銀河鉄道の夜に優しい君と恋をする

三月菫

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36話 夜空くん

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 慌ただしく電車を乗り換えた俺たちは、最寄り駅に向かって走る車内で、二人つり革を握って立っていた。

 ふたりとも無言。しかもそれは、さっきまで感じていた居心地のよい沈黙ではなくて、妙にギクシャクとした、気まずいそれだった。

 俺はこの雰囲気をなんとかしようと思って、優木坂さんに声をかけようと試みる。だけど、なんて声をかければいいか分からずに、金魚みたいに口をパクパクさせた後、結局は声掛けを諦めてしまった。
 
 その代わりといってはなんだけど、ちらりと彼女の様子を盗み見る。
 優木坂さんは少しうつむき気味に顔を伏せているようだった。心なしか……いや、はっきりとその頬が赤く染まっていた。

 幸いなことに、乗り換え駅から最寄り駅までかかる時間は一〇分程度。
 俺と優木坂さんは気まずい沈黙の車内から、ほどなくして開放された。

 改札を抜けて、階段を下り、通いなれた駅前広場に降り立つ。
 俺と優木坂さんは、そこで何となく向かい合うような格好になった。

「えっと……」
「ん……」

 お互いに、上手い言葉がでずに沈黙。
 それでもなんとか言葉を絞り出す。

「あの、今日はありがとう。楽しかったよ」
「う、うん。私も……ありがとう、青井くん」

 今日一日、一緒の時間を過ごすことができたことに対する、感謝の言葉をかけあう俺たち。
 だけど、やっぱりそれは、どこかギクシャクとした、お互い探り合っているかのような、そんなぎこちないやりとりになってしまった。

 そして、また会話が途切れた。

「あの……それじゃ、またね」

 その沈黙からまるで逃げるように、優木坂さんが別れの言葉を切り出した。

「あ、うん。また学校で……」
「じゃあ、私行くね」

 そう言って彼女はくるりと背を向けて、足早に立ち去ろうとした。

 俺はその背中を見送る。
 そして、こんな考えが頭をよぎった。

 今日は、掛け値なしに、本当に楽しい一日だった。
 優木坂さんと一緒にいると、ずっと自然体でいられて、会話ベタな俺でも、次々と話題を見つけることができて、楽しいおしゃべりが無数に生まれた。こんな時間がずっと続けばいい、そんなことさえ俺は思ってしまった。

 だから――だからこそ、その楽しい一日の終わり際。
 こんなギクシャクとした空気のままで解散してしまうのが、とても勿体無い気がしたのだ。

「優木坂さん!」

 気がついたときには、彼女の名前を口にしていた。

 呼ばれた彼女がこちらを振り返る。街灯の明かりに照らされたその表情は、驚いたような、恥ずかしそうな、悲しそうな、嬉しそうな、そんなよくわからない顔だった。

「あの、もしよかったら、もう少し話さない? なんていうか、まだ別れたくないなって思って」

 言葉尻だけ捉えると、とんでもない発言をする俺。自分から誘っておいてなんだが、顔が熱くなるのを感じた。

 対する優木坂さんはというと、しばらく目を丸くして固まっていたが、やがて、ゆっくりと口を開いた。

「うん、私も……このまま別れるのはイヤだった……」

 少し儚げな笑みを浮かべる優木坂さんを見て、俺は自分の心臓が高鳴るのを感じた。

***

 俺たちはコンビニでホットコーヒーを買ってから、駅前広場に設置されているベンチに腰掛けた。
 しばらく、ふたりとも静かにコーヒーをすすっていたが、いつまでも黙ったままじゃ、せっかく勇気を出して優木坂さんを引き留めた意味がないということで、俺のほうから口火を切ることにした。

「優木坂さん」
「は、はい」

 優木坂さんは俺の声を受けて、身構えるように、背筋を伸ばす。

「あの、これから俺は的外れなことを言うかもしれないんだけど、そのときは笑ってね」

 俺はこれから自分が発言しようとしていることについて、予防線を貼っておく。
 優木坂さんは黙ってコクリと頷いた。

だったら、全然気にしてないからね?」
 
「――ッ!」

 途端、優木坂さんは肩をびくんと震わせて、目を大きく見開いた。朱色が頬だけじゃなく、耳まで及んだ。
 
 この反応は、ビンゴだったらしい。
 
 さっきから漂っていたギクシャクしていた空気感。二人の間にへだたる、張り詰めた氷のようなその雰囲気に、ピシッと、亀裂が入ったような気がした。

「あの……ワタシ……寝ぼけてて……つい……」

 なぜか涙目になってワタワタする優木坂さん。

「ホントにごめんなさい。不快な気持ちにさせちゃって――」
「ちょっと待って。それは違うよ」

 優木坂さんの話しをさえぎるつもりはなかったのだけれど、流石に聞き捨てならない台詞が飛び出したので、俺は慌てて否定の言葉を口にした。

「不快とか、イヤだとか、そんなの全然ないから!」

 彼女の瞳を真っ直ぐ見つめて伝える。彼女の大きな瞳がさらに大きく見開かれた気がした。
 俺は、吸い込まれるようなその琥珀色こはくいろの瞳を見つめ続けることができず、視線を外して、コーヒーをひと口すすった。
 
 それから、ゆっくりと一息をついてから、心の奥に散らばる気持ちのカケラを慎重に拾い集める。そうして生まれた言葉は不格好な、ツギハギなものだった。

「その、女の子に名前で呼ばれるなんて、初めてだったから……ちょっとビックリしただけで」
「ホント……?」

 ……正確には小学校低学年くらいまでは呼ばれたこともあったかもしれない。まぁ、ここはニュアンスを正しく伝えられればいいのだ。

 情けないハナシだけど、俺は異性に下の名前で呼ばれることに対する耐性が皆無だった。

「ホントだよ。そもそも、別に名前の呼び方なんて、どんな呼び方だって気にしないし。優木坂さんの好きに呼んでもらえれば」
「それじゃあ……」

 俺の言葉を受けて、優木坂さんは一度大きく顔を俯かせる。それから、ゆっくりと顔を上げて俺の顔を見つめた。

「これからは、夜空くんって、呼んで……いいですか」

 俺と彼女の間の氷が、粉々に砕けた。
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