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第一章
1-7
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七
学校から帰って来ると、めずらしいものを目にした。
池の前で、紺色の着物を着つけたばあさんが、鯉と何かを話しているようだった。小さな頃から、ばあさんだけは不思議な人だと思っていたが、やはり、あの人にも異形のものが見えるらしい。
僕は、学生鞄を置くと、廊下の曲がり角で、ばあさんと鯉の様子をうかがってみることにした。すると、足元を黒い尻尾がなでた。くすぐったさに見下げると、八枯れが通りすぎるところだった。そして、不機嫌そうに眉をよせて、ばあさん達のほうを見ていた。
「嫌な女じゃ」
僕は、驚いて「なんだ、知りあいなのか」と聞いた。すると八枯れは、居心地悪そうにひげをひくひくと動かして、その場から逃げるようにして去った。よくわからない奴である。
「なぜ、よりにもよって、鯉なんだい」
ばあさんの声に、池の方を見ると、鯉が睡蓮の花の上に乗って、頭をかいていた。
「赤也に、そう呼ばれました」
ばあさんは、その言葉に苦笑をもらして、肩をすくめた。
「そうかい。私も、もうずいぶん年を取っちまった。この池も、汚れてしまったね。お前には、悪いことをした」
「赤也が、睡蓮をくれました。しばらくは保ちましょう」
そう言うと、鯉は申し訳なさそうに、瞼をふせた。ばあさんはその様に、ため息をついて鯉の顔をのぞきこんだ。
「いいかい。私はもう長くない。お前は次の盆で、滝を登って来るんだよ」
ばあさんの言葉に、鯉はあわてて、尾を振った。
「わたしはもう、鯉です」
「だから、盆に行けと言っているんだ。その前後で、私の力も強くなる。それが最後になるだろうからね」
鯉は大きな青い目をいっぱいに開いて、ばあさんの顔を見つめていた。そうして、しばらく黙りこんだ後、ぽろぽろと涙をこぼした。ばあさんは、紺色の裾でその涙をぬぐい、「元に戻れるはずさ」と、笑っていた。
どうやらあれは、鯉ではなかったらしい。なんだか、少し恥ずかしい気もしたが、知らなかったのだから、仕方がない。僕は柱の影で、小さくため息をついた。
もともと、池に生きていた何かだったのだろうか。
いずれにせよ、僕の方がばあさんよりも、力が強くなってきているせいなのか、僕の呼んだ名に縛られ、その姿になってしまったらしい。それも、ずいぶん間抜けな話だ。
ばあさんは、鯉にぶどうを一房やると、それを喰い終わるまで、ずっと見つめていた。そうして、「しかし、赤也もいい加減だね。心配になってきたわ」と、愚痴をこぼしていた。
こんなことに、知るも、知らぬもあるものか。僕は苦い顔をして、ばあさんに気づかれないよう、部屋に戻った。
なんだか、ひどく疲れてしまった。
学校から帰って来ると、めずらしいものを目にした。
池の前で、紺色の着物を着つけたばあさんが、鯉と何かを話しているようだった。小さな頃から、ばあさんだけは不思議な人だと思っていたが、やはり、あの人にも異形のものが見えるらしい。
僕は、学生鞄を置くと、廊下の曲がり角で、ばあさんと鯉の様子をうかがってみることにした。すると、足元を黒い尻尾がなでた。くすぐったさに見下げると、八枯れが通りすぎるところだった。そして、不機嫌そうに眉をよせて、ばあさん達のほうを見ていた。
「嫌な女じゃ」
僕は、驚いて「なんだ、知りあいなのか」と聞いた。すると八枯れは、居心地悪そうにひげをひくひくと動かして、その場から逃げるようにして去った。よくわからない奴である。
「なぜ、よりにもよって、鯉なんだい」
ばあさんの声に、池の方を見ると、鯉が睡蓮の花の上に乗って、頭をかいていた。
「赤也に、そう呼ばれました」
ばあさんは、その言葉に苦笑をもらして、肩をすくめた。
「そうかい。私も、もうずいぶん年を取っちまった。この池も、汚れてしまったね。お前には、悪いことをした」
「赤也が、睡蓮をくれました。しばらくは保ちましょう」
そう言うと、鯉は申し訳なさそうに、瞼をふせた。ばあさんはその様に、ため息をついて鯉の顔をのぞきこんだ。
「いいかい。私はもう長くない。お前は次の盆で、滝を登って来るんだよ」
ばあさんの言葉に、鯉はあわてて、尾を振った。
「わたしはもう、鯉です」
「だから、盆に行けと言っているんだ。その前後で、私の力も強くなる。それが最後になるだろうからね」
鯉は大きな青い目をいっぱいに開いて、ばあさんの顔を見つめていた。そうして、しばらく黙りこんだ後、ぽろぽろと涙をこぼした。ばあさんは、紺色の裾でその涙をぬぐい、「元に戻れるはずさ」と、笑っていた。
どうやらあれは、鯉ではなかったらしい。なんだか、少し恥ずかしい気もしたが、知らなかったのだから、仕方がない。僕は柱の影で、小さくため息をついた。
もともと、池に生きていた何かだったのだろうか。
いずれにせよ、僕の方がばあさんよりも、力が強くなってきているせいなのか、僕の呼んだ名に縛られ、その姿になってしまったらしい。それも、ずいぶん間抜けな話だ。
ばあさんは、鯉にぶどうを一房やると、それを喰い終わるまで、ずっと見つめていた。そうして、「しかし、赤也もいい加減だね。心配になってきたわ」と、愚痴をこぼしていた。
こんなことに、知るも、知らぬもあるものか。僕は苦い顔をして、ばあさんに気づかれないよう、部屋に戻った。
なんだか、ひどく疲れてしまった。
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