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第一章
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「ほんの少しでいい、意見をくれないか?」
しばらく思い悩んだあとに、つぶやいた木下の言葉に「おいおい」と、非難の声を上げた。木下は前傾になると、声のトーンを落とした。
「いやさ、そのうち、君に相談しようとは思っていたんだよ」
「嫌だね」
「そう言わずにさ、もしかしたら、錦たちと何か関係があるかもしれない」
「ないかもしれない」低くつぶやくと、煙草を口にくわえ、火をつけた。「気味の悪いバラバラ殺人と、僕の式神の暴走がどうやったら、つながるんだよ。いい加減なことばかり言うなら、もう帰るぜ」
「さすが。一目見ただけでよく殺人だとわかったね」木下は神妙な面持ちでつぶやくと、にやにやと笑った。僕は
眉間に皺をよせて腕を組むと、大きく煙を吐き出した。
「失礼な男だ。幼児でもわかるよ、そんなこと。人間の体は、勝手にバラけたりしないんだ。切断面があり、バラバラになった死体がある。つまりその状態になるまで、手を貸した人物が居ると言うことだ。それが自動車や列車の手による死でないのなら、の話しだけどね」
気分を害した、と肩をすくめて見せると、木下はうれしそうに微笑んだ。ビールを持って、僕のジョッキに軽くぶつけると、それを一口飲みこんだ。
「やはり、君には並はずれた観察力と、それを形にする思考力、知識がある。頼む。いまだけ力を貸してくれないか。その代り今日はおごる。君の相談にも乗る」
いや、このくらいのことは誰でもわかるだろう。と、木下の強引さに、頬づえをついたまま、苦笑を浮かべる。灰皿の上に灰を落とすと、鼻から煙を吐き出した。
「もう一度、よく見てくれ」人の話しを聞かない木下は、封筒から写真を取り出すと、ついに座卓の上に並べてしまった。「これ、変だと思わないか?」
くちびるをひん曲げて、煙草をもみ消した。木下の指さした先を、のぞき込む。写真は四枚あった。右端から、左手足、右手足、両腕と、切断面の綺麗な手足が、半透明の袋に入って、テーブルの上に並べられている。そして最後の一枚だけを、じっと、見つめて眉間に皺をよせる。それだけばらけた手足ではない、別のものが写っていたからだ。
「悪趣味だな」
開いた赤い頭部が、半透明のポリ袋の中に入っていた。脳は半分しか残っていない。女か男かも判断できない、赤く染まった顔は、目も閉じられ、安らかな表情をしている。その一枚を手にとって、じっと見つめた。
「先週の金曜までに、三件。手足をばらして、うちの一本か二本は必ず、持ち去られていた。で、その頭だけ砕かれているのは、月曜日の朝、昨日だ。ごみ捨て場で、発見された。首から下はまだ見つかっていない。もちろん、他の残りの半分もね」
木下は、左のこめかみを指さしながら、苦い表情をしていた。僕は「うん」と、小さくうなずいてから、そっと顎に触れる。
「手足はどこにあった?」
「火曜と金曜に、これもごみ捨て場だ」
「これ、なぜ割れているのかわかるかい?」
「なに」
木下は、怪訝そうな顔をして、差し出した写真の一部分をのぞきこんだ。頭部が露出している被害者のこめかみの骨が、割れているのだ。
「いや、検視の結果がまだ出ていないが、おそらく何か大きな刃物で、切ったからじゃないのか?」
「君は、羊の脳を解剖したことはあるか?」
「ある訳ないだろう」
憮然とした木下の顔を見つめながら、微笑を浮かべた。
「いいかい。刃物だけじゃ、脳を傷つけてしまう。ある程度、切れこみを入れていったら、その部分にのみか何かをさしこんで、鉄鎚で打つのさ。そうしたら、切れていない部分が割れる。ぐらつきを感じたら、すぐに前頭にフックを入れて、引く。うまくゆけば、膜と脳を傷つけずに、頭蓋冠の骨だけが外れるんだ。でも専門家が、専門の道具を使ったら、こうはならない。いまは、電動のこぎりだってあるんだからね。こりゃうまくないよ」
木下はしばらく呆然としたのち、おえっと舌を出して、顔色を無くした。震える手でジョッキをつかむと、それを一気に飲み干した。
「なんで、君は、そんなことを知っているんだ。まさか、君のことだ。ありえないこともないな」
あわてる木下を愉快そうに眺めながら、ジョッキに口をつける。一口飲むと、咳こんだ。忘れていた。僕は酒が苦手なのだ。
「落ち着けよ。このくらいのことは、少し調べたらわかることだ」
「うそをつくな。そんな専門的な、解剖学までやっていたのか?」
「ともかく。そら」木下の前に写真をかかげると、損傷している脳の一部分を指さした。
「犯人は素人だ。外すところまでは、うまくいった。でも、見ろ。残っているのは右の脳だけで、しかも少しだけ傷がついている。膜もやぶれてしまっている。これは失敗なんだ。だから捨てた」
「なんのために?」
「誰だっていらないものは、捨てるだろう」
「君は、またそう言う、」
ぐっと睨まれたので、身を引いた。
「おいおい、待てよ」あわてて両手を広げて、降参のポーズを取った。「やっているのは僕じゃない。犯人にとってこの写真に写っている部分は、どれもいらない部分なのさ。だからごみ捨て場に捨てた。そう考えるのが自然だろう?」
「人間だぞ?羊や馬じゃないんだ!」
木下は声を荒げて、頭を抱えこんでしまった。ぶるぶると震えている両肩を見据えて、ため息をついた。
「だから、嫌だって言ったのに」とつぶやいて、封筒の中に写真を入れた。メニューを開いて、店員を呼ぶと、適当に注文を済ませた。店員が座敷を出ると同時に、それまで黙って聞いていた八枯れが、愉快そうに笑いだした。
「わざわざ分解するとは、神経質なやつじゃ」
「お前は丸のみだからね」
「あたりまえじゃ。喰うだけなら、そんな面倒なことはしない」
「だから悪趣味なんだよ」微笑を浮かべてうなずいた。
八枯れの言葉にハッとして、ようやく木下は顔を上げた。その震える双眸を見据えて、はっきりと言った。
「これは殺人だけが目的ではない」
「でも、じゃあ無くなっている、部分は、」
「そりゃあ、もちろん」僕は口を開いたり閉じたりしながら、歯をカチカチ、と鳴らした。木下は、さらに顔色を悪くして、うなだれた。丁度そのとき「失礼しまーす」と、言う元気な声が料理を運んできた。
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