきイカが広げてあって、隅っこには缶ビールの空き缶が三本ほど並べられていた。
もちろん未成年の俺はアルコールの類は一滴も飲んでいない。
つまりこの姉、既に四本目のビールに突入しているのだ。
「ていうか、姉さん。なんで駅まで来たの?」
さきいかを一切れ口に放り投げてから、俺は姉さんに訊ねた。
「だって陰キャでぼっちで高校に入ってからロクに友だちの一人もできなくて『姉さん、友だちってどうやって作ればいいのかな』なんて涙を誘う質問をしてきた弟から、友だちとご飯を食べてきたなんてメッセージをもらったら、お姉ちゃんとしては祝い酒を飲まないわけにはいかないじゃない。家にお酒がなかったから、あははは」
「そんな相談してねえ! 勝手に捏造すんな!」
「あ、そうだっけ? にゃはははは。友達からの相談だったかなー? ほら、私友達いっぱいだしー。モテモテだしー?」
酒を飲みながら自画自賛するその姿にはなんの説得力もなかったが、あながちその発言は間違っていなかった。
この姉、家の中ではマイペースでずぼらで酒好きで干物女で、俺のことをいじることを生きがいとしているような、どうしようもない生命体なのだが、家の外では完全に別人のように振る舞っている。
外面がよく、社交的で明るく誰からも好かれる人気者といった感じのキャラをカンペキに演じているのだ。
そもそも、外見からして俺とはレベルが違うのだ。
母親譲りのウェーブがかった亜麻色ロングヘアに、ぱっちり二重に縁取られた大きな瞳。身長は平均的だがスタイルもよく、すらっとしている。滅びろ!
「でも、まさかその友だちが女の子だとは思わなかったなぁ~。お姉ちゃんびっくり」
俺の内心など梅雨知らず、ぐびぐびと音を立てて、姉さんは勢いよくビールを煽った。
「優木坂ちゃん――だっけ? 下の名前は何ていうの?」
「詠さんだよ」
「じゃあヨミちゃんね。ヨミちゃんとはどこで知り合ったのさ」
「さっきも言ったけどクラスメイトなんだ。偶然教室の掃除を一緒にすることになって、それキッカケで仲良くなって……」
「ほうほう、青春ですなぁ」
ニヤリと笑って、姉さんは再び缶ビールを傾ける。
「確かに最近のアンタ、家でスマホを弄りながらニヤニヤしてるから、何かあるな~と思ってたけど、まさかあんな可愛い子にツバつけてるなんて、ぼっちのくせになかなか隅におけないのねぇ」
「だ、だから優木坂さんとは別にそんなんじゃないって!」
顔がカッと熱くなるのを感じて、俺は思わず語気を強めてしまった。
優木坂さんとは今のところただのクラスメイトであってそれ以上でもそれ以下でもないのだ。
それなのに、あんまり冷やかされると変に意識してしまう。せっかく友だちになれたのに、それでギクシャクしたらどうしてくれるんだ。
ていうか、俺家でニヤニヤしてた? マジで?
しかし、そんか俺の反応を見て姉さんはますます嬉しそうな表情になった。
「あれれぇ? 顔赤くなっちゃってますよぉ~」
ウゼえ……
俺は心の中で呟く。
「ぷるぷる。僕はウザいスライムじゃないよー」
あ、声に出てた。
とにかく、こういうときの姉さんは非常に面倒くさくなることを、俺は今までの経験則で知っていた。
ブルルッ。
そのとき、テーブルのうえに置いておいた俺のスマホが震えた。
こんな時間に俺に連絡を寄越してくれるのはたった一人。
「おっと、早速ヨミちゃんから?」
姉は空になった四本目のビールをくしゃりと潰した後、五本目のビールに手を伸ばした。
そんな姉には取り合わず、俺はスマホを手に取り、画面に目を通す。
予想どおり、メッセージは優木坂さんからだった。
優木坂:(家着いた?)
優木坂:(今日は楽しかったね。また一緒にご飯食べようね!)
優木坂:(お姉さんはちゃんとご飯食べてた?)
この場合はどう返信したらいいんだろう。
スマホを操作する手がはたと止まる。
正直に、姉なら俺の目の前で優木坂さんの話をつまみにしながらビールをしこたま飲んでるよ、と写真付きで返信したほうがいいだろうか。いや、いいわけがないな。
青井:(俺も楽しかったよ。また食べよう)
青井:(姉は今ご飯中。結局自分では用意してなかったw)
結局ウソにならない程度に無難な返信をしておいた。
「ヨミちゃんはなんだって?」
姉さんが訪ねてきた。
「別に……家に着いたことの確認とか、あと帰り道に姉さんの話をちょっとだけしたから、姉さんはどうしてるとか……」
「いやーん、わたしのことも気にかけてくれるなんて、優しい子じゃない。さすがぼっちの弟の友だちだけあって、できた女の子ね」
一言余計な気がするが、優木坂さんのことを褒めてくれるのは、俺としても悪い気はしない。
「まぁ、フツーに良い子だよ。友だちも多いし、そうかと思えば俺みたいな陰キャとも分け隔てなく接してくれてるし」
「ふぅ~ん、そっかそっか……」
「そういえば……優木坂さんに姉さんの話をしたとき、姉さんと一度会ってみたいなって言ってたなぁ」
「ほう、私と……?」
「うん。まぁ、社交辞令だと思うけど……さ。あの、姉さん……?」
「ふーん、へえ~、ほうほうほうほう……」
俺としては何気ない話題を選んだつもりだったが、姉さんの受け取り方は違ったらしい。
俺の言葉を耳にした瞬間、姉さんの口角が見る見るうちに吊り上がっていく。
まるで悪魔のようなその表情を見て背筋にゾクリと悪寒が走るのを感じた。
姉さんのこの表情はやばい。
なにか悪企みを思いついて、盛り上がってきたときに見せる表情だ。
そして、その盛り上がりが頂点に達した時、俺に姉さんを止める術は――
「ねえねえ、夜空。ヨミちゃんのこと家に招きなよ。わたし一度会ってみたい」
予想通り、姉はとんでもないことを言い出した。
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