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第三章
3-13
しおりを挟む十三
「おい、赤也。死にたいのか」
目を開けてハッとした。途端、黒い砂の塊から身を起こすと、一気にふきだしてきた汗をぬぐった。心臓の鼓動が速い。玉のような汗が次々と流れてゆく。上がった息を整えようと、一度深呼吸をした。
「しっかりしろ馬鹿め。呼吸が止まっていたぞ」
八枯れに袖を引っ張られ、ぐっと視線を下した。細められた黄色い双眸を見つめ、額の汗をぬぐって「ああ」と、震える声をもらした。それに鼻を鳴らして、八枯れはふてぶてしい表情を歪めて尻尾を振った。
「何を見た?」
黄色い双眸が、僕の顔をのぞきこんできた。それに軽くうなずきながらも、喉の渇きを訴えた。縁側で不安そうに尾を振っていた錦が、すぐに手にすくった水を、口元に持ってきた。それによって、僕の膝の上に前足をかけていた八枯れが転んだ。「貴様、」怒りに目をむいて錦を睨みつけていたが、錦はそんなことにも頓着せず「赤也、さあもっと飲みますか」と、心配そうな声を上げていた。
つめたい透明な水が、くちびるを潤した。熱を持っていた喉を通って、胃におさまり、ようやく落ち着いた。水でぬれた口元をぬぐいながら、苦笑を浮かべて錦の頭をなでた。
「もう十分だ。ありがとう」
このときになって、ようやく安心したのか、錦は青く透明な双眸を細めて、座敷から庭へと降りた。その際に振った尾の先が、八枯れの頭にぶつかり、また転がっていた。「喰い殺してやる」低くうなりながら起き上がると、牙を見せた。
「そんなことより」八枯れの頭を畳の上に押さえつけて止める。手足をばたつかせながら「何じゃ」と、不機嫌そうに怒鳴った。僕は服についた黒い粉を払いながら、ため息をついた。
「なんだかますます厄介なことになりそうだ」
「すべて喰ってしまえば済む話しだ」
「本当にそうなら僕はこんなに憂鬱にならない」額を押えて、もう一度深く息を吐きだした。「あれは、高橋つぐもの思念体だった」
つぐもの名を聞いてようやくその気になったのか、暴れるのをやめると、らんらんと目を光らせた。現金な奴だ。
「ありゃ何だろうね」
「わしが知るか」
「なんと言おうか。ともかく、バラバラの犯人は確定だ」
「そんなことはどうでもいい。早く喰わせろ」
「だが、残念ながら証拠にはならない」
「つまりわしが喰っても問題ないってことだな」八枯れは妙な法則を持ち出して来て、勝手に納得すると、尻尾を振って立ち上がった。「やることは決まったんじゃ。こんな薄汚いところでぐずぐずしとれん」
「まあ、待て」のらくらとつぶやいて、煙草に火をつけた。「いいか。つぐもを叩いたところで小さな埃しか出やしない。山下とも子の時と同じように、どうせ歌に邪魔される」
「ええい、まどろっこしいな」八枯れはいらいらしたように吐き捨てると、どっかと乱暴にしゃがみこんだ。「じゃあ、どうするんだ」
「歌だ。あれをどうにかすりゃ、こんな騒ぎすぐ終わる」
そうして紫煙を大量に吐き出した時だった。「何が終わるの?」と、言う声が縁側の向こうから聞こえてきた。また、面倒なことになって来たな、と大きなため息を吐き出した。
見ると、庭先で面を傾けて突っ立っている高橋つぐもの姿があった。誰も彼も、玄関から入ると言うことをしない。いつか、裏口の戸に鍵でもつけてやろうかしら。ぼんやりと、そんなことを思いながら、彼の足元を見下ろして、「げ」と小さく悲鳴を上げた。くろぐろとしたニシキヘビのような影が、とぐろを巻いて、こちらの様子をうかがっている。隙を見せたら最後、勝手に家の中を徘徊し、厄介な影をまた置いて行くに違いない。迷惑なやつらだ、と内心で舌打ちをする。
八枯れは嬉々として僕の前に飛び出すと、毛を逆立てて牙を見せる。
「向こうから来た場合は正当防衛じゃ。いいだろう?」
「何でそういうことばかりくわしいんだ、お前」
「これでも貴様らに気を使ってやってるんだ」
「それはどうも」
呆れた声を上げて、肩をすくめた。つぐもは黙り込んだまま、身動き一つ取ろうとしない。臨戦態勢になっているのはむしろ、足元で蠢いている思念体のほうだった。あれは八枯れに任せればいいか、と微笑を浮かべた。
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