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第三章
3-14
しおりを挟む十四
「つまり、もうすぐ大きな地震がくるってだけだろう?何を、そんなに慌てているのか、わからん」
京也の話を聞き終わってすぐに、論点のずれた言い合いを続けていた登紀子や京也に向かって、わしは面倒くさそうに、それだけを言った。座敷にいた全員が、わしの顔を見つめて、黙りこむ。
タイマは相変わらず、苦笑を浮かべて、成り行きを見守っているようだった。それにも腹が立ったが、タイマの意見を求めるあまり、狼狽している京也も、それをやりこめようとする登紀子も、わずらわしかった。そもそも、登紀子は帰って来た時から、少し様子がおかしいのだ。
「八枯れ、お前はずいぶん簡単にそんなことを言うが、この事実は早くから公表して、対策を練るべきことなんだよ。お茶の間で、こんな風に、やいやい話してる場合じゃないんだ」
必死な形相の京也をせせら笑い、わしは牙を見せて、低くうなった。
「そう思うならとっとと失せろ」
冷たくつきはなすと、京也は眉間に皺をよせて黙り込んだ。わしは、「そんなことより」と、言ってタイマの顔をじっと、見据えた。その双眸は鋭く、黄色い光の奥で、「ついに、ここまで来たな」と、言っているように思え、なお腹立たしくなる。
「あれほど、嘘をつくなと言ったが、どうやら貴様には無駄なようだな」
「嘘はついていないじゃないか。俺だって、いま知った」
「よくも、平気でそんなことが言えるな」
「本当だ。予想だにしていなかったことだ」
タイマは表情を崩さない。快活な笑みを浮かべて、しっかりと、わしの強暴な視線を見つめ返す。それに舌打ちをして、喉を鳴らした。
「ようやく一本につながった。貴様が、わざわざ由紀と結婚をしたのも、予知夢の内容をわしに教えたのも、生まれてすぐの登紀子を、わしに任せようとしたことも。すべてな」
「そうか?お前がいま一本につなげたのであって、それが俺の抱く真実かどうかわからないぜ」
「そうやって御託を並べていろ。さぞ、気分が良いんだろうな。思い通りに事が運ぶと言うのは」
ふん、と鼻を鳴らして嘲笑した。さすがに、琴線にでも触れたのか、タイマは低い声で「そんなつもりはないと、言ったろう」と、つぶやいた。わしが口を開く前に座卓を叩いた音が、座敷内を満たした。
見ると、登紀子が険しい表情を浮かべ、わしとタイマを睨みつけてきた。ついに抑え込んでいた怒りが弾けたのか、肩を震わせながらしゃべる言葉は冷水のようにつめたかった。
「二人とも勝手なのよ」
「登紀子」と、つぶやいたタイマの声から、表情からは、明らかな動揺が見て取れた。登紀子は、目尻をつりあげて、タイマを睨みつける。
「どうして、生きようとしてくれないのよ。なんで、全部、一人で抱え込むのよ。あたしも、お母さんも、八枯れも!京也さんだって、東堂さんだってそうよ。そんなに弱々しい、駄目な人間に見えるの?私たちは、お父さんみたいに超人的じゃないと、無力に見えるの?お父さんって、綺麗ごとばっかり。なんでもかんでも、一人でできる訳ないって、助けてくれなくちゃ、生きていけないって、わかってて。どうして、そんな風に、馬鹿に思いあがってるのよ。この傲慢。馬鹿天狗!」
「ばか、てんぐって、」唖然としたタイマの顔に、わしはつい失笑した。それが、いけなかった。気づいて、頬を引き締めた時は、もう遅い。登紀子は、わしの首根っこをつかむと「あんたもよ、この馬鹿鬼」と、つばを飛ばして怒鳴られた。
「待てわしは」
「家族って、仲間って、人ってね、許しあわなくちゃ、一緒に生きてはいけないのよ!あんたが、誰よりもお父さんのそばに居たんでしょ?どうして、お父さんを信じられないのよ。許せないのよ」
「なぜそれを」
「あんたの毛を喰ったのよ!解析してやったわ。はは、ざまあみろ」
そう言い放った登紀子の目尻からは、きらきらとしたかがやきが、落ちてきた。わしは、呆気にとられながら、それをじっと、見つめた。不覚にも、しばらくそれに見とれてしまった。人とはこんなに綺麗な涙を、流すことができるのか。
登紀子は、タイマとわしを交互に睨んで、大きな声で叫んだ。
「一言じゃない。どうして、助けてくれって、言わないのよ。馬鹿な化け物ども!どうして、私のこと信用できないのよ。この馬鹿、馬鹿、ばあかっ」
天にも轟きそうな、登紀子の憤懣を聞いて、一番に笑い声を上げたのは、他でもない。その馬鹿と呼ばれた、天狗だった。
何がおかしいのよ、と泣きながらタイマを睨む登紀子を抱きしめ、なお笑っていた。京也だけは何が何だかわからない、と言った顔で憮然としていた。
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