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19話 帰り道に

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 俺と優木坂さんは、街灯と民家の窓からもれる灯りがぽつぽつと照らす夜道を、二人並んで歩いていた。
 六月に入ってから、日中は暑さを感じるような日が増えてきたけど、夜はまだ少し肌寒さを感じる。
 それは優木坂さんも同じなのか、並んで歩く俺たち二人の距離は、自然といつもより近くなっているような気がした。
 俺は優木坂さんの歩くペースに合わせて、いつもよりゆっくりと歩く。

「青井くん、今日は本当にありがとうね。すっごく楽しかったよ」

 隣を歩く優木坂さんが、ふとそんなことを言った。
 その言葉につられて、優木坂さんに視線を移すと、その時ちょうど吹いた夜風が、彼女の髪をふわりと揺らす。
 俺が優木坂さんに言葉を返す前に、彼女はさらに続けた。

「その……高校生になったらやってみたかったこと。今日一日で色々と叶っちゃった」
「やってみたかったことって?」
「えっと……休日に友達と遊ぶってこと。あと、友達のおうちに遊びにいくでしょ。ふふ、ピザパーティーもずっとやってみたかったんだ」

 優木坂さんは指折りしながら嬉しそうに語る。

「あとは――」
「あとは?」

 俺が続きを促すように聞き返すと、優木坂さんは少し言いよどむようにうつむいてから、はにかむように笑った。

「えっと、秘密」
「そう言われると気になるなぁ」
「別に大したことじゃないから。とにかく青井くんと亜純さんのおかげで、今日は本当に楽しかったってこと」

 優木坂さんの言いかけた、残りの「やりたかったこと」が気になったが、無理強いして聞き出すのも悪い気がして、それ以上追求することはやめた。
 その代わりに、彼女の言葉を聞いて胸にポッと浮かんだ疑問を聞いてみることにした。

「優木坂さんくらい友達が多いなら、さっき言ったこと――例えば『友達の家に遊びに行く』とかだったら、いつでもできるんじゃない?」

 そう。いつも人に囲まれている優木坂さんから、そんな言葉から出るのに違和感があった。
 すると優木坂さんは、苦笑いを浮かべた。
 
「えっと。もしかしたら、笑われるかもしれないけど」

 そんな前置きをしてから、彼女は話し始めた。

「私、中学までは地味で根暗で。それに結構人見知りっていうか、自分から人に話しかけたりできなかったんだ。ずーっと自分の殻に閉じこもっていて。当然、友達もできなくて。だからいっつも一人だった。学校ではずっと自分の席で本を読んでいて、放課後もずっと図書室で――」
 
「ちょ、ちょっとストップ。それって誰の話?」

 俺は思わず立ち止まって、聞き返してしまう。
 たった今彼女が語った話は、いつもクラスの輪の中心にいる、現在の優木坂さんからは、ぜんぜん想像できないものだった。

「私の話」
「マジ?」
「マジです。えへへ」

 優木坂さんは俺の方に振り返った後、恥ずかしそうに笑顔を浮かべた。

「とにかく、そんな自分を変えたくて。高校に入るタイミングなら、変えられるかなと思って。髪型を変えて、眼鏡からコンタクトに変えて、お洒落のことも勉強して――」

 そこで一度言葉を区切ると、優木坂さんはどこか遠くを見つめるような目をしてから「それでね……」と続けた。

「ずっとぼっちだった私には、友達と何を話したらいいかなんて分からなかったから、とりあえずいつもニコニコして、クラスの集まりには積極的に参加するようにしたんだ。それから、何か困ってたり、頼まれごとをしたときは、私にできることはなんでもやるようにして」
「だから毎日掃除当番を変わったり、日直の仕事をやったりしてたんだ?」
「うん。そんな感じ」

 なるほど。
 誰にも優しい優木坂さん。
 それは彼女なりに自分を変えようと努力した結果なのか。

「そしたら、だんだんと、私に話しかけてくれる人ができてね……」
「沢山友達が出来たんだね」
「うん……そう、なのかな……?」

 彼女は曖昧あいまいに微笑んだ。

「そうだよ。今の優木坂さんはクラスの人気者じゃん。沢山のクラスメイトに囲まれていて、皆から頼られてさ。凄いよ。自分を変えようと思って、実際に行動して、それでちゃんと結果を出したんだから」

 一方、俺は……なんて卑屈な言葉が続けて飛び出そうになったが、なんとか飲み込む。
 
 そんな俺の言葉に、優木坂さんは一瞬驚いたような顔をした後で、少しだけ寂しげに笑った。

「ありがとう。ふふ、やっぱり青井くんは優しいね」
「へ?」
「ううん、なんでもない」

 そして俺たちは再び歩き出す。
 しばらくお互いに口を開くことはなかったが、その沈黙を破るように、ふと優木坂さんがぽつりとこぼした。

「でもね、たまに凄く疲れるときがあるんだ……」
「疲れる?」

 俺が首を傾げると、優木坂さんは小さくコクンと肯いた。

「なんていうか、周りに合わせている自分がどんどん大きくなっていって。その私は本当の私じゃないから、いつか根暗でつまんない本当の私のことがバレたら、みんな離れていっちゃうんじゃないかな……とか、そんなことグルグルと考えたり」
「優木坂さん――」
 
 俺は何と言っていいのか分からずに、彼女の名前を呼ぶことしか出来なかった。

「あ、ごめんね。別に暗い話をしようとしたんじゃないの」

 そんな黙ってしまった俺を見て、優木坂さんは慌てた様子で手を振った。

「自分でも不思議なんだけど……放課後、青井くんと話してるときだけはね。そんなことをあまり考えなくても良くて。なんだか素のままで居られるというか」
「そう、なの?」

 俺が問うと、優木坂さんはニコッと微笑んだ。

「そうだよ。この話をしたのも、青井くんなら大丈夫だと思ったからだよ。他の人だったら絶対言えないと思う」
「そ、それは……なんていうか、光栄です」
 
 そんな風に言ってくれると、俺としても悪い気はしない。優木坂さんからの信頼を感じて、彼女の力になってあげたいという気持ちが込み上げてきた。

「俺なんかが役に立てるか分からないけど。俺でよかったら、いつでも相談に乗るから」

 俺はありきたりな言葉で、自分の気持ちを優木坂さんに伝える。
 
「幸い時間だけは持て余してるし……優木坂さんが疲れたら一緒にダラダラできるし、しんどいことがあったらいつでも愚痴に付き合うよ。だからいつでも連絡して」

 いざ、その気持ちを言葉にして伝えてみたら、割と恥ずかしかった。
 俺は込み上げてくる嬉しさや恥ずかしさといった、くすぐったい感情を誤魔化ごまかすように、視線をらしながら頭をいた。
 
 優木坂さんはそんな俺の言葉を聞いて、喜んでいるような、ホッとしたような、そんな柔らかい表情を浮かべる。

「うん。きっと、その言葉に甘えちゃうと思う」
「まぁ、本当に話を聞くくらいで、大したことは何もできないけどね」
「それでもいいよ。私にとっては十分すぎるくらいだから」
 
 そして、俺たちは笑い合う。
 それからしばらくの間、俺達はとりとめもない話をしながら、人気のない住宅街をゆっくりと、優木坂さんの家に向かって歩いていった。

「あ、ここだよ。私の家」

 俺の家を出発してから大体三十分くらい。優木坂さんが目の前に立つ一軒家を指差す。
 彼女の家は、洋風の小洒落こじゃれたデザインの一軒家だった。

「送ってくれて、ほんとにありがとう。青井くん、気をつけて帰ってね」
「うん」
 
 優木坂さんはそう言うと、「それじゃまたね」と言って背中を向けて、家の中に入ろうとした。

「優木坂さん!」

 俺はそんな彼女を呼び止めた。
 俺の声を受けて、優木坂さんは振り返り「どうしたの?」と首を傾げる。

「あの……今日は楽しかったよ。それに色々と話してくれて、ありがとう」
 
 俺がそう伝えると、優木坂さんはにっこりと微笑む。
 そんな彼女に向かって、俺は勇気を出して問いかけた。
 
「迷惑じゃなかったら、また誘っていいかな? その、今度は二人でどこかに遊びにいこう」

 俺の誘いを聞いた優木坂さんは一瞬驚いた顔をしてから――
 
「うん! もちろん!」

 そう言って、とても嬉しそうに笑ってくれた。

「良かった……」
 
 優木坂さんの言葉に、俺は心底しんそこ安堵あんどする。
 そして俺たちは、お互いに小さく手を振り合った後で、今度こそ本当にさよならをした。

 バタンと戸が閉められたのを見届けて、一人残された俺は、なんとも言えない満足感にひたる。

 そして、来た道を戻っていく。
 姉さんの無茶振りから始まった今日の食事会。
 色々あったけれど、結果的にはかなり良い雰囲気で終えられた気がする。

 うん。楽しかった。

 不思議なことに、たった今別れたばかりなのに、もう優木坂さんの顔を見たいと思っている自分に気がついた。
 だからこそ別れ際、今度は二人で会いたいと、
 
 一か月前の、優木坂さんに出逢う前の自分からすると信じられない行動。
 そんな自分の変化に戸惑いながらも、俺は自然とこぼれる笑みをおさえることができず、帰路きろに着く足取りは軽かった。
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