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第三章
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一
座敷に上がってすぐ、目を丸くした。襖を閉めると、二人の顔を黙って眺めた。ななこは軽く頭を下げ、さゆりは片手を上げて「うっす」と、笑う。僕は、頭をぼりぼりとかきながら、眉間に皺をよせた。
「これだけですか。男の子たちは?」
「それがあ、誰ひとり連絡なくってえ」さゆりは、不機嫌そうに鼻の穴をふくらますと、ピンク色の携帯電話を取り出した。「今日は、やめときます?」
「はあ、まあ、そうだねえ」
なんともかんともつかない返事をする。ため息をついて、座卓の前にしゃがみこんだ。ななこは、眉尻を下げる。「先生、腕どうしたんですか?」と、つぶやいた。ああ、と苦笑を浮かべて「なに、不注意です。転んでしまった」と、ごまかした。
遅れて、座敷に入ってきた八枯れも、殺風景な様に一度眉根をよせたが、すぐに無表情に戻った。しばらく、室内を見渡してから、尻尾を振って座卓の下にもぐりこむ。それをひょい、とのぞきこんで、くちびるだけ動かすと「偶然なら良いが、何か妙だな」と、つぶやいた。しかし、満足な返答は得られなかった。軽く鼻を鳴らして牙をのぞかせると、丸くなって眼を閉じてしまった。まだ寝る気なのか。相変わらずぐうたらな鬼だ、と呆れて物も言えなくなる。僕が神経質なのだろうか。
「先生、やばい」
突然、さゆりが血相を変えて、近寄ってきた。手にしていた携帯電話から聞こえてきた、騒々しい音や声にテレビが点いていると思い、表情を歪めると「まったく、すぐそういうものを」と、軽く叱った。
「そんなことより、早く見てよお」と、画面をさし出してきた。そばにいたななこも、一緒になってのぞきこんだが、一度目を大きく見開いてからしばらく黙りこんだ。いったい何だ、と眉根をよせた。
そこには、停止した京王線が映し出されていた。どうやら、人身事故で完全に運行が止まってしまっているようだが、それもさほど珍しいことではない。朝と言わず、昼と言わず、飛び降りや事故による死者が、ここ三年で急増していると、木下からも聞いていた。ニュースにもなっている。
頬づえをついてそれを眺めながら「そう言えば、彼らはみな電車で通っているんだったか」と、つぶやいた。なんだ、そんなら今日は本当にやめにしようかなあ。と、肩をすくめた。
さゆりは、眉間に皺をよせて「そんなことじゃないってばあ、もう!先生、ちゃんとニュース聞いてたあ?」と、珍しく怒鳴られて、目を丸くした。深刻な表情をしたまま、さゆりがテレビの音量を上げた。聞こえてきた中継の声に、ようやく異様な状況を飲み込んだ。
「くりかえします。先ほど、人身事故のため、一時停止していた京王相模原線の車内で、発砲事件が起こりました。犯人は、どうやら一両目から順番に進んで行ったようで、乗客一人一人目がけて、銃を撃ち、えー、乱射しました。最後尾まで走り抜けると、待ちかまえていた警官隊の前で、自分の頭部を撃ち抜き、自殺。えー、自殺したようです。なお、乗客数名は死亡、数十人が重軽傷を負い、病院に搬送されました。意識は戻っていないとのことです。くりかえします……」
眉間に皺をよせると、さゆりとななこの顔をじっと見つめた。彼女たちは顔を青くして、言葉を失っていた。無理もない。最悪の事態を想起したのは、僕も同じなのだ。
「純一も、みのるも、だいたいこの時間の電車だよねえ、ねえ、先生、どうしよう。もし」
さゆりはぐっとくちびるを噛み言葉を切ると、それ以上口にすることができなくなった。前髪をたらしてうつむいている。ななこは、瞳をうるませてはいたが、必死に涙はこぼすまいとこらえているようだった。僕は、微笑を浮かべて、さゆりとななこの頭を撫でた。
この私塾に通う子供たちは、満足に親の愛情を受けたことがない。殴られた子もいれば、捨てられた子、売られた子、親が失踪してしまった子、そんな事情を抱えた子供ばかりだ。なにより、この子たちはどんな大人よりも、社会の非道さ、冷酷さを知っている。
近所に知り合いもなく、親戚にもつめたくされて、学校でもつまはじきものにされていた。居場所を求めて彷徨い歩き、ようやっとこの家にたどりついたのだ。そんな彼らが、血のつながりよりも、この私塾で共に過ごした友人たちを、本当の家族のように思うのは当然のことだ。
「もう一度、みのると純一に連絡を入れてみてください」
さゆりの頭を撫でながらそう言うと、ついと立ち上がって襖を開けた。「先生は?」と、不安そうな、ななこの声が後を追ってきた。
「良いですか。何があっても、この家を出てはいけませんよ」
「先生」
「すぐに戻ります」
廊下へ出ると、座卓の下で牙を研いでいた八枯れが、「喰っていいか?」と嬉々とした声を上げながら、飛び出してきた。しかし、それに対して戻るよう指示する。八枯れは不満そうに眉根をよせた。
「ここを頼む」
そう言って、じっと黄色い双眸を見据える。怪訝そうな表情を浮かべてはいたが、すぐに僕の意を解したのか、座敷へと引き返して行った。
「邪植、錦」
縁側から顔を出して叫ぶと、庭先に転がしたままだった、黒いスニーカーに履き替えた。「何ですか?」と、台所から顔を出した邪植に、こっちへ来るよう手招きした。邪植は頭に結んでいた三角巾をほどいて、黒い長髪を振りながら、縁側を歩いて来る。
「すぐに、停車中の電車に向かう」
目の前で腕を組んでいた邪植の双眸が、あやしく揺れた。
「例の奴っすか?」
「細かいことは、道中で説明するよ」
言わずとも、丸池の中から顔を出した錦は、ふわりと飛び上がって、赤と金のうろこを見せながら、僕と邪植の前に降り立った。背を低くして伏せると、尾を風になびかせながら、微かにうなずいた。背中に跨るのを確認すると、勢いをつけて空高く飛び上がって行った。白く長い体は、太陽の反射を受けて、きらきらとかがやく。
「ちょっと、置いて行かんで下さいよ」と、嘆きながらも邪植はもとの姿に戻って、黒い羽根をばたつかせながら、後をくっついて来た。
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