静寂の歌(逢魔伝番外編)

当麻あい

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第一章

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    十

 やきとりを頬張りながら、「食べないのか?」と、視線だけで示した。木下は、口元をおさえたまま「いらない」と、力なくつぶやいた。
 「貴様が喰わぬなら、わしが喰う」八枯れは、木下の皿に乗っていたやきとりを、串ごと丸のみにした。僕は肉汁を飲み下して、串をくわえたまま苦笑した。
 「そんな神経で、よく刑事なんか勤まるな」
 「君が図太すぎるんだ。しかし」
 「なぜ、喰っているとわかったのか?」
 ああ、と力なくうなずいて熱を冷ますためか、水を一息に飲んだ。すっかり酔いは、醒めてしまったようだ。煮込み鍋の蓋を開けて、湯豆腐を三つすくうと、椀に入れた。箸を置いて、まっすぐに木下を見つめる。
 「ひとまず、食べよう」
 「無理だ」
 「無理じゃない」僕は、木下の椀の中に、白菜と湯豆腐をたっぷりと、入れる。「ほら、肉じゃないんだ。食える。なにより、ここで人食いの話しをしているからと言って、実際に人の肉が運ばれてくる訳じゃないんだ」
 「やめてくれ」額をおおい、肘をついた木下に、ぐっと顔を近づけた。
 「聞け。君のためだ。いいかい。僕らは確かに、さまざまなことを想像することができる。言葉の緻密な構成や表現は、情景を構築し、あたかもそこに実際に存在しているかのように、描写することができる。それはなぜか、わかるかい?」
 眉間に皺をよせたまま僕の顔をじっと見据え、首をかしげた。それにうなずいて、頭を引いて元の位置に戻ると、腹の上で両手を組んだ。
 「共通の言葉があり、それを指示する映像を見ているからだ。だから、思い描ける。共通の言葉とは、肉を喰うこと。僕らは、動物を食っているからね。人の肉だって、同じことだ。そうして、さっきのバラバラ死体の写真だ。これが、指示された映像だな。だが、君は実際に人食いを見た訳でも、人肉を喰った訳でもない。脳の中で構築された偶像であって、本物じゃあない。では、実像と虚像の違いは何か?」
 「わからない」
 「いいや、わかる。君は、人の肉の焼けた匂いや、味を想像することはできるが、知らない」
 「馬鹿を言うな。匂いはともかく、味なんて想像もできない」
 「それなら尚更だ。問題ない。仮に想像しながら、動物の肉を喰ったところで、それは人の肉じゃあない。もちろん、このような公的な飲食店で、通常人肉など運ばれてはこない。なによりこの店は君が何度も、足を運んでいるところだ。怖がる必要など、何一つないじゃないか。問題なのは君の脳の見せる映像に、君が騙されていると言うことを自覚しないことだよ」
 「そんなのできる人間のほうが少ない」
 「いまのように論理化してゆけば、事足りる。納得できないなら、納得できるまで考え、実証してゆくべきだ。特に今回のように妙な事件に出くわしたのなら、尚更感情や感覚などで解決しようとしては駄目だよ」
 「僕が自分で考えていないとでも言いたいのか?」
 「人に頼っている時点でそうだろう。なにより、君は恐怖心が先行して、思考を放棄している。それじゃあ、うっかり人肉も喰っちまうね」
 ため息をついて木下の双眸を見つめると、ぐっと睨み返された。
 「情がなくちゃ、人じゃなくなる。そっちのほうが怖い」
 「わからないやつだな」うんざりとした表情を浮かべて、頬づえをついた。「理性と感性を事に応じて使い分けろ、と言っているんだ。そんなしょっちゅう感情に激していたら、君の精神のほうがおかしくなるぜ」
 「まあ、そうなんだけど」
 「これでも僕は心配しているんだ。まだ不満か?」
そこまで聞いて、木下はようやく微笑を浮かべ、箸を手にした。豆腐のかけらを口に運び「やっぱり、うまいな」と、うれしそうにつぶやいて、うなずいていた。僕は輪切りになったゆずをしぼりながら、苦笑した。まったく世話の焼ける友人だ。
 「それで、どうして喰ってることまで、わかったんだ?」
 湯豆腐に息を吹きかけ冷ましながら、木下の顔をちら、と見てからかった。
 「もういいのか?また、具合が悪くなるぞ」
 「大丈夫だ。続けてくれ。どうして、奴が人を喰ってるとわかる?」
 「喰っているかどうかは、問題じゃないよ。木下」
 「どういうことだ?」
 枝豆をつまむと、かじりつく。塩のついたくちびるを舐めながら、頬づえをついた。木下も枝豆を口に入れて、しばらく咀嚼する。皮を吐き出して、眉間に皺をよせた。
 「さっきの話しだと、肉を喰うことと、バラバラ死体の写真には、何の関連性もないって、意味にもとれるじゃないか」
 「ふふ」枝豆を指の先で回しながら、微笑した。「鋭さが戻ってきたじゃないか。その通りだ。なんの関連性もないのに、一連のことをつなげてゆく。それも、想像力の面白いところなんだ」
 僕は茶封筒をちら、と見つめて、笑みを濃くした。
「そんな写真を並べたところで、実際は事実の羅列に過ぎない。だが脳とは、本来から人を騙すように作られている。君の言う通り、気をつけていればどうにかなるものでもない」
 「ただでさえこんな猟奇的な殺人に、辟易しているんだ。混乱して当り前だよ」
 「なるほど、猟気的か。でも相手はそう思っていない。あたりまえのことをしているだけなんだよ」
 「おい、ちょっと待ってくれ」
「この犯人にとって、解体して、その肉を食べることは、いま僕らがここで湯豆腐を食べていることと、同じなのさ。なんでもない。日常風景。習慣的な動作だ。それは、他の三枚の解体写真を見ればわかる。切り口がずいぶん、綺麗だ。慣れている。きっと、明らかにされていなかっただけで、もう何年も続けてきた。歯を磨くように、トイレに行くように、そんな習慣だ」
 「気味の悪い話しだな」
 「でも君が、この事件の概要を想像してゆくにつれて、気味悪く感じているのは、そういうことじゃないんじゃないか」
 口から枝豆の皮を取り出すと、それをボウルの中に放った。木下は、怪訝そうな顔をして、腕を組んだ。
 「どういう意味だ?」
 「殺人、解体、観察、食事。どれも本来は別のことだ。でも、それが一連になって続いている。それが君にとって、気味の悪いことなんじゃないのか?」
 木下は一瞬、辛そうに眉根をよせると、すっと視線をそらした。僕は組んだ両手の上に顎を乗せて、続けた。
 「手足に関しては、動物でも練習はできる。脳もさ。実際にやってみて、奴は失敗したんだ。頭部だけ。これが、現実と想像の違いだよ。きっと衝撃を受けたはずだ。失敗から学び、次はもっとうまくやる」
 そう言って茶をすすると、木下は震える拳をにぎりしめた。
 「次が出るのは、もっと困る」
 「しかし、妙だな」
 「なにが?」
 「人体は勝手が違ったとは言え、習慣はそう簡単に壊れたりはしない。脳ではなく、身体の記憶にも頼っているからね。自ら止めるか、誰かに邪魔されるかしないとね。なぜ、失敗したんだろう?」
 「それは、いま君が言ったじゃないか。現実と想像との違いだろう?」
 「ああ。でも、きっとそれだけじゃない」僕は、口をぬぐいながら、立ち上がった。ハンガーからコートを外すと、苦笑を浮かべた。
「勘だって、長い年月をかけて磨かれる習慣の一つなんだ。僕は勘で、ここまで仮説を立てた。それはおそらく、奴と似た視点を持っているからだ。理論的なことと、残虐なことは、案外同じことだからね。だから君にとっては矛盾だらけのことが、僕には一つの道筋に見えただけだ。これは少しも優れた視点じゃない。むしろ汚点だ」
「冗談じゃないぞ。君と犯人が同じだって?」
 「同じじゃないが、似ているんだ」
「ふざけるな。君は立派なやつだよ。少なくとも人をゴミのように扱ったりはしない」木下はコートを受け取ると、はっきり言った。それに微笑を返して、曲った襟を直した。
「場面も変われば、台詞も変わるものさ。なにより残虐さに、底など有りはしない。欲望と同じにね」
コートを羽織りながら、座敷の戸を開けると、木下はついに黙りこんでしまった。勘定をすませようと、レジの前で財布を取り出すと、その脇をぬって、八枯れが店の外へと飛び出して行った。

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