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34話 楽しい時間を二人で
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優木坂さんが水着を選んでから、俺も自分用の水着を選ぶことにした。
とはいえ男性用の水着なんてそもそも種類も限られているし、俺もこだわりなんて何もない。
なので水着選びは正味一〇分もかからず、無難なハーブパンツタイプのものに決定した。
二人ともそれぞれの水着を購入してから、水着売り場を後にする。
それに伴い、水着イベントを通して、壊れかけていた俺の情緒も少しずつ落ち着きを取り戻していった。
現在の時間は午後四時過ぎ。ご飯を食べるには少し早い時間だし、これで解散するのも少し物足りなかったので、俺と優木坂さんはショッピングモールの中を見て回ることにした。
「わ、この猫ちゃんの箸置き可愛いなぁ」
とあるナチュラルテイストの雑貨屋の前を通ったとき、優木坂さんがそんな声を上げて足をとめた。
彼女はそのままショーウィンドウに歩み寄って、小さな陶器製の箸置きを指差す。
「これ、可愛くない?」
その箸置きは丸まって眠る猫のデザインになっていて、確かにとても可愛らしかった。
「ホントだね。なんかこの三毛猫のヤツ、ムギちゃんに似てる気がする」
「あ、やっぱり? 青井くんもそう思った? この眠たげな表情とかソックリだよ~」
優木坂さんは嬉しそうな笑顔を見せる。
聞くと彼女はこの手の可愛らしい小物が好きとのことだった。
俺はチラリと値札を盗み見る。値段は三〇〇円程度だった。
うん、このくらいなら。
「じゃあさ、優木坂さん。この箸置き、俺がプレゼントするよ」
「え!?」
俺の言葉を聞いて、優木坂さんはその大きな目を丸くした。
「わ、悪いよ。私そんなつもりで言ったんじゃ……」
「気にしないでよ。そんなに高いものじゃないし、今日の記念にさ、ね」
俺がそう言って笑いかけると、優木坂さんはしばらく迷ったあと、「ありがとう……」と言って微笑み、それからこんなことを言った。
「それじゃあさ、私も何か、青井くんにプレゼントする」
「え」
今度は俺が目を見開く番だった。
「いいよ。別に、そんな気を遣ってもらわなくても……」
「ダーメ。私からも。今日の記念に、ね?」
そう言って優木坂さんは、上目遣いに、イタズラっぽい笑みを浮かべる。
それは俺に二の句を継がせない笑顔だった。
正直、その笑顔は反則だ。
しかし、プレゼントか。
「それじゃあ、俺も一緒の箸置きにしようかな」
「え、それでいいの? 他にもいっぱいあるし、別にこのお店じゃなくても」
「いいんだ。せっかくの記念だから、どうせならお揃いのほうが記念感あるじゃん?」
俺はそう言って笑いかけた。
初デートでのプレゼントはお揃いのグッズを。オタクだった俺が十五年をかけて、漫画、アニメ、ラノベの主人公達から得た揺るがない知識である。
「そっか……うん、そうだよね!」
優木坂さんが花が咲いたような笑顔をみせて頷く。
そうして俺たちはそれぞれ同じデザインの箸置きを購入した。
***
それからも俺たちはショッピングモールの中を当てどころなく散策していった。
洋服屋を冷やかしたり、ゲーセンでクレーンゲームで遊んだり、新鮮果物の果汁一〇〇パーセントを売りにしているジュース屋でちょっと休憩したり。はたまた本屋に出戻りしたり。
その間、俺たちの間に無数の会話が生まれた。
洋服屋をひやかしているときは。
「この洋服、青井くんに似合いそう!」
「そうかな? 正直、あんまり服には興味なくて……」
「えー、もったいない。青井くん身長高いから、サイズにあった服を着るだけでサマになるよ!」
「あはは、ありがとう……」
こんな感じで優木坂さんに褒められて。
また、ゲームセンターにてクレーンゲームで遊んでいるときは。
「あーん、難しいよ。一回は持ち上がるのに最後の最後に落ちちゃう」
「じゃあ今度は俺がやってみるよ」
「あ、あ……! いい感じの位置!」
「よし、このまま……」
「ドキドキ……」
「……あっ」
「ああぁ……」
「惜しかったね……」
「いや、今のはなかなかいいところまでいったと思うんだけどなぁ……これ裏でアームの力を制御してるんじゃないのぉ?」
「ゲーセンの闇だねぇ」
こんな感じで、終始二人で盛り上がりながらプレイしたり。
一事が万事こんな調子で、優木坂さんと一緒の時間は本当に楽しくて、あっという間に時間が過ぎていった。
そして今はフードコート内のマックで、晩ごはん代わりのハンバーガーセットを食べているところだ。
「今日は誘ってくれてありがとね」
向かい合って座っている優木坂さんが、ストローから口を離して、そんなことを言った。
「いや、こちらこそ。一日ずっと楽しかった」
俺はポテトをつまむ手を止めて、言葉を続ける。
「正直に言うとさ、女の子と二人で遊びに行くのって初めてだったから、不安だったんだ。その……ちゃんと間が持つかとか、変な空気にならないかとか」
「……」
優木坂さんは何も言わず、黙って俺の話を聞いてくれていた。
「でも、優木坂さんと一緒だと全然心配なかった。話も合うし、楽しいし、気疲れもしない。完全、自然体。むしろ俺が気を遣われてたんじゃないかなって思うくらいだよ」
「そんなことないよ」
優木坂さんが静かに首を横に振る。
「私もね、青井くんと一緒。今日のこと、すごく楽しみだったんだけど、いざ当日になるとすっごく緊張しちゃってたんだ」
「優木坂さんも?」
「うん、私も男の人と二人で遊びに行くの、初めてだったから。えへへ……」
優木坂さんはそう言ってはにかむ。
「だけど、緊張してたのは青井くんと会うまでで、会っちゃえばもう、全然そんなことなかったよ」
「そうなんだ」
「うん。青井くんと一緒にいると、なんか安心するんだ。肩肘張らずに自然体でいれるとこが、凄く心地よくて」
優木坂さんが目を細める。少し頬も赤くなっているような気がするのは、俺の気のせいだろう。
「だからね。私だって、今日一日、すっごく楽しかった。おあいこだね!」
そう言って彼女は、俺に向かってニッコリと微笑んでくれた。
嘘偽りがなんてカケラもないであろう満面の笑み。
それが俺に向けられた瞬間、心臓が大きく跳ね上がった。
思わず、胸元に手を当てる。
……あれ? おかしいぞ。
さっきまでは、普通に喋れていたはずなのに。
なんでか急に、声が。息が、詰まる。
彼女の顔をまともに見れない。
なんで。どうして。
俺は突然沸きたった胸の内の感情の漣を、必死に押さえつけるように、ハンバーガーにかぶりついた。
とはいえ男性用の水着なんてそもそも種類も限られているし、俺もこだわりなんて何もない。
なので水着選びは正味一〇分もかからず、無難なハーブパンツタイプのものに決定した。
二人ともそれぞれの水着を購入してから、水着売り場を後にする。
それに伴い、水着イベントを通して、壊れかけていた俺の情緒も少しずつ落ち着きを取り戻していった。
現在の時間は午後四時過ぎ。ご飯を食べるには少し早い時間だし、これで解散するのも少し物足りなかったので、俺と優木坂さんはショッピングモールの中を見て回ることにした。
「わ、この猫ちゃんの箸置き可愛いなぁ」
とあるナチュラルテイストの雑貨屋の前を通ったとき、優木坂さんがそんな声を上げて足をとめた。
彼女はそのままショーウィンドウに歩み寄って、小さな陶器製の箸置きを指差す。
「これ、可愛くない?」
その箸置きは丸まって眠る猫のデザインになっていて、確かにとても可愛らしかった。
「ホントだね。なんかこの三毛猫のヤツ、ムギちゃんに似てる気がする」
「あ、やっぱり? 青井くんもそう思った? この眠たげな表情とかソックリだよ~」
優木坂さんは嬉しそうな笑顔を見せる。
聞くと彼女はこの手の可愛らしい小物が好きとのことだった。
俺はチラリと値札を盗み見る。値段は三〇〇円程度だった。
うん、このくらいなら。
「じゃあさ、優木坂さん。この箸置き、俺がプレゼントするよ」
「え!?」
俺の言葉を聞いて、優木坂さんはその大きな目を丸くした。
「わ、悪いよ。私そんなつもりで言ったんじゃ……」
「気にしないでよ。そんなに高いものじゃないし、今日の記念にさ、ね」
俺がそう言って笑いかけると、優木坂さんはしばらく迷ったあと、「ありがとう……」と言って微笑み、それからこんなことを言った。
「それじゃあさ、私も何か、青井くんにプレゼントする」
「え」
今度は俺が目を見開く番だった。
「いいよ。別に、そんな気を遣ってもらわなくても……」
「ダーメ。私からも。今日の記念に、ね?」
そう言って優木坂さんは、上目遣いに、イタズラっぽい笑みを浮かべる。
それは俺に二の句を継がせない笑顔だった。
正直、その笑顔は反則だ。
しかし、プレゼントか。
「それじゃあ、俺も一緒の箸置きにしようかな」
「え、それでいいの? 他にもいっぱいあるし、別にこのお店じゃなくても」
「いいんだ。せっかくの記念だから、どうせならお揃いのほうが記念感あるじゃん?」
俺はそう言って笑いかけた。
初デートでのプレゼントはお揃いのグッズを。オタクだった俺が十五年をかけて、漫画、アニメ、ラノベの主人公達から得た揺るがない知識である。
「そっか……うん、そうだよね!」
優木坂さんが花が咲いたような笑顔をみせて頷く。
そうして俺たちはそれぞれ同じデザインの箸置きを購入した。
***
それからも俺たちはショッピングモールの中を当てどころなく散策していった。
洋服屋を冷やかしたり、ゲーセンでクレーンゲームで遊んだり、新鮮果物の果汁一〇〇パーセントを売りにしているジュース屋でちょっと休憩したり。はたまた本屋に出戻りしたり。
その間、俺たちの間に無数の会話が生まれた。
洋服屋をひやかしているときは。
「この洋服、青井くんに似合いそう!」
「そうかな? 正直、あんまり服には興味なくて……」
「えー、もったいない。青井くん身長高いから、サイズにあった服を着るだけでサマになるよ!」
「あはは、ありがとう……」
こんな感じで優木坂さんに褒められて。
また、ゲームセンターにてクレーンゲームで遊んでいるときは。
「あーん、難しいよ。一回は持ち上がるのに最後の最後に落ちちゃう」
「じゃあ今度は俺がやってみるよ」
「あ、あ……! いい感じの位置!」
「よし、このまま……」
「ドキドキ……」
「……あっ」
「ああぁ……」
「惜しかったね……」
「いや、今のはなかなかいいところまでいったと思うんだけどなぁ……これ裏でアームの力を制御してるんじゃないのぉ?」
「ゲーセンの闇だねぇ」
こんな感じで、終始二人で盛り上がりながらプレイしたり。
一事が万事こんな調子で、優木坂さんと一緒の時間は本当に楽しくて、あっという間に時間が過ぎていった。
そして今はフードコート内のマックで、晩ごはん代わりのハンバーガーセットを食べているところだ。
「今日は誘ってくれてありがとね」
向かい合って座っている優木坂さんが、ストローから口を離して、そんなことを言った。
「いや、こちらこそ。一日ずっと楽しかった」
俺はポテトをつまむ手を止めて、言葉を続ける。
「正直に言うとさ、女の子と二人で遊びに行くのって初めてだったから、不安だったんだ。その……ちゃんと間が持つかとか、変な空気にならないかとか」
「……」
優木坂さんは何も言わず、黙って俺の話を聞いてくれていた。
「でも、優木坂さんと一緒だと全然心配なかった。話も合うし、楽しいし、気疲れもしない。完全、自然体。むしろ俺が気を遣われてたんじゃないかなって思うくらいだよ」
「そんなことないよ」
優木坂さんが静かに首を横に振る。
「私もね、青井くんと一緒。今日のこと、すごく楽しみだったんだけど、いざ当日になるとすっごく緊張しちゃってたんだ」
「優木坂さんも?」
「うん、私も男の人と二人で遊びに行くの、初めてだったから。えへへ……」
優木坂さんはそう言ってはにかむ。
「だけど、緊張してたのは青井くんと会うまでで、会っちゃえばもう、全然そんなことなかったよ」
「そうなんだ」
「うん。青井くんと一緒にいると、なんか安心するんだ。肩肘張らずに自然体でいれるとこが、凄く心地よくて」
優木坂さんが目を細める。少し頬も赤くなっているような気がするのは、俺の気のせいだろう。
「だからね。私だって、今日一日、すっごく楽しかった。おあいこだね!」
そう言って彼女は、俺に向かってニッコリと微笑んでくれた。
嘘偽りがなんてカケラもないであろう満面の笑み。
それが俺に向けられた瞬間、心臓が大きく跳ね上がった。
思わず、胸元に手を当てる。
……あれ? おかしいぞ。
さっきまでは、普通に喋れていたはずなのに。
なんでか急に、声が。息が、詰まる。
彼女の顔をまともに見れない。
なんで。どうして。
俺は突然沸きたった胸の内の感情の漣を、必死に押さえつけるように、ハンバーガーにかぶりついた。
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