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25話 キミから貰った玉子焼きは、いつもよりしょっぱかった。
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何気なくお裾分けしてもらった優木坂さんの手作り玉子焼き。
外見はまったく問題ない。むしろふわふわぷりぷりで美味しそうだ。
なのに、どうして。
どうしてこうなった?
なんだこの味は?
そうだ。しょっぱい。しょっぱすぎるんだ。
例えるなら、そう。まるで海水だ。
えずきそうになるのを必死で堪える。
マズい。
マズすぎる。
どうすればただの玉子焼きをここまでマズく仕上げられる!?
え、これもしかして何かのジョーク? たこ焼きにひとつだけ激辛を仕込むロシアンルーレット的なアレなの?
滲み出る脂汗と共に、俺の頭の中が沢山のクエスチョンマークで埋め尽くされる。
俺が困惑しながら、チラリと横を見ると、優木坂さんは期待するような眼差しを俺に向けていた。
「ど、どうかな?」
「え……どうって?」
「玉子焼きの感想」
「クソマ――」
俺はそこまで言いかけて、そこでなんとか飲み込んだ。
優木坂さんの真っ直ぐで純粋な瞳。
悪意や悪戯心など一欠片もあろうはずもない。
彼女はきっと不器用ながらも一生懸命この玉子焼きを自分で作ったのだろう。
どんな手順を経ればこの狂気の味に辿り着くのか度し難いけど。
だけど、その気持ち、想いだけは。
「無下にすることなんてできない……」
「え?」
「あ、いや……うん。美味しいよ! さすが優木坂さんだね!」
「ほんとうに!? やったぁ!」
姉さんが言っていた。
大人がつく嘘には二種類あって、人を傷つける嘘と、人を傷つけないための嘘とがある。
この嘘はきっと後者だ。
俺の言葉を聞くなり、優木坂さんは満面の笑みを浮かべて、喜びの声を上げる。そして。
「はい、あーん」
「え」
俺の方に向き直ったかと思うと、箸で掴んだ玉子焼きを差し出してきた。
「もう一個食べていいよ」
「いや、あの……」
なんだろう。女の子にあーんされるなんてシチュエーション人生初めてだし、本当なら恥ずかしさと嬉しさで赤面しなければいけないんだろうけど。
今の俺は緊張感と恐怖心で青ざめているような気がした。
え、俺、もう一回、あのNaClを食べないといけないの?
「はい、あーん」
「あ、あーん……」
俺は優木坂さんの勢いに押されるように、口を開けて玉子焼きを受け入れた。
再び口の中に広がった母なる海の味に、じわりと涙が滲んだ。
「ぐ、ぐふッ……う、ゔまい……」
「そんな泣くほど喜んでくれるなんて! もう、青井くんたら大袈裟なんだから」
優木坂さんが手を頬に当てて、身体をくねくねとさせた。
言えない。
本当はマズくて泣いているんですとは言えない。
こんな嬉しそうにしているキミの表情を、一片だって曇らせてはいけない。
優しい嘘でキミを守り抜くよ。
たとえ俺の全部を犠牲にしようとも――
「そんなに喜んでもらえるなんて嬉しいなぁ。えへへ……今度自分で全部作ろうかな」
優木坂さんはとんでもないことをいった後、ふと俺の手元に視線を移す。
「青井くんは……お昼ご飯はいつもパンなの?」
「う、うん。流石に毎朝の弁当作りは面倒くさくて。大体購買の焼きそばパンとカレーパンをローテしてて、たまに学食を使う感じ」
「そっか、うん、そうだよね。毎日お弁当作るのは大変だよね……」
優木坂さんは何かを考えるようにしながら、小さく何度かうなづいた。
「ねえ……青井くん。私から提案が一つあるんだけど、きいてくれる?」
「提案?」
「うん」
優木坂さんは俺の顔を真っ直ぐに見据えると、やや緊張したような面持ちで言った。
「これから毎週金曜日は、今日みたいに二人でお昼を食べようよ」
「え、二人で?」
俺は思わず聞き返してしまう。
「それでね、その日は私が青井くんにお弁当を作ってきてあげる」
「え、えぇっ?」
更に予想外の発言が飛び出して、俺の声は上擦った。
君は俺を殺す気なのか?
「ちょ、ちょっと待って優木坂さん。それは悪いって。わざわざ優木坂さんにそこまでしてもらう理由がないっていうか……」
「ううん、理由ならあるの。青井くんが家で家事自炊をやってるって聞いてね、私もお母さんに甘えてばっかりじゃダメだなーって、せめてお弁当くらいは自分で作らないといけないなって思ってたんだ」
優木坂さんはそういって、えへへと照れた様子で笑みを浮かべた。
「大丈夫、一人分も二人分もそんなに手間は変わらないだろうし。それにね。せっかく自分で作るなら、誰かに食べてもらいたいって思って……」
「優木坂さん……」
「むしろ、青井くんに食べてもらえるならすごい嬉しいっていうか……」
玉子焼き一個であの破壊力だ。
まるごと一つ、優木坂さんの手作り弁当を食べてしまったら、俺は、俺の血中ナトリウム濃度は、一体どうなってしまうのだろう。
「……わかった。それじゃあお言葉に甘えることにするよ」
だけど。俺は優木坂さんの提案を受け入れた。
するとみるみるうちに優木坂さんの顔がぱあっと明るくなり、花のような笑みが咲いた。
この表情の前をして、どうして断ることができようか。いやできない。
守りたいこの笑顔。
そのためなら、俺の胃袋なんてどうなってもいい。
「ほんと!? やった、ありがとう」
「い、いやいや、礼を言うのはこっちだし。それにホントに無理しないでよね。負担に感じるようだったらいつでも止めてもらっていいからさ」
だけど、こっそりと抵抗もしてみる。
「うふふ、当分やめるつもりはないからねー」
「さ、左様でございますか……」
優木坂さんはイタズラっぽい表情でそう言った。
そんなこんなで、金曜日のお昼休み限定で、俺たちは一緒にお昼ご飯を食べることになった。
俺はそっと、薬局で正露丸を買っておこうと心に決めた。
外見はまったく問題ない。むしろふわふわぷりぷりで美味しそうだ。
なのに、どうして。
どうしてこうなった?
なんだこの味は?
そうだ。しょっぱい。しょっぱすぎるんだ。
例えるなら、そう。まるで海水だ。
えずきそうになるのを必死で堪える。
マズい。
マズすぎる。
どうすればただの玉子焼きをここまでマズく仕上げられる!?
え、これもしかして何かのジョーク? たこ焼きにひとつだけ激辛を仕込むロシアンルーレット的なアレなの?
滲み出る脂汗と共に、俺の頭の中が沢山のクエスチョンマークで埋め尽くされる。
俺が困惑しながら、チラリと横を見ると、優木坂さんは期待するような眼差しを俺に向けていた。
「ど、どうかな?」
「え……どうって?」
「玉子焼きの感想」
「クソマ――」
俺はそこまで言いかけて、そこでなんとか飲み込んだ。
優木坂さんの真っ直ぐで純粋な瞳。
悪意や悪戯心など一欠片もあろうはずもない。
彼女はきっと不器用ながらも一生懸命この玉子焼きを自分で作ったのだろう。
どんな手順を経ればこの狂気の味に辿り着くのか度し難いけど。
だけど、その気持ち、想いだけは。
「無下にすることなんてできない……」
「え?」
「あ、いや……うん。美味しいよ! さすが優木坂さんだね!」
「ほんとうに!? やったぁ!」
姉さんが言っていた。
大人がつく嘘には二種類あって、人を傷つける嘘と、人を傷つけないための嘘とがある。
この嘘はきっと後者だ。
俺の言葉を聞くなり、優木坂さんは満面の笑みを浮かべて、喜びの声を上げる。そして。
「はい、あーん」
「え」
俺の方に向き直ったかと思うと、箸で掴んだ玉子焼きを差し出してきた。
「もう一個食べていいよ」
「いや、あの……」
なんだろう。女の子にあーんされるなんてシチュエーション人生初めてだし、本当なら恥ずかしさと嬉しさで赤面しなければいけないんだろうけど。
今の俺は緊張感と恐怖心で青ざめているような気がした。
え、俺、もう一回、あのNaClを食べないといけないの?
「はい、あーん」
「あ、あーん……」
俺は優木坂さんの勢いに押されるように、口を開けて玉子焼きを受け入れた。
再び口の中に広がった母なる海の味に、じわりと涙が滲んだ。
「ぐ、ぐふッ……う、ゔまい……」
「そんな泣くほど喜んでくれるなんて! もう、青井くんたら大袈裟なんだから」
優木坂さんが手を頬に当てて、身体をくねくねとさせた。
言えない。
本当はマズくて泣いているんですとは言えない。
こんな嬉しそうにしているキミの表情を、一片だって曇らせてはいけない。
優しい嘘でキミを守り抜くよ。
たとえ俺の全部を犠牲にしようとも――
「そんなに喜んでもらえるなんて嬉しいなぁ。えへへ……今度自分で全部作ろうかな」
優木坂さんはとんでもないことをいった後、ふと俺の手元に視線を移す。
「青井くんは……お昼ご飯はいつもパンなの?」
「う、うん。流石に毎朝の弁当作りは面倒くさくて。大体購買の焼きそばパンとカレーパンをローテしてて、たまに学食を使う感じ」
「そっか、うん、そうだよね。毎日お弁当作るのは大変だよね……」
優木坂さんは何かを考えるようにしながら、小さく何度かうなづいた。
「ねえ……青井くん。私から提案が一つあるんだけど、きいてくれる?」
「提案?」
「うん」
優木坂さんは俺の顔を真っ直ぐに見据えると、やや緊張したような面持ちで言った。
「これから毎週金曜日は、今日みたいに二人でお昼を食べようよ」
「え、二人で?」
俺は思わず聞き返してしまう。
「それでね、その日は私が青井くんにお弁当を作ってきてあげる」
「え、えぇっ?」
更に予想外の発言が飛び出して、俺の声は上擦った。
君は俺を殺す気なのか?
「ちょ、ちょっと待って優木坂さん。それは悪いって。わざわざ優木坂さんにそこまでしてもらう理由がないっていうか……」
「ううん、理由ならあるの。青井くんが家で家事自炊をやってるって聞いてね、私もお母さんに甘えてばっかりじゃダメだなーって、せめてお弁当くらいは自分で作らないといけないなって思ってたんだ」
優木坂さんはそういって、えへへと照れた様子で笑みを浮かべた。
「大丈夫、一人分も二人分もそんなに手間は変わらないだろうし。それにね。せっかく自分で作るなら、誰かに食べてもらいたいって思って……」
「優木坂さん……」
「むしろ、青井くんに食べてもらえるならすごい嬉しいっていうか……」
玉子焼き一個であの破壊力だ。
まるごと一つ、優木坂さんの手作り弁当を食べてしまったら、俺は、俺の血中ナトリウム濃度は、一体どうなってしまうのだろう。
「……わかった。それじゃあお言葉に甘えることにするよ」
だけど。俺は優木坂さんの提案を受け入れた。
するとみるみるうちに優木坂さんの顔がぱあっと明るくなり、花のような笑みが咲いた。
この表情の前をして、どうして断ることができようか。いやできない。
守りたいこの笑顔。
そのためなら、俺の胃袋なんてどうなってもいい。
「ほんと!? やった、ありがとう」
「い、いやいや、礼を言うのはこっちだし。それにホントに無理しないでよね。負担に感じるようだったらいつでも止めてもらっていいからさ」
だけど、こっそりと抵抗もしてみる。
「うふふ、当分やめるつもりはないからねー」
「さ、左様でございますか……」
優木坂さんはイタズラっぽい表情でそう言った。
そんなこんなで、金曜日のお昼休み限定で、俺たちは一緒にお昼ご飯を食べることになった。
俺はそっと、薬局で正露丸を買っておこうと心に決めた。
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