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第一章
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しおりを挟む十一
新宿で木下と分かれ、僕たちは紀伊国屋方面へと向かっていた。読みたい本が、近所の店に売っていない時、しばしば都会へ出て、買い物を済ませる。もちろん、事のついでにだ。
「意外だな」
「何が」
「貴様はやはり変わった」
前を歩く八枯れがにやにやしながら、ふり返った。ため息をついて、コートのポケットに手をつっこむと、その後を追う。
「異常と言うものを、こちらの言葉にしたいと思っているだけさ。でも、あれはまだ思いつきだ」
「だから人は愚かだと、言うんだ」八枯れは、東急ハンズの手前にある、大きな鉄橋を渡りながら、鼻を鳴らした。
「なんでも言葉にしたがる。わからぬことを、わかろうとしたところで、わかる訳じゃない。そんなに不安なのか?」
いまはあまり痛まないが、僕は左足を少し引きずって歩くのが、癖になっている。コートの上から、足のつけ根を押えて苦笑を浮かべた。
「まあね。その点、まだ木下は健康的だよ」
「ずいぶん甘くなったな」
「そのぶん優しくない。自分さえも相対化するようになったからだ。まずいことに変わりはないよ」
八枯れは、尻尾を振りながら大笑いした。すれ違ったあと、数人が気味悪そうに、ふりかえって行った。それもそうだ。黒猫が語り、笑うなどと言うことは、おかしなことだ。
「うそつきめ。難い言葉でごまかすな。貴様はどちらへも行けるが、動かないだけじゃ。わしにも、木下にもなれる。だが、ならない。それだけじゃ」
意外な台詞に、肩をすくめて立ち止まる。人ごみのなかで、八枯れの隣に並ぶと、白い息を吐きだした。
「お前も、ずいぶん利口になったな」
「貴様の考えくらいわかる」
「そりゃどうも」
「ずっと一緒にいたからな」
つぶやいた言葉に足元を見ると、黄色い双眸とぶつかった。その奥で、ゆれる光は、昔と変わらず太陽のように、まぶしい。僕は、微笑を浮かべて「早く帰ろう」と、言って歩き出した。
東急ハンズの前を通り過ぎて、紀伊国屋の入口に立った、ふと、二三メートルほど後ろを、ある空白がついてきているように、感じられた。一度、ふりかえって見たが、その空白はともに斜めに動いて、視界には映らない。おかしいな、と思いながらも、店に入った八枯れを追いかけようと、前を向いた。
その時だった。僕の体は突然、後ろに引き倒された。右手がじんじんと痛み、うずくまる。ふと見上げると、中年の警備員が立っていた。口のなかで、「あ、う」と、うめきながら、ゆるやかに警棒を振り上げる。
邪植や錦の時と同じだった。胡乱な瞳でじっと、こちらを見下ろしてくる。振り上げた警棒は、まっすぐ僕の眉間に向かって下りてきた。間一髪、八枯れに首根っこを引きずられ、頭部が破壊されることだけは無かった。目標を見失い、床を叩いた警棒は、鈍い音を響かせた。あと一歩遅ければ、スイカのように砕けていただろう。
「店に入れ。人がいるところへ」
僕は地面を引きずられながら、叫んだ。しかし、八枯れは襟首をくわえたまま、駅の方へと駆け出して行く。アスファルトに、尻がこすれて痛い。
「おい、こら」と、両足をどうにかばたつかせて、体を宙に浮かせる。なんとも、間抜けな姿だった。
「黙れ。もし店に入って囲まれたらどうするんじゃ。貴様が止めても、みんな喰ってしまうぞ」
「それは困るけど、せめて走らせてくれないか」
苦笑を浮かべながら叫ぶと、ようやく階段の前で下された。痛んだ右腕をおさえながら、立ち上がると、先を行く八枯れの後を追う。どうやら、引き倒された時に打ちどころが悪かったのか、骨折しているようだ。
「ちょっと、待てよ」
小田急線の南口の前で、声を上げた。改札を通り抜けて、階段を駆け下りながら、八枯れは「何じゃ」と、不機嫌そうにつぶやいた。だが、口を開く前に、意識が遠のいてゆくのがわかった。視界が白くぼやけ、景色が左右にゆれている。八枯れの呼ぶ声が聞こえたが、すぐに真っ暗になった。
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