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第二章
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しおりを挟む五
三日後、桜が丘にある、山下とも子の自宅へ向かった。藤本は仕事で朝から家を出ているんだそうだが、事前に言ってあるので勝手に上がって、まあ良いのだろう。鍵は開けっぱなしにしてある。不用心だから、鍵の隠し場所だけ知らせてくれ、と言ったが、取るものも別段あるわけじゃないから、構わない、と言う。しばし逡巡したが、本人がそう言うならそうなのだろうと、うなずいておいた。
地図を広げながら、「こっちですね」と、つぶやきながら先を歩くのは邪植だった。僕は灰色のコートに身をつつみ、その後ろを億劫そうな八枯れがついて歩く。当初、僕と八枯れだけで調査に出るはずだったが、好奇心旺盛な邪植も「ついて行く」と、言ってきかなかった。何分、僕は方向音痴の気があり、八枯れは土地勘すらない。こういう時だけ、都会生まれのこの鴉が役に立つだろうと、連れて来た。思った通り頼りになる。
「意外な盲点ですね」
邪植は地図から顔を上げて、にい、と口の端を持ち上げて笑う。どういう意味だ、とポケットに手をつっこみながら、眉根をよせた。
「知らない土地で、置いてけぼりにしちゃえば良いんすね」
意地悪くにやにやとしているその顔を眺めながら、しばし考え、まあたしかにそうだろう、とうなずいた。
「なお、それが山奥なら一週間も待たずに死ぬだろう。僕には方向感覚も無ければ、狩の才能もないのでね」
「良いんですか、そんなこと簡単に教えて」
「本当のことだ。どうせ隠せない」
「知りませんよ、寝こみを襲われても」
「馬鹿だな。そのためにお前たちが居るんじゃないか」
すんなり言うと、邪植は眉尻を下げてじっと、見つめてくる。何だよ、と片眉を持ち上げると、「冗談ですよ」と、言って先を歩き出した。よくわからない奴だ。後ろを歩いていた八枯れが、のど奥を鳴らして笑う。
「なかなか可愛らしい育ち方をしたものだな」
「なんだって?」
「貴様は知らんで良い」
「何をだ」
「葛藤だ」
八枯れの黄色い双眸を見下ろして、ふむ、とうなずいた。なるほど、邪植の中にはいま、僕に対する何らかの葛藤が生まれているらしい。「たしかに、それは面白い」と、邪植の黒い背中をじっと、眺める。
「お前は、どっちに賭ける?」
「貴様を殺せる訳ないだろう。賭けにならん」
つまらなそうに鼻を鳴らされ、それもそうだな、とため息をついた。八枯れは鬚をひくつかせながら、眉根をよせて、くちびるを曲げた。げんなりとしたその表情を見下ろして、苦笑した。「なんだよ?」
「なにより、お前に死なれるとわしが困る」
「わざと助けない場合も、やっぱり契約は無効か?」
「あたりまえじゃ」
ふうん、と顎を軽くかきながら、微笑を浮かべた。
「止むを得ない場合でも、お前は僕の心臓を喰えないんだな」
「貴様が寿命以外で死んだ場合、いずれも無効じゃ」
「お前も難儀な奴だね」
「まったくだ」吐き捨てるように言って、前へと飛び出すと、十字路を渡って振り返った。「だから、まだ守ってやる。山でも海でも黄泉でも、好きなところへ行け」と、ぎらぎらと光る黄色い双眸を細めて、笑った。それを遮るように、軽トラックが目の前を通過した。排気ガスを手ではらいながら「黄泉には行けないぜ」と苦笑を浮かべ、歩きだした。
そうして軽口をたたきながら、しばらく閑静な住宅街を歩いていたが、ようやっと「藤本」と書かれた表札を見つけ、ため息をついた。築三十年の木造戸建ては、年季の入った板塀を貼りつけて、いまにも崩れ落ちて来そうな赤い瓦を、頭に乗っけて佇んでいる。放りっぱなしの庭からのびたツタが、壁にからんで、二階の窓にまで達していた。
ずいぶん、ほったらかしにしていたのだろう。家全体の空気が、よどんでいる。瓦の上から黒い小さな影が、いくつか顔をのぞかせ、笑っている。伸び放題の雑草のそばにも、何か得体の知れないものがひそんでいるのか、ぼそぼそと話す声が聞こえる。「おい、鬼じゃ」「鬼が来た」「鬼がいる」と、八枯れに怯えているようだった。それを見つけて、目を光らせた八枯れの尻尾をつかんで、止める。なぜじゃ、と牙をのぞかせて、うなった。
「ぜんぶ済んでからにしてくれ。浄化しに来た訳じゃない」
「それは貴様の都合だろう。わしの食事に口を出すな」そう言って、僕の手からするり、と抜けて、藤本家の庭へつっこんで行った。すぐに小さな悲鳴が上がったが、それもやがて無くなる。
「いま、十匹は喰いましたよ」と、言う邪植の声は嬉々としていた。僕はため息をつきながら、清めの塩を門にふりかけて、そこを通過する。
「思念体まで喰っていたら、縛り上げてやるからな」
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