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第三章
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白い霧のような雲を切って、家々を飛び越え、電線にそって駅の方へと向かった。むかでのように、水平の向こうまでのびている線路の途中に、完全停止している車両を見つけた。僕は、錦に人目につかないところへ降りるよう、指示する。つめたい風を抜けて、さびれた駐輪場の上でゆるやかに滑空して行った。錦は地面に降り立つと、「お気をつけて」と、言って頭を低くした。
「まだ血の匂いがしますよ」後から、体を縮めるようにして、着陸した邪植がつぶやいた。ぐぐっと、羽根をしまいながら黒衣をまとうと、人の姿に化ける。僕は、錦の上から飛び降りると、駐輪場の砂利の上に着地した。長髪を一つにまとめている邪植の袖を引いて、歩きだした。
「お前はそこで待っててくれ」と錦に向かって、うなずいて見せる。
「いいんですか、こんなところに置いて行って」と、つまずきながらあわてる邪植に、「錦は霊力のない人間には見えない。お前だって、よほど頑張らないとわからないよ」と、言って微笑した。
「便利なタクシーですね」
「いちいち勘に障る言い方をするやつだな」僕は、さびついた網を乗り越えながら、低くつぶやいた。うっかり、釣っている右腕をぶつけそうになる。
邪植は木の枝を避けながら「そういう性分なもので」と、言って愉快そうに笑っていた。ようは、性格が悪いってことだろう。眉間に皺をよせながら、ため息を吐き出した。
欝蒼とした木々や、藪を抜けると、目の前が明るくなった。白や灰色の石で、しきつめられている線路脇に出た。「あっちだ」顎でしゃくって見せた。
十メートル先で、ちらほらと動きまわるいくつかの人の姿が、見える。まだ周辺一帯は、騒然としていた。うずくまったまま動かないのもいれば、車両に駆け寄ったりしている。その辺りでは報道陣が、取材や中継を続け、警察が野次馬や怪我人の整備をし、担架に乗せた重軽傷者を、救急車へと運んでいるところだった。
「みのると純一を探してくれ」
「ここに居るんですか?」
「わからない。だから、様子を見にきた」
「ちょっと、赤也さん」突然、立ち止まった邪植を訝しそうに振り返った。
「少し冷静になってくださいよ。闇雲に探したって、見つかりっこないですよ。そもそも、この停止事故と乱射事件の詳細もわかっていないのに、現場にいるのは危険です」
邪植の細い双眸を眺めながら、苦笑を浮かべた。たしかに僕はいま、あまり冷静ではないのかもしれない。深呼吸をして心を落ち着けた。
「わかった。それじゃあ、お前はなるたけ多く種を植えろ」
「赤也さんは?」
「みのる達を探す。何かあったら、木下の名前を出すようにしよう」
「単独行動は駄目です」
「なぜ」首をかしげると、真剣な表情をした邪植に、ため息をつかれた。
「もう少し、自覚をもってください。あなたは怪我人でしょう。うっかり殺されますよ」
一度、大きく目を見開いてから、声を上げて笑ってしまった。邪植は、急に不機嫌になると、ポケットに手をつっこんで黙りこんだ。
「たまには式神らしいことを言うじゃないか」
「まあ、あなたが死んでくれれば、俺は自由なんですけどね」
「怠慢なやつだ」
人混みをかきわけながら苦笑を浮かべたが、邪植はにこりともせずに、小さくつぶやいた。
「そうでもないです」
僕は一人一人、子供たちの顔を確認しながら「死ぬことはそんなに恐いことじゃないよ」と、つぶやいた。邪植は黙ったまま指の間に挟んでいた種を、人々の背中に植えつけていった。
それはずいぶん手慣れた、見事なものだった。邪植に気がついた人間に対しては、笑みを浮かべて「大変でしたね、大丈夫ですか」など、なぐさめの言葉を投げてやりながら、背中を軽くなでる。その時に、ぽつ、と種を落とす。そういえば、邪植が人の背に種を植える姿を見るのは、これがはじめてだ。このときになってようやくそれに思い至って、苦笑を浮かべた。
はた、と遠目で、窓硝子の割れている車両を見つめた。ギザギザに尖った破片には、おびただしいほどの血痕が付着していた。赤黒いそれは、まだ光をうけて、てらてらとかがやいている。砂利の上にも、いくらかまだらな跡を残している。
途端、痛みだした左足の付け根を押えながら、目を細める。信じられないのは、個人の人間性などと言うより、まるで暇つぶしの道具のように、生物を扱えてしまう動力の源なのかもしれない。
「赤也さん」邪植に肩をつかまれ、振り返ると、担架に乗せて運ばれてゆく男のそばで、黒い塊が二つ見えた。一緒になって丸くなっている純一と、みのるの姿を見つけた。「居た、居た」と、つぶやきながら心が躍るのを抑えられなかった。
「大丈夫ですか、二人とも。怪我はありませんか」
そばに立って、声をかけてみると、呆然としていた純一が顔を持ち上げて、目を見開いた。その頬はすすで黒く汚れている。微かに切れた部分からは、出血しているようだった。僕は、眉間に皺をよせながら、二人の体の様子を調べてみたが、別段、命に関わる大きな怪我はしていないようだった。ようやくホッと、息をついた。
「せんせい」と、もらした純一の声はひどく乾いており、衰弱しているようだった。みのるは、焦点の合わない眼をいっぱいに開いて、手探りで僕の服の裾をつかんだ。「もう、大丈夫ですよ」と、つぶやきながら、みのるの小さな拳をつつむと、堰を切ったように泣きだした。純一は鼻をすすり上げながら、みのるの頭を抱いて「先生、先生」と、引きちぎれそうな声で、叫んだ。
僕は、左腕だけで二人を抱えるように抱きしめると、「早く行きましょう。ここは良くない」と、言って立ち上がらせた。
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