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4章 戦乱の中へ

23話 厳しい風

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 美紗希にキスをされたその夜おれはなかなか眠れなかった。

「何であいつはあんなこと…」

 自分の唇に手を当て感触を確かめる。

 しかしもうそこにはあの柔らかい唇はどこにもなかった。

 美紗希のあの行為の真意をおれは知る日が来るのだろうか。

 いや、それよりも彼女との約束を果たさなければならない。

 次に彼女にあった時におれは果たして彼女にキスできるだろうか…

 大切に思っているのは間違いないが、これは本当にそういう感情なのか…

…考えても仕方ないので無理やり寝ることにした。

 すると案外早く眠りに落ちることが出来た。

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「おい、春臣!おせーよ!」

 桃との集合場所に来ていた。

「いや、時間通りだろ」

「レディーとの約束は三十分前行動だ!学校で習わなかったのかよ!」

「誰がレディーだよ…」

「あん!?」

 聞こえないように言ったがやはり聞こえていた。

「あの…よろしくお願いします」

 そう声をかけてきたのはメガネが似合うお姉さん。

「えっと…」

「私は早乙女沙織さおとめさおりと言います。今回ご一緒させて頂くものです」

 早乙女と名乗ったその人は深々と頭を下げた。

 歳はおれより上…恐らく菫と同い年くらい。

 身長胡桃と同じくらいだが、早乙女さんの方がバストがある。

 美紗希程ではないが、身長が低い割に大きい胸が返って強調されている。

「あっおれは…」

「神田春臣よ」

 おれの代わりに何故か桃が紹介した。

「よろしくお願いします。早乙女さん?」

 何故か語尾が疑問形になってしまったのはなんと呼べば良いのか分からなかったからだ。

「沙織で良いですよ」

 ありがたいことにすぐに訂正が入った。

「沙織とは何回か組んだことがあってな、結構腕が立つんだぜ」

 桃が聞いてもないのに沙織の紹介を始める。

「そうなんですか…」

「春臣は…まぁその何だ?根性はある男だな」

「お前おれの紹介雑すぎるだろ…」

「ふふふ、お二人は仲がいいんですね」

 二人揃ってそれはないと綺麗にハモってやった。

「それはともかく残りの二人は…」

「もう来るはずなんですが…」

 残りの二人をしばらく待つことにした。



「あっ、来たみたいですね」

 残りの二人は一緒に来たみたいだった。

「どうも~こんちは遅くなってすんません」

「…ごめんなさい」

 一人は関西弁の女だ。

 赤い髪のショートカットが似合っている。

 もう一人は無口な女性らしく、背中にギターケースを背負っている。

「おせーよ」

「だから謝ってるやろ?」

 来栖と呼ばれた女性が答える。

 そしてこっちを見て自己紹介を始めた。

「うちの名は羽曳野栗栖はびきのくるすっていいます。よろしゅうな」

「私は…斑鳩いかるがしの…です」

「よろしく頼むよ、二人とも」

 おれも自分の名前を告げて互いに紹介が終わった。

「とりあえずチームを組むことになるさかい全員の名前を確認しときたいんやけど」

 ええかなというようにおれ達をみる栗栖。

「はい、もちろんです。私は早乙女と言います。下の名前で沙織って呼んでください」

「あたしは花木桃だ」

「なんでお子様がここにおるんや?」

 やばい…

「ああん!?てめえ喧嘩売ってのか?」

 思った通り桃が栗栖にかみつく。

「桃ちゃん、これから一緒に仕事するんだから仲良くしましょ」

 沙織がすかさずなだめたので大事に至らなかった。

「すまんなぁ悪気はないんやで。堪忍な」

 桃と栗栖の相性はよくなさそうだ…

 先が思いやられるな…

「とりあえず夜になるまで作戦の確認をしようか」

 おれは誰もいなかったので仕切ることにした。

「春臣さん、そうですね。待機所に移動しましょうか」

 沙織が賛同してくれたおかげでほかの三人も着いてきた。

 待機所とは八戸と九重に一番近い十番地区に建てられた小さな屋敷である。

 そこで今回の依頼人である十文字景光じゅうもんじかげみつという人物から依頼内容を確認する手はずになっている。

「栗栖…あまり敵は作らない方がいい…」

 しのが栗栖を制してくれているので、一応チームとしては機能しそうだ。

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 おれ達は待機所に着いた。

 ここで一日泊まる手はずになっている。

 十文字は今日の夜にくる。

 それまでにとりあえず夕食にすることにした。

 待機所には二人のメイドが待機しており、夕食を作ってくれた。

 豪華なフランス料理だった。

「こんなもの今まで食べた事ないな…」

 おれは独り言を呟いた。

「あらあら、春臣さんナイフとフォークが逆ですよ」

 隣に座った沙織が笑いながら訂正してくれる。

「田舎もんが、恥晒すんじゃねえぞ」

 栗栖にお子様と言われてから桃の機嫌が悪い。

「す、すまん…」

 こればかりはどうしようもなかった。

 おれはその後も慣れない作法に手こずりながらなんとか食事を平らげた。

 味は…正直分からなかった。

「春臣くんは田舎もんなんやなぁ」

 栗栖が嘲笑を向けてくる。

 なんか二人の怒りの矛先がおれに向いている気がする…

 その後も二人の怒りを受け流しながら十文字という人物を待ったのであった。

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「皆様主が到着なさいました」

 メイドの一人がくつろいでいたおれ達を呼びに来たときおれのメンタルは二人のせいでズタズタだった。

「勘弁してくれ…やっとかよ…」

「桃がごめんなさいね春臣さん」

 声を掛けてきたのは沙織だ。

「いや…いいんです。もう慣れましたから」

「あの子なかなか人に気を許すほうじゃないんですけど何故か春臣さんには気を許しているみたいで…」

 それは意外なことを聞いた。

 現に一回しかチームを組んだことがなかったが、おれも桃のことを信頼している。

 それは単にももの実力を認めているからという理由だけでは無かった。

「ああ見えてあいつすごく優しいですからね」

 思わず笑がこぼれてしまった。

「ふふふ、よくご存知ですね。今後もあの子のことを頼みます」

 沙織も同じように笑を浮かべて言った。

「何やってんだよノロマ!早く来いよ!」

 相も変わらず口の悪いパートナーだが最近はこれが愛情の裏返しなのだと言うことに気がついてきた。

 優しいが不器用。

 思いやりはあるが不器用。

 それが花木桃という少女なのだ。

…あれ?おれなんか年寄り臭くね?

 おれは自分の精神の老化現象に頭を悩ましつつも桃達がいる、十文字の待つ応接間へと足を踏み入れた。
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