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第二章
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しおりを挟む九
しばらくは行くあてもなく、街の中をさ迷っていたが、やはり目立つので、人気のない神社や、社を、転々としていた。しかし、それが良くなかった。うっかり、面倒な奴につかまってしまった。
東堂は、街外れにある神社の祠で、眠っていたわしを見つけ、「あ」と、声を上げた。空腹と苛立ちから、神経を張りつめていたため、野党の類かと思い、喰い殺そうと飛びかかった。
砂利の上で転がりながら「ちょお、待ち。君、僕や。東堂、シマオや」と、聞き覚えのある妙なしゃべり方に、ああ、厄介な男に見つかってしまった、と舌を打った。
わしは東堂の上から飛び退くと、目を細めて睨みつけた。東堂は、「はあ、かなんなあ、これ三十円のシャツやで」と、言いながら上体を起こした。
「わしを、殺しにきたのか?」
「ちょお、待ちや」殺気立って、うなり続けるわしに向かって、あわてて片手を振った。東堂は眉間に皺をよせると、茶色い頭をぽんぽん、と叩いた。
「店で小耳にはさんで、様子見に来ただけですって。この辺りの祠で、犬神さまが出るとか出ないとか。それでおびえきった客の一人がね、本当かどうか確かめてくれ言うてね。でも、まさか」
そこまで言って立ち上がると、埃まみれになったシャツをはたいた。苦笑を浮かべて、わしを見下ろすと「君がこないけったいなとこで、野宿してはるなんて。夢にも思わん」と、言って肩をすくめた。わしは、崩れかけた石段の上に座り込むと、深く息を吐きだした。空腹も限界にきていたので、軽口を訊く気にもなれない。
にやにやとしている東堂を睨みながら、「いまのわしはなんでも喰うぞ」と、言って牙をのぞかせた。それを見た東堂は、声を上げて笑い「それは、かなんなあ」と言って踵を返したので、ホッと息をついた。しかし、東堂はすぐに振り返ると「なんや、来ないん?腹減っとるんやろ」と、言った。
その笑顔に、なにを企んでいるのか、と思いはしたが、もう他のことなど、どうでもよくなっていた。ポケットに手をつっこんだまま、待ち呆けている東堂の後ろを、のろのろとついて行った。
東堂は、意外にも詮索してくることなく、残飯をむさぼるわしに向かって「好きなだけ、居たらええよ」と、言って部屋を出て行ってしまった。
店番があるとか言っていたが、本当かどうかもはっきりしない。あいつはタイマとつながっている。だが、もうそんなことは大した問題ではないのかもしれない。タイマがいまさら、わしを気にかけるはずがない。それならもうどうなろうと、構うまい。
座敷の上で寝転がると、急激な眠気に襲われた。思えば一週間近く、ろくに眠っていなかった。否、眠れなかった。
鬼であれば睡眠など必要としないが、犬の肉体を維持するためには、食ったり寝たり、しなければならない。体を持つとは面倒なものだ。わしは、うとうとしながらそのようなことを思い、ついに意識を手放した。
次に目を覚ました時も外は暗かった。どうやら丸一日、眠っていたらしい。微かに開いていた障子の隙間から、月明かりが射しこんでいた。わしは空腹に体を起こすと、薄暗い室内に目を向ける。それと同時に、部屋の襖が開いた。
「起きはった?」
東堂は黒い着流しを翻し、そばで胡坐をかいた。手にしていた盆を畳の上に置いて、皿の上にいくつか乗っていた柿の実をさしだしてきた。無言でそれを口の中に入れると、しばらく咀嚼して嚥下した。
「それ、差し入れなんすわ。最近、迷い込んできた黒犬が、脱水症状起こしとる言うたら、もうあわてて、持って来てくれましたわ」
そう言って、灰色の目を細めた東堂の顔を見つめながら、わしは小さく鼻を鳴らした。やはりな。そういう男だ、と目を閉じた。
「心配しはってた。ええね」
東堂の声はやさしいと言うより、なまぬるかった。しかし、わしはそれにも応えず、舌先に残った柿の汁を飲みこむだけだった。いまは、誰も、何も、相手をする気が起きなかった。すべてのことがどうでもいい。億劫だった。
額をゆるりと、なでられた。なぜわしの周りには、頭に触れたがる人間が多いのだろうか。本格的な眠りへと落ちていった。
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