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21話 青井亜純は相談を受けたようです
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私――青井亜純は、自宅に帰るヨミちゃんとそれを送る夜空を見送った後、一人でダイニングテーブルに座り、頂き物のワインをちびちびと舐めていた。
さっきまで三人でワイワイガヤガヤと賑やかだったリビングは、今はしんとした静けさに満たされている。そのちょっとした寂しさが、今日の思い出をより色鮮やかにしているような気がした。
今日は楽しい食事会だった。
きっかけは私の無茶振りだったけれど、高校生になった弟が初めて家に友達を連れてきた、記念すべき一日。
しかも、相手はとっても可愛らしい女の子だ。
ヨミちゃんはいい子だと思う。
器量良し、礼儀正しい、気遣いも上手。ワインとチーズのお土産、姉ポイント高いよ。
それに地頭も良いようで、話をしていて退屈しなかった。正直、夜空には勿体ないくらい良い子だ。
それに二人の初々しさといったら!
私がちょっとからかっただけで、いちいち二人して顔を赤くして慌てふためいてしまうのだ。
そんな二人の様子を思い出すと、くくっと笑みが自然にこぼれた。
私の見立てでは確実にお互いを意識していると思うのだけど、二人とも奥手らしくてなかなか進展がないようだ。でも、それもまた、ウブな青春っていう感じで実に微笑ましい。
私がそんなことを考えていると、玄関の方からガチャリと扉が開く音がした。「ただいま」という声とともに、不祥の弟がリビングに入ってきた。
「おかえり。ちゃんとヨミちゃんのこと、家まで送り届けた?」
「うん。送ったよ」
そう答える夜空の顔、その口元がほんの少しだけ弛んでいるのを私は見逃さなかった。
どうやら、家まで送っている最中、何か嬉しいことがあったように見える。
「アンタ、なんかニヤニヤしてるわね。さては送り狼になったわね。で、ヨミちゃんに受け入れられて、二人は幸せなキスをして終了と……」
「な、何言ってんだよ! そんなことするわけないだろ!?」
途端に耳まで真っ赤に染まって、大慌てで否定する夜空。本当にからかい甲斐のある良き弟だ。
「ま、突っ立ってないで座りなさいって。何か良いこと、あったんでしょ?」
私の手招きに応じて、夜空は素直にテーブルに座る。そして、少し視線を彷徨わせた後、おずおずと言った様子で口を開いた。
「実は……今度、二人で遊びに行こうって誘った……」
「へぇ! アンタにしては頑張ったね。ヨミちゃんはなんだって?」
「オッケーしてくれた……」
「やったじゃん。じゃあ次は二人でデートだね!」
「デ、デートって! 俺はそんなつもりじゃなくて……!」
このアホはそんなつもりじゃなかったら、どんなつもりなんだろうか。
「何言ってんの。そんなつもりも何も、男女が二人で遊びに行くって、普通にデートじゃん」
「いやいや、それは恋愛感情ありきの話でしょ! 俺と優木坂さんはただの友達であって、友達がただ遊びに行くだけなんだから別にデートじゃ――」
必死の形相で反論してくる夜空を見て、私は苦笑いを浮かべた。
この子はこういうところがあるのだ。
自分に向けられている好意に対して、そして自分が抱く好意に対しても、妙に鈍感なところが。
いや、鈍感というか、自己否定しているといったニュアンスが正しいだろうか。
その根っこの部分はたぶん自分自身に対する自信のなさ。
自分をトコトン安く見積もって、そんな自分のことを好きになる人間なんて居るはずがないと思い込んでいる節がある。
昔からそういうきらいはあったけれど、思春期を迎えて、最近は特にその傾向が強くなっていた。
そんな考えだから、他人からの想いにも、いや、もしかしたら自分の想いにすらも気づかない。気づこうとしない。
まったく我が弟ながら難儀なヤツだ。
捻くれてないで、もっと素直になればいいのに。
せっかく、ヨミちゃんみたいな良い子が、目の前に現れたのだから。
青春という舞台に立っているのは、何もアンタだけじゃないんだぞ。うかうかしていると、ヨミちゃんを他のヤツに取られちゃうかもしれないんだぞ。
「チョップ」
「いてっ! 何すんだよ」
夜空の抗議の声には取り合わず、私は言葉を続ける。
「とにかく――誘ったからには、行き当たりばったりじゃなくて、ちゃんと一日のデートプランを考えなさいよ」
「も、もちろん。そのつもりだけど。一体どこにいけば優木坂さんは喜んでくれるのか、正直わからなくて。今更ながら焦ってる」
そう言って不安げな表情を見せる夜空。
そんな弟の言葉を聞いて、思わずふっと笑ってしまった。
「大丈夫。一生懸命考えた結果なら、ヨミちゃんはきっとどこでも喜んでくれるよ」
「そうかな……?」
「とはいえ一つアドバイス。サプライズも素敵だけど、相手の好きなこととか、好きな場所をあらかじめちゃんと聞いて、なんならとことん話し合っても良いから、その場所に連れて行ってあげるのもいいんじゃない?」
「優木坂さんの好きなことか……うーん」
夜空はそのまま腕を組んで考え込む。まるで頭からぷすぷすと煙が出てきそうな勢いだ。
「ほらほら、今はスマホ一つでいくらでもデートスポットやプランを検索できる時代なんだから。ヨミちゃんが喜んでくれるように、せいぜい頑張りなさいな」
「そうだね……とりあえず色々調べてみるよ。ありがとう姉さん」
「ははは、悩め悩め若人よ」
私のエールを背にして、夜空は自分の部屋へと戻っていった。
その後ろ姿を見送りつつ、私は再びワイングラスを傾ける。
そしてふと、数日前のことを思い返した。
夜空とヨミちゃん――二人が駅で話している姿を、初めて見かけたときのことを。
正直、驚いた。
ああ、弟ってあんな楽しそうに笑うんだって、そう思った。
残念ながら、夜空はまだ自分の気持ちの正体について、整理がついてないようだけど。
ま、姉として、弟の成長や頑張りを、生温かい目で見守ってあげよう。
そう、あくまでも頑張るのは本人。
だけど、姉として、可愛い弟のために、ちょっかい――ゲフンゲフン、そっと背中を一押しするくらいの手助けはしてあげてもいいだろう。
「頑張りなさいよ――夜空」
私はそっと弟に対してエールを送り、残ったワインを飲み干した。
さっきまで三人でワイワイガヤガヤと賑やかだったリビングは、今はしんとした静けさに満たされている。そのちょっとした寂しさが、今日の思い出をより色鮮やかにしているような気がした。
今日は楽しい食事会だった。
きっかけは私の無茶振りだったけれど、高校生になった弟が初めて家に友達を連れてきた、記念すべき一日。
しかも、相手はとっても可愛らしい女の子だ。
ヨミちゃんはいい子だと思う。
器量良し、礼儀正しい、気遣いも上手。ワインとチーズのお土産、姉ポイント高いよ。
それに地頭も良いようで、話をしていて退屈しなかった。正直、夜空には勿体ないくらい良い子だ。
それに二人の初々しさといったら!
私がちょっとからかっただけで、いちいち二人して顔を赤くして慌てふためいてしまうのだ。
そんな二人の様子を思い出すと、くくっと笑みが自然にこぼれた。
私の見立てでは確実にお互いを意識していると思うのだけど、二人とも奥手らしくてなかなか進展がないようだ。でも、それもまた、ウブな青春っていう感じで実に微笑ましい。
私がそんなことを考えていると、玄関の方からガチャリと扉が開く音がした。「ただいま」という声とともに、不祥の弟がリビングに入ってきた。
「おかえり。ちゃんとヨミちゃんのこと、家まで送り届けた?」
「うん。送ったよ」
そう答える夜空の顔、その口元がほんの少しだけ弛んでいるのを私は見逃さなかった。
どうやら、家まで送っている最中、何か嬉しいことがあったように見える。
「アンタ、なんかニヤニヤしてるわね。さては送り狼になったわね。で、ヨミちゃんに受け入れられて、二人は幸せなキスをして終了と……」
「な、何言ってんだよ! そんなことするわけないだろ!?」
途端に耳まで真っ赤に染まって、大慌てで否定する夜空。本当にからかい甲斐のある良き弟だ。
「ま、突っ立ってないで座りなさいって。何か良いこと、あったんでしょ?」
私の手招きに応じて、夜空は素直にテーブルに座る。そして、少し視線を彷徨わせた後、おずおずと言った様子で口を開いた。
「実は……今度、二人で遊びに行こうって誘った……」
「へぇ! アンタにしては頑張ったね。ヨミちゃんはなんだって?」
「オッケーしてくれた……」
「やったじゃん。じゃあ次は二人でデートだね!」
「デ、デートって! 俺はそんなつもりじゃなくて……!」
このアホはそんなつもりじゃなかったら、どんなつもりなんだろうか。
「何言ってんの。そんなつもりも何も、男女が二人で遊びに行くって、普通にデートじゃん」
「いやいや、それは恋愛感情ありきの話でしょ! 俺と優木坂さんはただの友達であって、友達がただ遊びに行くだけなんだから別にデートじゃ――」
必死の形相で反論してくる夜空を見て、私は苦笑いを浮かべた。
この子はこういうところがあるのだ。
自分に向けられている好意に対して、そして自分が抱く好意に対しても、妙に鈍感なところが。
いや、鈍感というか、自己否定しているといったニュアンスが正しいだろうか。
その根っこの部分はたぶん自分自身に対する自信のなさ。
自分をトコトン安く見積もって、そんな自分のことを好きになる人間なんて居るはずがないと思い込んでいる節がある。
昔からそういうきらいはあったけれど、思春期を迎えて、最近は特にその傾向が強くなっていた。
そんな考えだから、他人からの想いにも、いや、もしかしたら自分の想いにすらも気づかない。気づこうとしない。
まったく我が弟ながら難儀なヤツだ。
捻くれてないで、もっと素直になればいいのに。
せっかく、ヨミちゃんみたいな良い子が、目の前に現れたのだから。
青春という舞台に立っているのは、何もアンタだけじゃないんだぞ。うかうかしていると、ヨミちゃんを他のヤツに取られちゃうかもしれないんだぞ。
「チョップ」
「いてっ! 何すんだよ」
夜空の抗議の声には取り合わず、私は言葉を続ける。
「とにかく――誘ったからには、行き当たりばったりじゃなくて、ちゃんと一日のデートプランを考えなさいよ」
「も、もちろん。そのつもりだけど。一体どこにいけば優木坂さんは喜んでくれるのか、正直わからなくて。今更ながら焦ってる」
そう言って不安げな表情を見せる夜空。
そんな弟の言葉を聞いて、思わずふっと笑ってしまった。
「大丈夫。一生懸命考えた結果なら、ヨミちゃんはきっとどこでも喜んでくれるよ」
「そうかな……?」
「とはいえ一つアドバイス。サプライズも素敵だけど、相手の好きなこととか、好きな場所をあらかじめちゃんと聞いて、なんならとことん話し合っても良いから、その場所に連れて行ってあげるのもいいんじゃない?」
「優木坂さんの好きなことか……うーん」
夜空はそのまま腕を組んで考え込む。まるで頭からぷすぷすと煙が出てきそうな勢いだ。
「ほらほら、今はスマホ一つでいくらでもデートスポットやプランを検索できる時代なんだから。ヨミちゃんが喜んでくれるように、せいぜい頑張りなさいな」
「そうだね……とりあえず色々調べてみるよ。ありがとう姉さん」
「ははは、悩め悩め若人よ」
私のエールを背にして、夜空は自分の部屋へと戻っていった。
その後ろ姿を見送りつつ、私は再びワイングラスを傾ける。
そしてふと、数日前のことを思い返した。
夜空とヨミちゃん――二人が駅で話している姿を、初めて見かけたときのことを。
正直、驚いた。
ああ、弟ってあんな楽しそうに笑うんだって、そう思った。
残念ながら、夜空はまだ自分の気持ちの正体について、整理がついてないようだけど。
ま、姉として、弟の成長や頑張りを、生温かい目で見守ってあげよう。
そう、あくまでも頑張るのは本人。
だけど、姉として、可愛い弟のために、ちょっかい――ゲフンゲフン、そっと背中を一押しするくらいの手助けはしてあげてもいいだろう。
「頑張りなさいよ――夜空」
私はそっと弟に対してエールを送り、残ったワインを飲み干した。
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