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ふたりきり
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旧校舎の奥に足を踏み入れてから、どれくらい時間が経っただろうか。
廊下は狭く、壁はところどころ崩れていて、月明かりも届かない。
班全員で行動していたはずなのに、いつの間にか僕と天音だけが、他の三人とはぐれていた。
「……迷った、な。」
立ち止まり、背後の闇を振り返る。
誰の声も足音も聞こえない。気配すら、まるで吸い込まれたように消えていた。
「……ごめんなさい。私が、こっちにって……言ったから。」
すぐ横で、天音が俯きながら申し訳なさそうに言った。
「いや、俺もついてきたんだし、天音のせいじゃない。」
そんなことより。
今は、完全に“ふたりきり”というこの状況の方が、よっぽど問題だ。
教室のような部屋を見つけ、ふたりで中に入る。
天井は抜けかけていて、床には木の破片や黒ずんだ紙くずが散らばっていた。
でも、窓は割れていない。風の通りもある。
とりあえず、ここで一旦休憩することにした。
僕は壁際に腰を下ろし、天音は少し離れた場所にちょこんと座る。
「……天城くん。」
沈黙の中で、天音がぽつりと話しかけてきた。
「怖くないんですか? こういうの。」
「……怖いよ。ていうか、怖くないやつなんていないだろ、普通。」
「ふふ……よかった。」
そう言って、天音は微笑んだ。
「怖がってる天城くん、ちょっと新鮮です。」
「やめろよ……。」
僕は軽くそっぽを向いたが、心の奥がくすぐったくなる。
「でも、ちょっと嬉しいです。」
「嬉しい?」
「だって……ふたりきり、じゃないですか。」
天音の声は小さいのに、やけに耳に残る。
「……偶然、だろ。」
「そうですね。偶然、です。」
同意しているのに、その声はどこか確信犯のように響いた。
外では、風が木々を揺らし、枝がガラス窓をかすめる音がする。
天音は膝を抱えて、僕の方をじっと見ていた。
「……天城くん。」
その声は、少しだけ真面目だった。
「もし、誰も来なかったら、どうします?」
「……どうって……待つしかないだろ。」
「でも……このままずっと、ふたりきりだったら?」
「……いや、それは……困る、けど。」
「……困ります?」
「え、いや、困るっていうか……お互いに、な?」
天音は、なぜかくすっと笑った。
その声が、廃墟の教室には不似合いなほど柔らかく響いた。
「……なんだよ。」
「なんでもないです。ただ……ちょっと安心しただけ。」
「何がだよ。」
「……天城くんが、ちゃんと“困る”って言ってくれたから。」
「……?」
「だって、無関心な人なら、『別に』って言うと思ってました。」
気づけば、天音との距離が少しだけ縮まっていた。
さっきまでは二人分離れていたのに、今は一人分。
彼女は、そっと膝の上にあごを乗せて、僕の視線を見上げるようにして言った。
「私……天城くんが、誰にも見せない顔、見てみたいんです。」
その言葉は冗談めかしていたのに、目だけが真っ直ぐだった。
……逃げ場がない。
暗い廃墟の中で、灯りのない視線だけが僕をじっと貫いてくる。
「……天城くん。」
「な、なんだよ……。」
「こっち、来ません?」
「……っ……なんで?」
「だって、寒くないですか? ここ。」
天音はそう言って、スカートの裾を整えながら、空いた隣のスペースを指差した。
……終わった。
たぶん、何かの終わりが今ここにある。
そう思いながら、僕は覚悟を決めて、そっと天音の隣に腰を下ろした。
ほんの数センチの距離に、彼女の体温を感じる。
でも、天音は何も言わない。ただ、小さく笑っていただけだった。
その笑みが、月明かりにほんのり照らされて、
まるで誰にも知られたくない秘密のように、僕の胸の奥に落ちた。
ふたりきりの密室。
誰にも見つからない静けさの中で、僕たちはしばらくのあいだ、声もなく座っていた。
廊下は狭く、壁はところどころ崩れていて、月明かりも届かない。
班全員で行動していたはずなのに、いつの間にか僕と天音だけが、他の三人とはぐれていた。
「……迷った、な。」
立ち止まり、背後の闇を振り返る。
誰の声も足音も聞こえない。気配すら、まるで吸い込まれたように消えていた。
「……ごめんなさい。私が、こっちにって……言ったから。」
すぐ横で、天音が俯きながら申し訳なさそうに言った。
「いや、俺もついてきたんだし、天音のせいじゃない。」
そんなことより。
今は、完全に“ふたりきり”というこの状況の方が、よっぽど問題だ。
教室のような部屋を見つけ、ふたりで中に入る。
天井は抜けかけていて、床には木の破片や黒ずんだ紙くずが散らばっていた。
でも、窓は割れていない。風の通りもある。
とりあえず、ここで一旦休憩することにした。
僕は壁際に腰を下ろし、天音は少し離れた場所にちょこんと座る。
「……天城くん。」
沈黙の中で、天音がぽつりと話しかけてきた。
「怖くないんですか? こういうの。」
「……怖いよ。ていうか、怖くないやつなんていないだろ、普通。」
「ふふ……よかった。」
そう言って、天音は微笑んだ。
「怖がってる天城くん、ちょっと新鮮です。」
「やめろよ……。」
僕は軽くそっぽを向いたが、心の奥がくすぐったくなる。
「でも、ちょっと嬉しいです。」
「嬉しい?」
「だって……ふたりきり、じゃないですか。」
天音の声は小さいのに、やけに耳に残る。
「……偶然、だろ。」
「そうですね。偶然、です。」
同意しているのに、その声はどこか確信犯のように響いた。
外では、風が木々を揺らし、枝がガラス窓をかすめる音がする。
天音は膝を抱えて、僕の方をじっと見ていた。
「……天城くん。」
その声は、少しだけ真面目だった。
「もし、誰も来なかったら、どうします?」
「……どうって……待つしかないだろ。」
「でも……このままずっと、ふたりきりだったら?」
「……いや、それは……困る、けど。」
「……困ります?」
「え、いや、困るっていうか……お互いに、な?」
天音は、なぜかくすっと笑った。
その声が、廃墟の教室には不似合いなほど柔らかく響いた。
「……なんだよ。」
「なんでもないです。ただ……ちょっと安心しただけ。」
「何がだよ。」
「……天城くんが、ちゃんと“困る”って言ってくれたから。」
「……?」
「だって、無関心な人なら、『別に』って言うと思ってました。」
気づけば、天音との距離が少しだけ縮まっていた。
さっきまでは二人分離れていたのに、今は一人分。
彼女は、そっと膝の上にあごを乗せて、僕の視線を見上げるようにして言った。
「私……天城くんが、誰にも見せない顔、見てみたいんです。」
その言葉は冗談めかしていたのに、目だけが真っ直ぐだった。
……逃げ場がない。
暗い廃墟の中で、灯りのない視線だけが僕をじっと貫いてくる。
「……天城くん。」
「な、なんだよ……。」
「こっち、来ません?」
「……っ……なんで?」
「だって、寒くないですか? ここ。」
天音はそう言って、スカートの裾を整えながら、空いた隣のスペースを指差した。
……終わった。
たぶん、何かの終わりが今ここにある。
そう思いながら、僕は覚悟を決めて、そっと天音の隣に腰を下ろした。
ほんの数センチの距離に、彼女の体温を感じる。
でも、天音は何も言わない。ただ、小さく笑っていただけだった。
その笑みが、月明かりにほんのり照らされて、
まるで誰にも知られたくない秘密のように、僕の胸の奥に落ちた。
ふたりきりの密室。
誰にも見つからない静けさの中で、僕たちはしばらくのあいだ、声もなく座っていた。
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