静寂の歌(逢魔伝番外編)

当麻あい

文字の大きさ
18 / 42
第二章

2-4

しおりを挟む


    四


 僕は好物の豆大福をつまみながら、ため息をついた。
 「安心してください。ここでのことは口外されませんから」
それを聞いて、ようやく落ち着いたのか。藤本は正座をしたまま、押し黙っていた顔を、ほんの少し持ち上げた。八枯れはとうとう話しに飽きたのか、縁側に出て伸びをしていた。しかし、邪植も「文字喰い」に興味があるのか、僕の隣にしゃがみこんだまま、細い目でじっと、藤本の様子をうかがっている。
「ともかく、失踪前後のことをくわしく教えてもらわないと。そのあと、実地調査にうかがいますから」
 藤本は青いくちびるを震わせながら、ぼそぼそと話しはじめた。彼の話しによると、その夜はパチンコで負けて、むしゃくしゃしていたらしく、帰り際に安い出店で飲んで、相当酔っ払っていたらしい。家に帰ると、とも子がバッグなどを持って出かけようとしていたらしい。階段の中途でそれを発見したため、藤本は、しつこくとも子に絡んで行き、抵抗したとも子が足をすべらせ、階段から落っこちて意識を失ったんだそうだ。藤本のほうも相当飲んでいたので、とも子が落ちたことも、気を失ったのにも、一向頓着しなかった。そのまま、二階の部屋へ上がって、その日は眠ってしまったんだそうだ。
 翌日、目を覚ましてすぐ昨夜のことを思い出す。大変なことを仕出かしたと、あわてて階下に降りたが、とも子の姿は無かった。バッグなどは投げっぱなしになっていたが、肝心のとも子本人と、とも子の靴が無くなっていたのだそうだ。二三日は、いずれ帰って来るだろうと、のんきにしていたが、四五日過ぎると、途端不安になってきた。生きているとも、死んでいるとも見当がつかず、捜索しようにも警察へ行くと、都合が悪い。
仕様がなく探偵のところへ相談に行ったら、「何でも屋」の東堂と言う女を紹介されたが、その女も赤也のところが良いだろう、とようやくここを紹介された。と、たらい回しの経緯まで細かく教えてくれた。
 「まったく、自分が面倒だからって」と、件の「何でも屋」に対して小さく愚痴をこぼしたが、いまは置いておくことにした。大福の粉がついた指を拭いて、茶をすすった。「行き先に心当たりは無いんですか?」
 「あったら、とっくに見つけてる」
藤本はようやく、はじめに会ったときと同じくらいのふてぶてしさを表情に取り戻して、くちびるを曲げた。まあ、たしかに、東堂などはこうした人種が、毛虫とゴキブリの次に嫌いだ。たらい回しにしたくなる気持ちもわからなくはないが、依頼人を選ぶと言うのはどうなのだろう。
「まあ、こちらも慈善事業じゃないので、さっさと済ませましょうか。確認しますが、とも子さんを見つけるだけで良いんですね?事後処理に関しては、一切の保証はしかねますよ」
「良い。ともかく、生きてのるか、死んでるのか。生きてるならどこにいるのか。それだけわかりゃ、良いんだ」
 失踪前後で、よほど恐い想いでもしたのだろうか。このとき、藤本の顔の内側には、何か得体の知れないものへの恐怖心が、ひそんでいるようだった。
 「わかりました。前金の十万はすでにいただいていますから、事後の金額は依頼内容と照らし合わせて、こちらで設定させていただきます」
 「ええ、もうここを追われたら、行くとこもありませんから」
 「まあ、そうですね。あとは警察に行くことになるでしょう。何かあなたがまずいことになった場合は、僕が良い刑事を紹介しますから、そちらに相談なさい。その場合には事後料金はいりません」
 「じゃあ、今日はもう帰っても」藤本は、肩膝を立ててようやく安堵の景色を露にした。こんな化け物屋敷、一刻も早く飛び出したい。そう顔に書いてある。僕は、煙草盆を引き寄せると、マッチをすって微笑を浮かべた。
 「その前に、一つ聞きたいことがあります」
 「なんです」
 「とも子さんは、なぜ文字など喰うようになったんですか?」
 「そんなこと」藤本は眉間に皺をよせて、低くうなった。
 「よく思い出してください。何かきっかけがあったはずです」
 「きっかけ」白髪のまじった髪の毛をかきながら、しばらく表情を歪ませていたが、やがて「思いだしたら、お話します」と、言って立ち上がった。なるほど、こればかりは本当に心当たりがないようだ。邪植に見送りなどを任せて、吸った煙を吐き出した。
「神経衰弱とも思えないし、よくわからん」
「妙なやつがみな衰弱者なら、貴様は何じゃ」と、縁側であくびを浮かべながら、八枯れが嘴をつっこんできた。それに微笑を返して、まあ、そうだな。と、灰皿の上に灰を落とした。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...