灰かぶりの冠奴隷少女は、他の誰にも膝をつかない

塞翁が馬

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第2部

動き出す陰謀

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夜が深く、グランザ基地は静まり返っていた。
遠くで風が金属柵を鳴らし、見回りの兵士の足音が無機質に響くだけだ。

トタン屋根を打つ夜風の音が遠くで微かに鳴る。

シャワー室の奥で、アーシャ・レイネは湯気の中で小さく息を吐いた。

(……あったかい……)

任務の疲れが溶けていく心地よさに、ほっと肩の力を抜く。
滴るお湯が背を伝い落ち、濡れた髪が肩に張り付く感覚がくすぐったくて、そっと指で外した。

(明日も、ノア様と任務かぁ……)

思わず小さな笑みが零れる。
ノアの前では笑顔を見せるのがまだ少し恥ずかしいのに、あの人と目が合うと嬉しくなってしまう。

(でも……ちゃんと、戦えるようになりたい……)

かつての自分のように怯えるだけの少女ではなく、ノアの言葉に応えられる自分でいたいと願った。

シャワーを止めて、タオルを取ろうとしたときだった。

カタン。

シャワー室の外で物音がした。

(……?)

誰かが通り過ぎたのだろうか。
だが、夜間の見回りならもっと重く規則正しい足音がするはずだった。
胸の奥がひやりと冷える。

「……誰、か……」

誰も答えなかった。

(早く、服……)

タオルを胸元に巻きつける。濡れた髪から水滴が落ちる音がやけに大きく響いた。

その瞬間。

――バンッ!

扉が乱暴に開かれた。

「ひっ――!?」

思わず悲鳴が漏れたが、その声はすぐに黒い布で塞がれた。
タオル一枚の裸の体が引き寄せられ、湯気混じりの空気の中で冷たい夜気が肌を刺した。

(いや、いやだ――!)

身体を捩らせて逃れようとするが、男の腕は重く、力強かった。
背中を抱えるようにして無理やり持ち上げられ、タオルがずれて肩が露わになる。

「ッ……や、め、……やめて……!」

くぐもった声で懇願する。
足が濡れた床で滑り、転びかけたところを乱暴に引き戻された。
小さな肩に無遠慮な手がかかる。

(いやだ、いやだ――)

羞恥と恐怖で視界が滲む。

「静かにしろ」

低く冷たい声が耳元で囁いた。

肩越しに見えたのは、見覚えのある軍服の襟章――少佐の階級章。

(――エドガー・フェルス少佐……!?)

頭が真っ白になった。

「運べ」

「はい、少佐」

「やだ……いや……!」

声にならない悲鳴をあげながら、細い体はタオルごと無造作に抱えられ、扉の向こうへ連れ出された。
風が湿った体を撫で、夜気が肌に突き刺さる。

(ノア様……ノア様、助けて……)

ずり落ちそうになるタオルを握る手が震える。
だけど力が入らず、裾がめくれ上がりそうになる。

恥ずかしい。怖い。
心臓が痛いほど早鐘を打つ。

「歩け」

「いや……やだ……!」

腕を引っ張られ、抵抗すると首元を掴まれた。
咳き込みながらも必死にタオルを押さえる。
恐怖で足が震えているのか、寒さで震えているのか、自分でもわからなかった。

その視界の端で、エドガー・フェルスが冷たく笑っていた。

「お前のような下賤の娘は、こうして売られるのが相応しい」

言葉の意味が頭に残らないほど、羞恥で思考が真っ白になる。

声にならない悲鳴が喉を震わせた。

遠ざかる仮設宿舎の明かり。
夜の冷気が肌を突き刺し、タオルを掴む指先が痺れる。

車の後部扉が開け放たれた。

「積め」

「いや……やだ、いや……!」

泣き叫んでも声は夜に溶けていく。
誰も助けに来ない。

そのままアーシャは、裸同然の姿で暗い荷室へと放り込まれた。
鉄の扉が冷たく閉じられ、世界が真っ暗になった。

(いや……助けて……)

震える身体を必死に抱きしめながら、アーシャは闇の中で目を閉じた。

その夜、アーシャ・レイネは帝国から、ノアの前から、完全に奪われてしまった。



鉄の扉がギィ、と鈍く軋む音を立てて開いた。

「起きろ」

低い声が響く。
アーシャ・レイネは怯え切った目で声の主を見上げた。
体は冷え切り、タオルは既に身体を覆いきれず、肩から滑り落ちかけていた。

(……ここ、どこ……)

暗い倉庫のような場所。油と鉄の匂いが鼻を刺す。
床は冷たく、肌を刺すようだった。

腕を掴まれる。
無理やり立たされ、抵抗しようとしたが力が入らない。

「おとなしくしろ。売り物なんだ。痕をつけるなって言われてる」

笑い声がした。
エドガー・フェルス少佐の部下たちだ。
数人の男たちが、冷たい視線をアーシャに向けていた。

「……いや、離して……」

声が震える。
身体を覆おうとタオルを掴むが、男の手が無遠慮にそれを引き剥がす。

「やめっ……いやっ!」

バサリと音を立ててタオルが床に落ちる。
冷気が裸の肌を刺す。
震える体を抱え込むように腕で隠そうとするが、強引に腕を掴まれ、引き剥がされる。

羞恥で頭が真っ白になる。

「やっぱり、いい身体してるな……この歳でよ……」

「黙れ。身体の確認だけだ」

魔導式の端末がカチリと音を立てた。
光が走り、裸の身体を映し出す。

(いや……いやだ……やめて、ノア様……見ないで……)

涙が頬を伝う。
泣き声を堪えようとしても、喉の奥でくぐもった声が漏れた。

「前を向け。顔も写すんだ」

顎を掴まれ、強引に顔を上げさせられる。
震える瞳が光を映した。

「いいな、この絶望した顔……」

笑い声が耳に刺さる。
身体を隠そうとしても、無理やり開かされる。
羞恥で息が詰まる。
恥ずかしい。苦しい。怖い。

(……ノア様……)

視界が滲む。

「よし、これで送れるな」

「早くしろ。さっさと金に変えるんだ」

乱暴に身体を押し倒され、麻袋のような布で裸の上から拘束される。
布越しに肌が擦れ、痛みが走る。

「……たす、け……」

声が漏れた。

だが男たちは笑って、袋の口を閉じた。
視界が闇に閉ざされる。

(ノア様……いやだ、助けて……)

目を閉じた瞬間、アーシャは小さく嗚咽を漏らした。
その声は袋の中に吸い込まれ、誰にも届かなかった。
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