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第一章
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しおりを挟む十三
目を覚ますと、暗闇のなかに細い目が二つ並んでいた。それが二三度、ぱちりぱちり、と瞬きをした。驚いて「うわ」と、短い悲鳴を上げて、頭をずらした。勢いで、枕が布団の上から落ちてしまった。
「ひどいですね。寝起き早々に、逃げなくても良いじゃないですか」
邪植は眉間に皺をよせて、ぶつぶつと文句を言い始めた。逃げ出したのと同時に、右腕がじん、と痛んだ。僕は顔を歪めながら、「どうやら、もう夢じゃないようだな」とつぶやいて、ため息をついた。
「倒れてどのくらいだ?」
「帰って来てからは、十五分くらいですよ」
「八枯れは?」
「腹が減ったとかで、台所へ。たぶん、そろそろ戻って来ますよ」
そうかとつぶやいてから、苦笑を浮かべた。邪植は僕が目覚めるまでずっと、布団の脇で正座をしながら待っていたのか。しびれた足を、前に一度伸ばしてから、あぐらをかいていた。僕は、落ちた枕の上に頭をのせて、天井板をじっと見つめた。四隅に、たまごのような染みがついている。子供のころ、あれを見つけるたびに、なにやら嫌な気分になっていた。
「お前、どうやって元に戻ったんだ?」
「あ、それでお願いがあるんです」そう言って邪植は、くる、と背中を向けると、上着を脱いだ。その白い背中の上に、黄色い花が咲いていた。根は、肉の中に埋まり、邪植が息を吐き出すたびに、ぐぐ、と伸び縮みをくりかえしていた。
「この花を、引っこ抜いてください」
僕は眉間に皺をよせると、固定された右腕に注意しながら、起き上がった。あぐらをかいて、その白い背中を見つめる。
「いつ、種なんか植えたんだ?」
「いつも奥歯に仕込んであるんですよ」顔だけでこちらを向いて、口を大きく開けた。「何かあった時、噛み砕いて、飲み込むようにしてるんす。咲くまでに、半日かかりましたけど」
邪植とは、その名の通り、邪を植える妖怪だ。邪とは欲望を示し、それを養分にして咲く花を、主食にしている。つまり、邪植にとってあらゆる生物は、花の土壌に過ぎない。ゆえに時折、非情とも思える行動を平気で取る。つねに人間を悩ませるストレスや欲望を花にしてそれを喰い、人の生命力の一部を吸い取る妖怪が、いまは自分の体内に種を植えこんでいるのだ。まともな状態とは、とても言えない。
「こりゃ、またでかいな」
邪植の背中から、顔の大きさくらいはある欲望花が咲いていた。緑の太い茎をのばし、開いた花びらは月の明かりに照らされて、黄色くかがやいていた。花びらの一枚に、そっと触れる。
「でも、これは生命力に近いものだろう。手折ったら、今度はお前が倒れるぞ」
ううん、とうなった邪植は、何度か口を開こうとしたが、くっとくちびるを噛んで首を振った。
「細かいことはあとです。ともかく、引っこ抜いてください」
「いいんだな?」ぐっと、根をにぎったまま低く、つぶやいた。
邪植は、ははは、と乾いた笑い声をもらして「良くなかったら、あとはお願いします」と、言って前を向いた。長い黒髪が、肩に落ちる。それと同時に、黄色い花の茎を折った。パキ、と柔軟な何かが、弾き飛んだような感触のあと、案外とすんなりちぎれた。僕はその花の茎を持ったまま、息を大きく吐きだした。
「ようやく、すっきりしました」
そう言ってふり返った邪植は、僕の手からその黄色い花をさらって、手のひらの上で燃やした。黄色い花は、暗い闇の中で一度大きく火柱をあげて、消えてしまう。真っ暗な座敷の中で、ぱちぱち、と火花が散るたびに、襖や障子をまだらな緋色が彩った。ふう、と息をついて、上着を肩に羽織った。
「錦はどうした?」
僕は部屋の電気を手探りで見つけると、その紐をつよく引いた。一気に明るくなった座敷内で、邪植は双眸を余計に細めて、苦笑した。
「まだ、咲いてないんす。芽は出ていたので、あと半日から一日は、かかるんじゃないですかね」
「ああ、まったくややこしい」
頭をかきながら、ため息をついた。丁度その時、小さな足音が縁側の方から近づいてきた。微かに開いていた襖の間から、黒猫が顔をのぞかせる。ひくひくと、うごめく鬚には、細かな食べカスが散っていた。
「なんだ、もう起きたのか」と、つぶやいたふてぶてしい顔を見下ろして、僕は眉間に皺をよせた。顎を指さしながら、声を低くする。
「口を拭け。まったく、いやしい鬼だ」
「阿呆。鬼はみんな卑しいもんじゃ」八枯れは、赤い舌をちろ、と見せて口まわりをぬぐった。座敷に上がると、邪植の顔を見て、鼻を鳴らした。
「不細工な花が消えたな」
「それのことだ。なぜ、食べもしないで燃やしたんだ?訳がわからない」僕は邪植の方へ顔を向けて、肩をすくめた。
「お前の咲かす花は、人間の生命エネルギーを、形にしたものだろう?もちろん、お前自身に咲かせたって、それをちぎって喰っても、まったく栄養にならないだろうけど。燃やしてしまったら、損するばかりだ」
邪植は長い黒髪を一つにまとめながら、細い眼をより細めて笑う。
「そうです。でも、それは、本人の欲望の場合ですよ」
「どういうことだ?」
「赤也さんでも、わからないことがあるんですね」
「でも、よくがんばったな」苦笑を浮かべて、邪植の頭に軽く触れた。
褒めてやると、一瞬、室内に妙な静寂が流れた。邪植は眼を見開いて沈黙し、八枯れは眉間に皺をよせたまま、固まっていた。二匹の顔を眺めながら、ため息を吐き出した。
「もう二度としないよ」
手を引っこめると、そのまま頬づえをついて、不機嫌な声を上げた。邪植はあわてて、フォローを入れようとしたが、もう遅い。八枯れなどは大きく吹きだしたあとに、体を震わせて笑っていたので、その揺れている尻尾を思い切りよく、引っ張ってやった。
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