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第二章
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座敷に上がると、ずいぶん年のいった不幸そうな顔をした男が、僕をじっと見つめてきた。まさか、これが「山下とも子」な訳がないので、その家族なのだろう。いい加減で、少しは可愛い女の子などを寄こせと、仲介の人間に話したが、希望が通ることは難しいようだ。
いくぶん、愛想の良い笑みを浮かべて、座卓の前でしゃがみこんだ。すでに邪植が、良い対応をしていたのか、湯呑などが並んでいる。
「えーっと」僕は、ちらと、先ほどまで目を通していた書類に目を落として、依頼人の名前を探した。しかし、残念ながら水にふやけて読めなくなっている。これは、八枯れの唾液だろう。「木」と見えるが、その上の漢字がにじんで読めない。「藤」にも見えるが「菜」にも見える。おそらく「藤木」だろう。
「藤木さん?でしたか」
「藤本です」不幸そうな顔をした男は、掠れた声で低くつぶやいた。ああ、惜しかった。などと、つい口走りそうになり、咳払いをした。
「山下とも子さんとはどういった?」
「話さなくちゃいかんのですか」
「まあ、そうですね。お願いします」
「叔父です」
「なぜ、いなくなったのですか?」
「さあ。だからここに来たんですよ」
藤本はくちびるをきつく結んだまま、ぼそぼそと話しだした。こんな男から、きちんとした情報などもらえるものか、甚だ疑問である。しかし、僕は金がからむと性格が悪くなる。前金で、もらうものはもらっているので、きちんと仕事をしなくちゃならない。
すっと、双眸を細めると、男の顔を正面から見据えた。それを見た藤本は、顔色をなくして、臆病そうに眉根をよせた。
「何だよ」声が震えている。
「いえ、僕が見ているのはあなたじゃない」
「どういうことだよ、いい加減なことを」
「気にしなくていいです。いつものことですから。あ」僕は、冷笑を浮かべて、藤本の背中を指さした。「あーあ。なるほど、そうですか。だから、探偵じゃあ、具合が悪いんですね」
「何だよ、あんた。なに、何を見てんだ。やめろ」
「ははあ、そうですか。かなり恨みを買ってますね。ほら、あなたの手足に、何か、からみついてますよ。女の手かな?すごい力だ」もちろん、でたらめだ。
取り乱した藤本が、姿勢を崩して、後ずさった。そのまま指をさし続けていると、そちらの方向をこわごわ見上げながら、うう、とか、ああ、とか小さく悲鳴を上げている。よほど、人様に言えないことをしてきたのか。あるいは心当たりが多いのか、こんな方法に食いつきが良すぎる。それはつまり、そういうことなのだろう。
「この男、魔か、それによく似たものをよく見てるな」と、座卓の下でつぶやいた。八枯れの声は、またずいぶん愉快そうだ。
「ああ、それも普段からね」
微笑を崩さず、そうつぶやくと、藤本はびくり、と肩を震わせた。
「なんだよ、誰と話してんだ」
「いえ、なんでも」
「なあ、頼むよ。あんたお祓いやるんだろう?助けてくれ」
僕はため息をついて、座椅子の背もたれに体重をかけた。ヒュッ、と口笛を吹くと、八枯れが座卓の下から飛び出し、上に飛び乗った。藤本は涙目になって、震えながら八枯れの黄色い双眸を見つめている。「それは?」
「なに、ただの猫です。でも、ちょっと変わった猫でね」
「なんですか」
「強欲な人間が大好物なんですよ。ほら、すごいよだれだ。あなたはずいぶん、うまいんでしょうね、止まらない」
八枯れは本当によだれを、だらだらと垂らし始めた。もちろん、二本のするどい牙をのぞかせ、ぐっと黄色い眼を細めているので、怖さは倍増だろう。
「大丈夫です。僕の言うことしか聞きません」
半分は嘘だ。こいつは、喰いたいときは勝手に喰う。
「そいつをどけてください。わあ、こっちに来るな」
八枯れは本気で喰うつもりなのか、のしのしと、藤本の方へ向かって行く。尻尾を引っ張って、それをどうにか抑えながら、苦笑を浮かべた。これは、本当に喰いかねない。演技でないところが、こいつのすごいところだ。
「でも、あなたがあんまり非協力的だと、喰え、とうっかり命令してしまうかもしれない」
「なんだ、脅してるのか?」藤本は醜悪な目をよりいっそう、醜く歪めて僕を睨んだ。それと同時に、八枯れは僕の手からするり、と抜けて、藤本に向かって飛びかかっていった。ひい、と悲鳴を上げて、畳の上で転がる。
「ほら、本当にやばいって。良いから、さっさと必要なこと話して下さい。じゃないと、こいつは僕の言うことさえ無視しますよ」
「わかった、わかったから」
それを聞いて、ようやく八枯れを引きはがしてやると、藤本は汗でぐっしょりぬれた頬を強張らせて、おそるおそる僕を見上げた。これ以上警戒されてはいけない、と微笑を浮かべる。しかし、腕の中で舌舐めずりをしていた八枯れが、余計な口を訊いた。
「妙な行動をとったら、喰うぞ」
わあ、猫がしゃべった。と、震えあがった藤本は、あわてて後ずさったため、襖に勢いよく頭をぶつけていた。その滑稽な様に、木下社とはじめて会った時のことを思い出して失笑した。
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