学院最弱底辺の僕にだけ従う最強生徒会長

塞翁が馬

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任務?

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 旧校舎、僕の心はどこか重かった。

 さっきまでの沈黙が、逆に心の奥に染みこんでくるようだった。

 ずっと――気になっていた。

 

 僕と村崎天音は、同じ班で、同じクラスで、今こうして林間学校でも行動を共にしている。

 けれど、それは偶然だけで説明できることなのか。

 

 そもそも彼女が僕に対して、あまりにも――接近しすぎている。

 

「……なあ、村崎。」

 

 ぽつりと、口にした。

 

「はい?」

 

 すぐ横を歩く彼女が、素直に立ち止まり、首をかしげた。

 

 月明かりが旧校舎の高い窓から差し込む。

 その光の中で、彼女の黒髪ボブが、やわらかく揺れていた。

 

「……なんで、そんなに俺に関わってくるんだ?」

 

 唐突な問い。

 けれど、もうずっと胸の中に引っかかっていた。

 

 他にもっと話しやすい人間なんて山ほどいる。

 それなのに、どうして。

 

 天音は少しだけ目を丸くして、ふふっと小さく笑った。

 

「やっと聞いてくれましたね。」

 

「……え?」

 

「実は……最初は、お願いされてたんです。」

 

 さらりと、秘密を打ち明けるような声音だった。

 

「誰に?」

 

「セラフィーナ先輩です。」

 

 ……やっぱり、そうか。

 どこかで予感していた名前が出てきて、僕は額に手を当てた。

 

「『天城くんが余計なトラブルに巻き込まれないように、日常的に観察しておいて』って言われて。」

 

「観察って……俺、実験動物かよ。」

 

「ふふっ。最初は、そういう気持ちでしたよ?」

 

 と、悪戯っぽく笑う天音。

 

「でも、だんだん……変わってきて。」

 

 声の調子が少しだけ静かになる。

 

「……変わってきた?」

 

「はい。最初は“任務”みたいなものだったんですけど……」

 

 天音は、僕のほうを見ずに言葉を続けた。

 

「一緒にいると、落ち着くんです。天城くんって。」

 

「落ち着く……?」

 

「はい。無駄に騒がないし、距離の取り方も適切だし、優しい時もあるし。」

 

 天音の声は淡々としていた。

 でも、どこかに確かな温度があった。

 

「あと……」

 

 少し言い淀んで、

 けれど、はっきりと告げた。

 

「いい匂いがする。」

 

「……は?」

 

「これは私の好みですけど……天城くんの匂い、ちょっとだけ甘くて安心するんです。」

 

 冗談だろ、と思ったが――彼女の表情はいたって真剣だった。

 

「そのうち、セラフィーナ先輩に報告しなくてもいいやって思うようになって。」

 

「それ、報告してたのか……」

 

「はい。毎晩、寮のポータルで簡単に。」

 

 思わず、頭を抱えたくなった。

 天音は、苦笑しながら続ける。

 

「でも、今はもう、そういうのはしてません。」

 

「……じゃあ、今は?」

 

「……自発的に、です。」

 

 月明かりの中で、彼女は僕の方を見た。

 真っ直ぐで、嘘のない視線。

 

「天城くんの近くにいるの、心地いいから。」

 

 その言葉が、嘘じゃないことは分かった。

 

 だからこそ、僕は少しだけ視線を逸らした。

 こんなことを真正面から言われるのは、予想以上に照れくさい。

 

「……じゃあ、これからもずっと?」

 

「ずっとって、どれくらい?」

 

「……いや、その……長めに。」

 

 天音は目を細めて笑った。

 

「うん、いいですよ。」

 

 そして、歩き出す僕の隣に、またぴたりと並ぶ。

 

 それは何気ない歩幅なのに、

 どこか、もう日常になってしまいそうな自然さだった。

 
 沈黙が、続いていた。

 灰色の石壁に囲まれた静かな空間は、まるで時間の流れさえも止めてしまったようだった。

 村崎は、僕の目の前で微笑んだまま、ほんの少しだけ僕の制服の袖をつまんでいる。

 「……こうしてると、安心するんです。」

 その声は、まるで独り言のようにかすかだった。
 僕はそれに返す言葉を探して、けれどどれも口に出せずにいた。

 安心?
 この僕が?

 自分では何もできなくて、成績も悪くて、役立たずと言われても仕方のないような自分に。

 「……そんなに俺、居心地いいか?」

 言葉にしてしまったのは、思わず漏れた疑念だった。

 「はい。」

 間髪入れず、彼女は頷いた。

 「なんで……?」

 「……理由は、いっぱいありますけど。」

 小さく息をついて、村崎はひとつ、またひとつと数えるように指を折っていく。

 「話し方が落ち着いてて、視線を合わせすぎないところも気楽で、
  沈黙が続いても気まずくならないし、匂いもいいし、背中の距離もちょうどいいし。」

 「……最後のは意味がわからない。」

 「ふふ、説明しづらいですけど……」

 彼女は肩をすくめて、目を細めた。

 「天城さんのそばにいると、変に自分を作らなくていいんです。
  それが、どれだけありがたいことか……」

 僕は何も言えず、少しだけ俯いた。
 けれどそのとき、村崎がそっと僕の手首を軽くつまんだ。

 「――でも、そういう天城さんって、ほんとはずるいんですよ。」

 「ずるい……?」

 「はい。」

 彼女の瞳が、まっすぐに僕を見つめていた。
 そこに、ふざけた色も冗談もなかった。

 「私は……天城さんに、ちゃんと褒めてほしかったんです。」

 「……。」

 「頑張ったって、言ってほしかった。」

 「……ごめん。」

 それだけを、絞り出すように言った。

 彼女は首を横に振った。

 「謝ってほしかったんじゃないんです。」

 「じゃあ、なんで……?」

 「そうじゃなくて……“ちゃんと見ててほしい”だけなんです。」

 “見ててほしい”

 その言葉が、胸の奥の柔らかいところに静かに刺さった。

 誰にも見てもらえなかった。
 誰かの背中ばかり見ていた。
 それが自分の立場だと思っていた――
 その僕に、こんな言葉を投げかけてくる彼女が、ずるい。

 「村崎……」

 そう呼ぶと、彼女は嬉しそうに笑った。

 「――はい。」

 その笑顔を見て、ほんの少しだけ、僕は息を吸った。

 何かを返さなきゃと思っても、言葉は浮かばない。
 でもそれでいいのかもしれない。
 この沈黙も、居心地が悪くなかった。

 やがて、教室の外の廊下から、誰かの足音が近づいてきた。
 クラスメイトか、先生か、もしくは班の誰か。

 村崎は僕から手を離し、微笑みながら少しだけ背を向けた。

 「行きましょうか、天城くん。」

 それは何でもない風に告げた一言だったのに、
 その“天城くん”という呼び方だけが、やけに胸の奥に染みた。

 僕はうなずいて、彼女と肩を並べて歩き出した。

 誰かに命じられたからじゃない。
 誰かの命令でついてきていたはずの彼女が、今は自分の意思で――
 僕のすぐ隣にいた。
 
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