銀河鉄道の夜に優しい君と恋をする

三月菫

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26話 お昼休みトーク

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 ゲロマズ玉子焼きの破壊力はともかく、優木坂さんとのランチタイムは楽しかった。
 お互いにご飯を食べる合間に、他愛のないことを話して、笑って、また食べて。
 いつも食べている焼きそばパンの味が、一人で食べている時と全然違う味に感じるのだから不思議なものだ。

「ごちそうさまでした」

 そして、昼休みが半分ほど終わった頃。二人ともご飯を食べ終わり、食後のまったりタイムに入っていた。

「優木坂さん、何か飲む?」

 俺は中庭の片隅に置かれた自動販売機を指差して、優木坂さんにそう言った。

「英語の教科書を見せてくれたお礼に、好きなのおごるよ」
「そんなお礼なんていいのに」
「まあまあ、玉子焼きのお裾分すそわけも貰っちゃったし――ここはおごらせてよ」
「……そっか、じゃあお言葉に甘えてもいいかな?」
「喜んで」
 
 俺の言葉を聞いて嬉しそうにはにかむ優木坂さん。その表情は、とても可愛らしい。
 そして二人で並んで自動販売機と向かい合う。
 俺は五百円玉を硬貨の投入口に突っ込んで、ボタンをポチッと押した。
 ガコンっと音を立てて落ちてきたコーラのペットボトルを手に取り、優木坂さんの方へ振り返る。
 
「好きなのをどうぞ」
「ありがとう」

 優木坂さんは少し悩むような仕草で自販機を押す指をちゅう彷徨さまよわせてから、ボタンを押した。またしてもガコンッと音を立てながら、小さなペットボトルが落ちてきた。中身はアイスティーらしかった。

 コイン返却口に吐き出されたお釣りをつかり、小銭入れに突っ込んだ後、二人で元のベンチへと戻った。
 隣同士で座りなおして、食後のティーブレイクだ。もっとも俺は紅茶じゃなくてコーラだけど。
 
 
 俺はペットボトルのキャップを開けて、コーラを勢いよくあおった。
 思わず息を吐いてしまうほどの冷たさと、炭酸の爽やかな刺激が喉を通り抜けていく。
 そうしてひと息ついた後、視線を優木坂さんに向けた。

「そういえば優木坂さん。この前の別れ際に話した――二人で遊びにいく話だけどさ」
「え、あ……うん、はい!」

 優木坂さんは一瞬キョトンとした表情を浮かべた後、すぐに緊張した面持ちになって背筋をピンと伸ばした。
 そんな彼女のコミカルな動きに苦笑しつつ、俺は言葉を続ける。
 
「来週の土曜日なんだけど、どうかなって思って。七月になると期末テスト期間に入っちゃうから、その前に」
 
 俺の提案を聞いた優木坂さんは「わぁ……」と小さく声を漏らした後、みるみるうちに笑顔になった。

「予定空いてる?」
「うん、もちろん! 行きたい! いいよ! やったぁ」

 優木坂さんは大袈裟おおげさに首を何回もカクカクと振る。その度にさらさらと揺れる彼女の髪。
 まるで子供みたいに無邪気で純粋な喜び方だった。

「楽しみだなあ。どこ行こっか?」
「えっとね、色々考えてるんだけどさ」

 俺は自分のプランを優木坂さんに披露ひろうする前に、コーラをもう一口飲んだ。

「優木坂さん、ブックカフェって行ったことある?」
「ブックカフェ?」

 優木坂さんは首を少し傾げて俺の言葉をオウム返しした。

「ほら、本屋の隣にさ、カフェが併設されていて、中に本を持ち込んで読めるお店。最近増えてきてるじゃない」
「あ、わかった。たまに駅前とか、ショッピングセンターの中とかにあるよね」
「そうそれそれ。優木坂さんは本好きだし、ゆっくりできそうだからどうかなって。それに調べてみたら、色々と面白そうなお店もあってね……」

 俺はスマホを取り出して、ブックカフェの特集サイトを開き、画面を優木坂さんに差し出した。
 優木坂さんが身を乗り出して覗き込む。

 そのサイトでは様々な店舗の紹介記事や、店内の様子の写真などが載せられていた。
 店舗の特徴も様々で、蔵書数を売りにしているところもあれば、カフェのスイーツメニューの充実ぶりを売りにしているお店もある。
 建物一棟がまるまるブックカフェで、コワーキングスペースやソファエリア、さらに靴を脱いで寝転ぶことができるグランピングエリアまであるなど、ユニークなお店も紹介されていた。

「すごいね、こんなにあるんだ。全部行ってみたいなあ……わっ、ここすごいお洒落」

 優木坂さんは時折感嘆かんたんの声をあげながら、その一つ一つを食い入るように眺めていた。
 それから俺の方に、そのキラキラと輝く瞳を向ける。

「素敵なお誘いありがとう、青井くん。すごく嬉しいよ。ぜひ一緒に行こ?」
「良かった。じゃあ決まりだね」
 
「あーん、今から楽しみだなあ。来週が待ちきれないよ」
「はは、気が早いって」
「だって本当に楽しみなんだもん。学校だけじゃなくて、休日まで君と一緒にいられるなんて……ふへへぇ」
 
 優木坂さんは、頬をゆるませてニヤケ顔を隠そうともせず、幸せそうな声を漏らしている。
 そんな様子を見ていると、なんだか俺の方こそ幸せな気持ちになってしまうのだから不思議なものだ。

「そこまで喜んでもらえると、誘った立場としては、なんというか……光栄です……」
「えへへ、こちらこそだよ。ありがとね、青井くん」
 
 優木坂さんは俺に礼を言うと、手に持っていたアイスティーを口に含んで、こくりと飲みこむ。
 そのタイミングで昼休みが終わる五分前を告げる予鈴がなった。

 俺たちはお互いに目を見合わせると、どちらからともなくクスリと笑いあった。

「昼休み、あっという間だったね」
「うん、本当に」
 
「じゃあ、そろそろ教室に戻ろうか」
「ああ」

 俺たちはベンチから立ち上がる。

「あ、教室に入るタイミングは、ずらしたほうがいいよね?」

 俺は優木坂さんにそう提案した。
 二人揃って同じタイミングで教室に戻ってしまうと、俺たちの関係について、クラスメイトたちにあらぬ誤解を与えかねない。
 優木坂さんに迷惑を掛ける訳にはいかないし、ここは気を遣うべきだと思ったのだ。
 しかし、そんな俺の提案に対して、優木坂さんはふるふると首を横に振った。

「ううん、大丈夫。私、気にしないから。もし誰かから聞かれたとしても、購買でたまたま青井くんと会って、そのまま二人でご飯食べてたって言えば問題ないよ」
「いいの? こんな目つきの悪い、ぼっちで影キャな奴と友達だなんて知られたら……」
「もう、またそういうこと言う。私はそんなこと思わないよ。むしろ――」
 
 優木坂さんはそこで言葉を止めると、少し恥ずかしそうにうつむいて、視線だけをチラリと俺に向けてきた。
 
「むしろ、なに?」
 
 俺は首をかしげて続きを促す。

「なんでもない! ね、早く行こ? 午後の授業始まっちゃうし、遅れて教室に入ったら、そっちの方が目立っちゃうよ」

「あ、ああ……そうだね」
 
俺は優木坂さんの勢いに押されて、それ以上追及することができなかった。
 俺たちは、そのまま二人並んで、校舎の中へと戻っていった。
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