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第一章
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六
八枯れは八つの命を枯らすから、「八枯れ」なのだと言った。
単純な名前だな、と言うと、不機嫌そうにひげをひくつかせた。「こんな稀有な力は二つとない。だから、わしは最強じゃ」と胸を張って見せた。
「八つとは、どんな命なんだ?」
僕は縁側でぶどうの皮をむきながら、その皮を八枯れに放ってやった。八枯れは、庭先でそれにかぶりつくと、奥歯でくちゃくちゃ鳴らせて、飲みこんだ。
「生、物、天、地、音、光、触、時だな」
僕はしばらく空を見つめ、うなずいた。
「生き物は喰って。物体は壊して。天地は治めて、あるいは枯らせて。音は遮断して。光を消して。触感を無くし。時間を壊す。と言ったところか?」
黒い体を伸ばしながら、あくびをすると、本当に貴様は可愛げのない子供じゃ、とつぶやいた。どうやら当たっていたらしい。僕は、ふむ、とうなずいてから、またぶどうの皮をむいて、その実を頬ばった。
「でも、それじゃあ、お前はまるで神のようだ」
「ふん。神は、生み育てる。わしは、枯らすだけじゃ」
「だから、お前は嫌われていたんだね」
八枯れは縁側に上がると、盆の上に乗っていたぶどうの房にかじりついた。そして「貴様は、皮ばかり食わせおって」と、僕を睨んだ。空を見上げると、三日月の上に、のりをのばしたような、白い雲がかかっていた。
「今日も、むし暑いなあ」
団扇で風を送ると、生ぬるい風が前髪をゆらせた。八枯れは、のど奥でくつくつと笑うと、「こんな夜は、大概、良くないものをよせつけるぞ」と言って、ぶどうを飲み込んだ。
余計なことを言うな、と八枯れのひげを引っ張っていると、「赤也」と和室から母さんの声が聞こえた。呼ばれたと思い、「はい」と返事をして、立ち上がろうとしたが、その場で動けなくなってしまった。僕は団扇の柄をにぎったまま、「しまった、金縛りだ」と、内心で舌を打った。八枯れの方を見ると、黄色い目を細め、ため息をついていた。
「阿呆め。なぜ、返事をした」
八枯れは、のそのそと僕の膝の上に前足を乗せた。肩越しに、何かを睨みつけている。
「母さんの声だったじゃないか」
僕はムッとして八枯れを見下ろしたが、肩越しに生臭い息を吐かれ、目眩がした。
「名で縛られおって。こいつは、ちと面倒だぞ」舌打ちをして、顔を歪めた八枯れが、「おい」と僕の肩に乗っかる何かを呼ぶ。
しかし、そいつは返事をしない。八枯れは僕の目を見ると、「赤也。こいつの名を呼べ。そうでなければ、お前の縛りは取れんぞ」と言って、庭に飛び降りた。僕は、「お前が呼べばいいじゃないか」と、言う。八枯れは、「お前がお前の名で縛られたんじゃ。わしには解けん。それに、教えることもできん」と言ってから、愉快そうに、にやにやと笑いだした。
「お前、僕がこのまま殺されることを望んでいるね」
「よくわかったな。それなら、話が早い。わしを当てにするな」
「いいだろう。お前がそういうつもりなら、僕は死ぬ前に、お前に強力な呪をかけてやるからな。覚えておけよ」
八枯れは嫌そうな顔をして、しかし本当に困っているのか、しばらく庭をうろうろしはじめた。尻尾をたらして、僕の様子をうかがっている様を見て、ようやく納得した。
「本当に、お前は手が出せないんだな」僕は、ため息をついた。
「だから、そう言っておるだろう。疑いおって」
背中に乗っかる生臭いものに意識を集中させた。幸い、体は動かないが、口と頭は回るのだから、どうとでもなる。
「おい、お前。お前はどこから来たんだ」
背中のものが、ぬめぬめした手で、僕の首をなでた。
「参りました。そこから参りました」そうして、指さしたのは庭にある池だった。
小さい頃、ばあさんに聞いたことがあるのを思い出した。古い池にも、神の類の主が宿るんだそうだ。この池はどうやら、戦前からあるようだが、ばあさんの可愛がっていた鯉が死んでからというもの、あまり手入れが行き届いてはいなかったらしい。おそらく、そのせいで主だったものが、妖怪か何かになってしまったのかもしれない。
「お前のことがわかったよ。お前は、水の生き物だろう」
「鯉だ」と、呼ぶと同時に、背中に伸しかかっていたものがどいた。そして、体がしばらく動くようになった。ふり返って見ると、鯉はそこにいなかった。月明かりに照らされた縁側は、少しだけ湿っているようだった。
「赤也。こやつ、喰っていいな?」
庭を見ると、僕の背の半分ぐらいある、大きな鯉がいた。全身に黒い縞模様のついている以外は、何の変哲もない錦鯉だった。
そいつは、僕の方を見て、おびえているようだった。そばにいた八枯れは、うれしそうにそいつに飛びかかって、えらにかじりついた。鯉は、ぎゃあと叫んで跳ねると、池の方に向かおうとする。しかし、尾に噛みつかれ、途中で転んで、うずくまってしまった。僕は、ため息をついて立ち上がると、左足を引きずりながら、そちらに向かった。
「やめろ」と、八枯れの尻尾をつかんで、思いきりよく引っ張った。八枯れは、にゃあ、と悲鳴を上げて暴れた。僕は、足元に転がっている鯉にぶどうを一房、放り投げた。
「約束だ。それを喰ったら、お前も僕の言うことを聞くんだよ。僕を守り、僕のために働くんだ。いいね」
鯉は、少しだけ考えてから、のそのそと起き上がって、ぶどうの房を口に入れ、ひと飲みにした。「わかりました」と、だけつぶやいた。
僕は満足して笑うと、また縁側に腰かけて、団扇をあおいだ。尻尾を引っ張られた八枯れは、不機嫌そうに鯉を睨みつけていた。
「しかし、八枯れ。お前は役に立たん時は、まったく立たんね」
そう言って、ぶどうの皮を投げてやったが、ふてくされているのか、もう受取ろうとはしなかった。
八枯れは八つの命を枯らすから、「八枯れ」なのだと言った。
単純な名前だな、と言うと、不機嫌そうにひげをひくつかせた。「こんな稀有な力は二つとない。だから、わしは最強じゃ」と胸を張って見せた。
「八つとは、どんな命なんだ?」
僕は縁側でぶどうの皮をむきながら、その皮を八枯れに放ってやった。八枯れは、庭先でそれにかぶりつくと、奥歯でくちゃくちゃ鳴らせて、飲みこんだ。
「生、物、天、地、音、光、触、時だな」
僕はしばらく空を見つめ、うなずいた。
「生き物は喰って。物体は壊して。天地は治めて、あるいは枯らせて。音は遮断して。光を消して。触感を無くし。時間を壊す。と言ったところか?」
黒い体を伸ばしながら、あくびをすると、本当に貴様は可愛げのない子供じゃ、とつぶやいた。どうやら当たっていたらしい。僕は、ふむ、とうなずいてから、またぶどうの皮をむいて、その実を頬ばった。
「でも、それじゃあ、お前はまるで神のようだ」
「ふん。神は、生み育てる。わしは、枯らすだけじゃ」
「だから、お前は嫌われていたんだね」
八枯れは縁側に上がると、盆の上に乗っていたぶどうの房にかじりついた。そして「貴様は、皮ばかり食わせおって」と、僕を睨んだ。空を見上げると、三日月の上に、のりをのばしたような、白い雲がかかっていた。
「今日も、むし暑いなあ」
団扇で風を送ると、生ぬるい風が前髪をゆらせた。八枯れは、のど奥でくつくつと笑うと、「こんな夜は、大概、良くないものをよせつけるぞ」と言って、ぶどうを飲み込んだ。
余計なことを言うな、と八枯れのひげを引っ張っていると、「赤也」と和室から母さんの声が聞こえた。呼ばれたと思い、「はい」と返事をして、立ち上がろうとしたが、その場で動けなくなってしまった。僕は団扇の柄をにぎったまま、「しまった、金縛りだ」と、内心で舌を打った。八枯れの方を見ると、黄色い目を細め、ため息をついていた。
「阿呆め。なぜ、返事をした」
八枯れは、のそのそと僕の膝の上に前足を乗せた。肩越しに、何かを睨みつけている。
「母さんの声だったじゃないか」
僕はムッとして八枯れを見下ろしたが、肩越しに生臭い息を吐かれ、目眩がした。
「名で縛られおって。こいつは、ちと面倒だぞ」舌打ちをして、顔を歪めた八枯れが、「おい」と僕の肩に乗っかる何かを呼ぶ。
しかし、そいつは返事をしない。八枯れは僕の目を見ると、「赤也。こいつの名を呼べ。そうでなければ、お前の縛りは取れんぞ」と言って、庭に飛び降りた。僕は、「お前が呼べばいいじゃないか」と、言う。八枯れは、「お前がお前の名で縛られたんじゃ。わしには解けん。それに、教えることもできん」と言ってから、愉快そうに、にやにやと笑いだした。
「お前、僕がこのまま殺されることを望んでいるね」
「よくわかったな。それなら、話が早い。わしを当てにするな」
「いいだろう。お前がそういうつもりなら、僕は死ぬ前に、お前に強力な呪をかけてやるからな。覚えておけよ」
八枯れは嫌そうな顔をして、しかし本当に困っているのか、しばらく庭をうろうろしはじめた。尻尾をたらして、僕の様子をうかがっている様を見て、ようやく納得した。
「本当に、お前は手が出せないんだな」僕は、ため息をついた。
「だから、そう言っておるだろう。疑いおって」
背中に乗っかる生臭いものに意識を集中させた。幸い、体は動かないが、口と頭は回るのだから、どうとでもなる。
「おい、お前。お前はどこから来たんだ」
背中のものが、ぬめぬめした手で、僕の首をなでた。
「参りました。そこから参りました」そうして、指さしたのは庭にある池だった。
小さい頃、ばあさんに聞いたことがあるのを思い出した。古い池にも、神の類の主が宿るんだそうだ。この池はどうやら、戦前からあるようだが、ばあさんの可愛がっていた鯉が死んでからというもの、あまり手入れが行き届いてはいなかったらしい。おそらく、そのせいで主だったものが、妖怪か何かになってしまったのかもしれない。
「お前のことがわかったよ。お前は、水の生き物だろう」
「鯉だ」と、呼ぶと同時に、背中に伸しかかっていたものがどいた。そして、体がしばらく動くようになった。ふり返って見ると、鯉はそこにいなかった。月明かりに照らされた縁側は、少しだけ湿っているようだった。
「赤也。こやつ、喰っていいな?」
庭を見ると、僕の背の半分ぐらいある、大きな鯉がいた。全身に黒い縞模様のついている以外は、何の変哲もない錦鯉だった。
そいつは、僕の方を見て、おびえているようだった。そばにいた八枯れは、うれしそうにそいつに飛びかかって、えらにかじりついた。鯉は、ぎゃあと叫んで跳ねると、池の方に向かおうとする。しかし、尾に噛みつかれ、途中で転んで、うずくまってしまった。僕は、ため息をついて立ち上がると、左足を引きずりながら、そちらに向かった。
「やめろ」と、八枯れの尻尾をつかんで、思いきりよく引っ張った。八枯れは、にゃあ、と悲鳴を上げて暴れた。僕は、足元に転がっている鯉にぶどうを一房、放り投げた。
「約束だ。それを喰ったら、お前も僕の言うことを聞くんだよ。僕を守り、僕のために働くんだ。いいね」
鯉は、少しだけ考えてから、のそのそと起き上がって、ぶどうの房を口に入れ、ひと飲みにした。「わかりました」と、だけつぶやいた。
僕は満足して笑うと、また縁側に腰かけて、団扇をあおいだ。尻尾を引っ張られた八枯れは、不機嫌そうに鯉を睨みつけていた。
「しかし、八枯れ。お前は役に立たん時は、まったく立たんね」
そう言って、ぶどうの皮を投げてやったが、ふてくされているのか、もう受取ろうとはしなかった。
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