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35話 デートの終わり
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ショッピングモールからの帰り道。
俺と優木坂さんは帰りの電車に揺られていた。
休日の午後七時過ぎの車内はそれほど混んでいない。乗り口付近に、丁度よく二つ並んだ空席があったので、俺と優木坂さんは隣り合って座ることにした。
「座れてよかったね」
「うん」
ショッピングモールでは楽しげな会話がたえなかった俺たちだが、今はお互いにちょっと言葉少なだ。といっても、別に気まずい沈黙じゃない。
今日一日、ずっと楽しくて、はしゃぎすぎたんだ。
午前中からこの時間まで、ずっと誰かと一緒にいること。それがいかに、気心の知れた相手との楽しい時間であったとしても。
休日はだいたい部屋に引きこもってインドアコンテンツを消費するだけの自分にとって、それはやっぱり多大なエネルギーを消費することで。
知らず知らずのうちに、体はクタクタになってしまっていたらしい。
だけどそれは嫌な疲労感じゃなくて、むしろなんだか心がじんわりと温まるような、そんな優しい疲れだった。
今の沈黙について、優木坂さんが同じ理由なのかはわからないけれど、少なくとも俺にとっては、そういうことだった。
ここから乗り換えの駅までは三十分くらい。
それまではこの心地よいまどろみと電車の揺れに、ただ身を預けていたかった。
そんな風にしばらくボーっとしていると、不意に右肩に何かが触れた。
どうしたのかと思い、俺は首を少しひねってみると優木坂さんの頭が乗っかっている。
更に彼女の顔の方に視線を移すと、彼女は目をつむって、すぅすぅと、穏やかな寝息を立てていた。
「優木坂さん――」
彼女の瞳が閉じられたことで、艶やかな黒髪や、瞳を縁取る長いまつ毛、形のいい鼻梁、それに潤いを帯びた瑞々しい唇など、彼女の魅力を形作る、一つ一つのパーツたちが際立つような気がして、俺は思わず見惚れてしまっていた。
女の子の顔をジロジロと覗き込むなんて失礼なことだと思ったけれど、目を奪われるってこういうことなんだな、なんて他人事みたいな考えが頭をよぎる。
こうして改めて彼女の顔をじっくり見てみて、今日の優木坂さんの顔立ちが、いつもの雰囲気とちょっと異なることに気づいた。
上まぶたやほっぺた、それに唇に、淡いピンク系の色合いが差されている。
あいにく化粧の知識は皆無なのだが、そんな俺でも彼女がいつもはしていないであろう、メイクをしていることくらいは理解できた。
クドすぎず、あくまでさり気なく。こういうのってナチュラルメイクっていうのだろうか。
そのメイクによって、もともと端正な顔立ちをしている彼女が、さらに大人っぽく見えるというか……とにかくとても綺麗に見えた。
というか、気がつくのが遅すぎだろ俺。もっと早く気づいて、さり気なく褒めてあげればよかった。そうすればきっと彼女が喜んでくれたかもしれないのに。
「こんなとき、ゲームなら絶対選択肢が出てくれるのにな……」
俺の口からは、ため息と一緒に、思わずくだらない独り言がこぼれでた。
女性のメイクにどれくらい時間がかかるのかも、優木坂さんが普段どれだけメイクをしているかも、俺は知る由もない。
とにかく彼女は、今日のために、そして俺のためにメイクをしてくれたのだ。
その気持ちが嬉しかった。
それからも優木坂さんは俺の肩に頭を預け続ける。
目を覚ますどころか、むしろもたれかかる頭の重みがだんだんと増してきて。体も完全に密着し、温かい彼女の体温が半身から伝わってきた。
途中、何度かガタンと電車が大きく揺れたこともあったのだが、それでも彼女は目を覚まさない。割と深い眠りについているようだった。
やがて、乗換駅への到着を知らせるアナウンスが車内に響く。
俺は優木坂さんを起こすために彼女に声をかけた。
「優木坂さん。次、乗り換えだよ」
「すう、すう……」
「優木坂さん。起きて? 次、降りるよ」
だけど彼女はなかなか起きない。
仕方ないので、今度は彼女の肩を揺すりながら声をかけることにした。
「優木坂さん。駅、つくよ」
「んっ……うーん?」
すると優木坂さんはようやく薄っすらと目を開けた。そしてゆっくりと俺の肩から頭を離して、ぼんやりとした表情のまま、ゆっくりと首を二、三回振って、辺りを見渡す。
そして、その大きい瞳の焦点が、俺の顔を捉えた。
「夜空……くん?」
彼女は、俺の名を呼んだ。
「えっ……?」
「あっ……」
彼女がハッキリと、俺の名前を呼んだことで、俺は思わず固まってしまった。
それは、段々と意識が覚醒し、現在の自分の状況を理解した彼女も同様だったみたいで、みるみると顔が赤くなっていく。
「ご、ごめん! 青井くん……! あの、その……私……! 寝ぼけてて……!」
あわわと口をぱくつかせて言葉にならない言葉を発しながらアタフタする優木坂さん。
そのとき、電車は駅に到着したようで、プシューと扉が開く音が聞こえた。
「ゆ、優木坂さん。とりあえず降りよう?」
「う、うん!」
こうして俺と優木坂さんは、慌ただしく電車を降りた。
俺と優木坂さんは帰りの電車に揺られていた。
休日の午後七時過ぎの車内はそれほど混んでいない。乗り口付近に、丁度よく二つ並んだ空席があったので、俺と優木坂さんは隣り合って座ることにした。
「座れてよかったね」
「うん」
ショッピングモールでは楽しげな会話がたえなかった俺たちだが、今はお互いにちょっと言葉少なだ。といっても、別に気まずい沈黙じゃない。
今日一日、ずっと楽しくて、はしゃぎすぎたんだ。
午前中からこの時間まで、ずっと誰かと一緒にいること。それがいかに、気心の知れた相手との楽しい時間であったとしても。
休日はだいたい部屋に引きこもってインドアコンテンツを消費するだけの自分にとって、それはやっぱり多大なエネルギーを消費することで。
知らず知らずのうちに、体はクタクタになってしまっていたらしい。
だけどそれは嫌な疲労感じゃなくて、むしろなんだか心がじんわりと温まるような、そんな優しい疲れだった。
今の沈黙について、優木坂さんが同じ理由なのかはわからないけれど、少なくとも俺にとっては、そういうことだった。
ここから乗り換えの駅までは三十分くらい。
それまではこの心地よいまどろみと電車の揺れに、ただ身を預けていたかった。
そんな風にしばらくボーっとしていると、不意に右肩に何かが触れた。
どうしたのかと思い、俺は首を少しひねってみると優木坂さんの頭が乗っかっている。
更に彼女の顔の方に視線を移すと、彼女は目をつむって、すぅすぅと、穏やかな寝息を立てていた。
「優木坂さん――」
彼女の瞳が閉じられたことで、艶やかな黒髪や、瞳を縁取る長いまつ毛、形のいい鼻梁、それに潤いを帯びた瑞々しい唇など、彼女の魅力を形作る、一つ一つのパーツたちが際立つような気がして、俺は思わず見惚れてしまっていた。
女の子の顔をジロジロと覗き込むなんて失礼なことだと思ったけれど、目を奪われるってこういうことなんだな、なんて他人事みたいな考えが頭をよぎる。
こうして改めて彼女の顔をじっくり見てみて、今日の優木坂さんの顔立ちが、いつもの雰囲気とちょっと異なることに気づいた。
上まぶたやほっぺた、それに唇に、淡いピンク系の色合いが差されている。
あいにく化粧の知識は皆無なのだが、そんな俺でも彼女がいつもはしていないであろう、メイクをしていることくらいは理解できた。
クドすぎず、あくまでさり気なく。こういうのってナチュラルメイクっていうのだろうか。
そのメイクによって、もともと端正な顔立ちをしている彼女が、さらに大人っぽく見えるというか……とにかくとても綺麗に見えた。
というか、気がつくのが遅すぎだろ俺。もっと早く気づいて、さり気なく褒めてあげればよかった。そうすればきっと彼女が喜んでくれたかもしれないのに。
「こんなとき、ゲームなら絶対選択肢が出てくれるのにな……」
俺の口からは、ため息と一緒に、思わずくだらない独り言がこぼれでた。
女性のメイクにどれくらい時間がかかるのかも、優木坂さんが普段どれだけメイクをしているかも、俺は知る由もない。
とにかく彼女は、今日のために、そして俺のためにメイクをしてくれたのだ。
その気持ちが嬉しかった。
それからも優木坂さんは俺の肩に頭を預け続ける。
目を覚ますどころか、むしろもたれかかる頭の重みがだんだんと増してきて。体も完全に密着し、温かい彼女の体温が半身から伝わってきた。
途中、何度かガタンと電車が大きく揺れたこともあったのだが、それでも彼女は目を覚まさない。割と深い眠りについているようだった。
やがて、乗換駅への到着を知らせるアナウンスが車内に響く。
俺は優木坂さんを起こすために彼女に声をかけた。
「優木坂さん。次、乗り換えだよ」
「すう、すう……」
「優木坂さん。起きて? 次、降りるよ」
だけど彼女はなかなか起きない。
仕方ないので、今度は彼女の肩を揺すりながら声をかけることにした。
「優木坂さん。駅、つくよ」
「んっ……うーん?」
すると優木坂さんはようやく薄っすらと目を開けた。そしてゆっくりと俺の肩から頭を離して、ぼんやりとした表情のまま、ゆっくりと首を二、三回振って、辺りを見渡す。
そして、その大きい瞳の焦点が、俺の顔を捉えた。
「夜空……くん?」
彼女は、俺の名を呼んだ。
「えっ……?」
「あっ……」
彼女がハッキリと、俺の名前を呼んだことで、俺は思わず固まってしまった。
それは、段々と意識が覚醒し、現在の自分の状況を理解した彼女も同様だったみたいで、みるみると顔が赤くなっていく。
「ご、ごめん! 青井くん……! あの、その……私……! 寝ぼけてて……!」
あわわと口をぱくつかせて言葉にならない言葉を発しながらアタフタする優木坂さん。
そのとき、電車は駅に到着したようで、プシューと扉が開く音が聞こえた。
「ゆ、優木坂さん。とりあえず降りよう?」
「う、うん!」
こうして俺と優木坂さんは、慌ただしく電車を降りた。
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