天地伝(てんちでん)

当麻あい

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第四章

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   第四章



    一



 刀を脇にさした、男たちの足音が近づいてきた。
わしと、登紀子は門前にひかえ、草むらの中に身を潜め、奴らが過ぎゆくのを待つ。「確かに、こっちの方へ来たと思ったんだが」「いずれにせよ、早く捕まえねえと」「今のうちに、やっちまわなあ」「そうだ。殺される」ひそひそと、つぶやきながら、数人の男たちは、草むらの前を通り過ぎ、闇の奥へと消えてゆく。それをしばらく見送ったあと、登紀子はゆっくりと立ち上がって伸びをした。わしもそれに続いて、起き上がる。
 「もう面倒くさい」
 「昏倒じゃすませんぞ。あいつら腹が立つ」
 「駄目よ。お母さん達が狙われたらどうするのよ」
 「喰えばいい」
 「それじゃあ、意味が無いじゃない。馬鹿鬼」
 登紀子は、赤茶色の髪をかきあげながら、闇の中を歩きはじめた。その後に続いて「それで、今日はどこじゃ」と、言って鼻を鳴らした。
 「香取群。なんと、前にも起こったところだわ」
 京也から受け取った地図を広げて、「千葉県」と書かれている部分を指さし、嬉々とした声を上げた。わしは、ため息をついて、登紀子を睨みつける。
 「いまからか」
 「ええ、やっちゃんの本領発揮よ」
 「次にその呼び方をしたら、放り出す」
 「はいはい、照れ屋なんだから」
 「芸は上がらぬが、口の達者な娘じゃ」
 「あら、女は愛嬌なのよ」
 「どこに可愛げがあるんじゃ」
 せせら笑うと、尻尾を踏まれた。相変わらず乱暴な娘である。痛んだ尻尾をおさえながら、しぶしぶ登紀子を背に乗せて、跳躍する。街灯の上を飛び越えると「大胆ねえ」と言って、口笛を吹かれた。わしは、小さく鼻を鳴らし、速度を上げる。
 ところで、こうして夜な夜な、街を徘徊し、面倒な連中に追われ、こそこそしているのには、よんどころのない事情がある。京也の言っていたように、近年で群発的に地震が発生するようになり、地震学教室は戦々恐々とし、それを煽りたてる新聞記事によって、人々は乱心していた。そこで、また懲りもせず、坂島の家に相談に来た京也に触発され、なんと登紀子は、とんでもない提案を持ちかけたのだ。
 「地震を食い止めることって、できないのかしら?」と、愉快そうに笑って言った。もちろん、京也は唖然として、すぐに難しい表情で「それは、状況にもよるだろうが、」と、言葉を濁した。わしは、ハッとして、起き上がると京也を、じとり、と睨みつけた。
 「貴様、余計なことを言うなよ」
 「うん。と、言うことはできるのね」
 登紀子は暴れるわしの尻尾をつかんで、無理に座らせた。喉を鳴らせて、威嚇をしてみるが、札を額に貼りつけられ、動けなくなる。京也はそれを黙って見守りながら、苦笑を浮かべた。
 「できない、と言うこともない」
 「教えて」
 「否、しかし、僕じゃ専門的なことはわからない。可能性としてあげられることは、いくつか、あるかもしれないが」
 おずおずと、申し訳なさそうに話す京也に、しびれを切らした登紀子は、不機嫌そうに眉間に皺をよせ「良いから、早く話しなさい」と、言った。京也は、登紀子の迫力に気圧されて滔々としゃべり始める。何弱者め。
 「まず、大きな振動になる前に、無理に発生させて震動の規模を小さくする、と言うやり方がある。プレートのずれで、発生する地震には、こちらのほうが良いと思う。海沿いの地盤は、波の勢いで、じょじょに上の地盤の下にもぐりこみ、それが元に戻る時の反動で、大きな揺れが発生する。地盤の陥没も同様だ。その時は、大きな津波も起こる」
 「他のは?」
 「あとは、断層のずれによって起こる地震だが、こっちは発生の可能性が、いまのところ低い。発生地の熱エネルギーや振動数と、逆の周波や熱エネルギーを発生させ、ぶつけあうことで相殺する、と言うことも可能かもしれないが、そんな莫大なエネルギー、どうやって作りだせば良いのか。いまの科学技術では、早急な対処はできないよ。登紀子」
 京也は、黒い前髪をかきあげ、残念そうにため息をついた。それに対して、登紀子は双眸の奥に不気味な色をひそませ、口元を歪めた。「ふふ」とにやつきながら、動けなくなっているわしの顔を、見つめてきた。嫌な悪寒が、背の毛を逆立てる。
 「大丈夫よ。科学なんか、最初っからあてにしてないもの」
 「やめろ。そんな目でわしを見るな」
 「なによ馬鹿鬼。いつもの虚勢はどうしたの。さあ、言ってみせてよ。最強の鬼に不可能はない、って」
 「脚色をするな。そんなこと一度も言ったことないぞ」
 「うるさいわね」
 面倒くさそうにうなると、わしの鬚を引っ張ってきた。それでも登紀子の顔を睨みつけた。何と言う非情な娘なのか。わしは歯ぎしりをして、舌を打った。
 「ふざけるなよ、貴様ら。たかだか人間と、土地の破裂ごときのために、わしの生命力を枯渇させるつもりか。この魔女、般若、鬼女」
 「そうね。でも、お父さんが居たらきっと、同じことをやろうとするわ。それもあんたに頼らず、力もないのに、一人でね。違って?」
 違わないだろう。わしは、ぐっと、押し黙って登紀子の微笑みを睨みつける。悪魔と言うのは得てして、このように相手の弱い部分を平気でつついてくるのに、違いない。そういうところだけは、まったくタイマの生き写しである。
 「馬鹿ね。悪魔は嬉々として、傷をえぐり返すのよ。死なないように、じわじわ、痛めつけるのよ」
 「うるさい。人の考えを勝手に読むな、魔女」
 話をそらそうと、懲りもせず悪態をついてみるが、登紀子は動じることなく、両手で頬をつつみ、にっこりと笑った。
 「さあ、どうするの?八枯れ。言っておくけど、あんたがやらないと言っても、私はやるんだからね」
 そう言った登紀子の鮮やかな笑みを見つめながら、盛大なため息をついた。どうするも、こうするも、おそらくわしに決定権など、はじめから無いのだろう。


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