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第二章
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一
うだるような暑さのなか、タイマは機嫌よさそうに鼻歌などを、歌っていた。
蜃気楼がのぼる坂を上がり、汗一つかかない横顔を睨みながら、ため息をついた。以前から抱いていた、わしの疑問を聞いて、タイマは「ああ」と、なんでもないように言った。
「何でも屋の東堂と言う男がいるんだ。そいつは、まあ、見た目も奇天烈だが、やることも、言うことも、持っているものも、まあ、奇天烈だよ」
「一番、奇天烈な男に、言われたくはないだろうな」
タイマは笑みを浮かべたまま、涼しい顔をして、坂を上がっている。この坂の上に、じじい共が用意した家が、あるのだそうだ。
わしはむれて、湿っぽくなった毛を舐めながら、眉間に皺をよせた。
「東堂が、お前の体を用意した。大量の本も、新聞もね。あいつに言えば、大抵のものが手に入る」
「どこでそんなやつと知り合うんだ」
「長くなるから、追々話そう」
「長話ならいらん」
坂を上がりきると、大きな黒い門の前で、しゃがみこんだ。鼻息荒く、タイマを見上げると、相変わらず平然とした顔で、屋敷の庭先を見つめていた。その不感症がうらやましい。わしは、汗をなめながら、舌打ちをした。
おい、と声をかける前に、「あれは」と、つぶやいたタイマが、表情を歪めた。視線を追うと、縁側に座る妙な男が目に入った。その隣には、妙な女が座っている。
この家は、坂島の私有地であり、坂島の分家だ。ゆえに、よそ者が勝手に上がりこみ、茶を飲むことは、不可能に近い。それなら、あの女が、タイマの結婚相手と言うことになる。だが、手前の男は誰だ?
「東堂じゃないか」
嬉々としたその言葉に、目を見開いた。どうやら、件の「何でも屋」が、女の前で愉快そうに笑いながら、話を盛り上げている、あの変な男なのだそうだ。
タイマは、嬉しそうに頬をゆるめて、敷居をまたぐと、「おい、そこの奇人」と叫んで、片手を上げた。東堂は「これは、これは」と言って笑うと、角刈りの茶色い頭をぽん、と叩いた。
東堂と言うその奇天烈な男は、髪と目の色、格好が、そこいらの人間とはちがっていた。髪は茶色く、瞳は灰色で、顔のつくりは少々、角ばっていた。鼻が高く、そこはタイマにもよく似ている。着ているものは、着物ではなく、布が上下に分かれている。ワイシャツとズボンと、言うのだそうだ。
わしが、胡散くさそうにしげしげと眺めていると、縁側に腰かけたまま、足を組んで、さわやかに微笑んだ。
「僕があげた毛皮、ちゃんと使ってはるんやね。うれしいわ」
わしではなく、タイマの方を見上げてうれしそうにしていた。それに眉をしかめて見せる。なんだこいつは。気に喰わん。わしが喉を鳴らして、牙をのぞかせると、タイマがそれを片手で制した。慣れているのか、なんでもないように、ああ、と言って大きくうなずいただけだった。
「大層、お気に召しているようだよ。名前は八枯れと言うのだ」と、言って、快活に笑っていた。
「ははあ」うなずくと、わしをちら、とあいさつ程度に見ただけで、また向こうへ顔を戻した。どうやら、さほど興味がわかないらしい。と、言うよりタイマにしか、興味が持てないのかもしれない。瞬間、鳥肌が立った。気持ちの悪い男だ。
「こちら、嶋田由紀さん。旦那のご結婚相手ですわ。僕が仲介をやっとりますが、一時的に一緒に住まわせてもらってます。まあ、用心棒とでも思ってくださいな。いろいろと、女子一人じゃあ、用も足りんでしょうからね」
東堂は、灰色の双眸を細めて、隣に腰かけていた、白い着物の少女を紹介した。タイマは、「ああ、やっぱりそうだったのか」などと、つぶやきながら、少女に向かって、微笑みかけた。
「ごあいさつが遅れました。タイ……、失礼。坂島恭一郎です。しかし、なぜ、君が仲介なんかやっているんだ」後半は、東堂に向けた言葉なのだろう。首をかしげて、灰色の双眸を見下げていた。
「旦那のとこの大殿さまに、はじめはお二人の面倒を見るよう言われてはるんです。もちろん前払いで」
「よくやるなあ、あのじいさまも」
そう言って、億劫そうに頭をかいたタイマに向かって、少女は瞼を閉じたまま、「あの」と、つぶやいた。「おっと、これは失礼」と、少女を真正面から見据えて、急に口をつぐんだ。
少女はタイマの方を見上げると、小さなくちびるを歪めて、微笑んだ。そうして「はじめまして。由紀と申します」と、透明な声でささやき、うやうやしく頭を下げた。
弱弱しい、幽霊のような小娘に見えた。実際、年齢はタイマより下だろう。まだ、あどけなさが残っている。あまり日に焼けていない肌は白く、体も顔も小さく、結いまとめている髪の毛も細い。それでも、温かな印象を持たせる、不思議な少女だった。
タイマは、その少女の笑みを見るや否や、着流しのそでに腕をつっこんだまま、固まってしまった。目を見張り、半分開いた口から、抜けるような声で「そうか」と声を上げて、突然、縁側の上に乗り出した。
「何するんですか、旦那」と、叫ぶ東堂の頭を押しのけて、由紀と名乗った少女の両手をつかむ。由紀はタイマの奇行に億することなく、優雅に微笑んでいた。
少女の様子を眺めていたわしは、ああ、とつぶやいた。おそらくこの娘は、目が見えないのだろう。これまで、何をされようと、閉じた瞼を開けようともしなかった。
タイマは周りの動揺になど構わず、つかんだ両手をきつくにぎりしめ、快活な笑みを浮かべる。少女の顔をまっすぐに見つめて、明朗に言った。
「あなた好きだ」
わしはあまりのことに、言葉を無くした。否、混乱し、息を飲んだ。背中の毛が、逆立ったように思う。しばらくの沈黙のあと、東堂の「は」と、言う間抜けな声だけが、よく晴れた青空に響いていた。
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